松林薫『新聞の正しい読み方:情報のプロはこう読んでいる!』(エヌティティ出版/2016年3月/1,600円+税)

いまさら強調するまでもなく、新聞の"オワコン"化が進んでいる。しかもその一方、ニュースアプリを利用すればヘッドラインは簡単にたどれるのだからまた厄介。結果的に、「最新情報はスマホで簡単に手に入るし、紙の新聞にはなんの存在価値もない」というような考え方が浸透してしまったのである。

ただし、これは大きな勘違いだと断言しておこう。もし本当に、ニュースアプリで新聞のすべての情報を入手できるのであれば話は別だが、現実的にそんなことはありえないのである。ヘッドラインはヘッドラインでしかなく、つまりそれは新聞本体に掲載されていることの「断片」でしかないからだ。

また個人的には、それ以前に気になっていることがある。新聞を否定したがる人の多くは、自身に欠けているものが見えていない(あるいは、見なかったことにしている)気がしてならないのだ。つまり新聞否定派の何割かは、「新聞の読み方を知らない」「読んでもわからないことが多い」というコンプレックスを隠すために、「新聞なんて終わった」という考え方を隠れ蓑にしているのではないかということ。

新聞を「正しく」理解するための指南書

とはいえ、偉そうに書いている僕でさえ、毎朝届く新聞に書かれていることのすべてが理解できているわけではない。それどころか、理解できないことの方が多いとすらいえるかもしれない。しかし、理解できないことがあれば悔しく感じるし、理解したいと思う。だから新聞を読むのだ。そして毎日読み続けていると、きのうまでわからなかったことが、きょうになると理解できたりもする。それが楽しい。

なぜそんなことが起きるのか? いうまでもなく、新聞を読み続けているからだ。読み続けていると、知らず知らずのうちに「わからないこと」の輪郭がはっきりしてきて、やがて形をつかめるようになるということだ。それが、新聞を読むことのバリュー、あるいは楽しみなのだと思う。そして重要なのは、ニュースアプリだけではそうはいかないということ。

ただし、だとすれば、新聞の「読み方」を身につける必要があることも事実である。そのほうが、新聞を「正しく」理解できるからだ。正しく理解できれば、またそこから、自分自身にとっての新聞の奥行きは広がっていくことになるだろうし。

しかし、それをわかりやすく解説してくれる媒体は現実的に少なかった。少し前のものだと、『池上彰に聞く どうなってるの? ニッポンの新聞』(東京堂出版)が役に立ったが、他にももっと、新聞の読み方をレクチャーしてくれる書籍に出会いたいと思っていた。そんな矢先に、きょうご紹介する『新聞の正しい読み方:情報のプロはこう読んでいる!』(松林 薫著、エヌティティ出版)と出会った。

著者は、日本経済新聞で経済学、金融・証券、社会保障、エネルギー、財界などを担当してきた人物。現在は退職して報道イノベーション研究所を主宰しているそうだが、つまりは新聞の最前線で生きてきた人である。しかも、リベラルな朝日、毎日ではなく、保守派の読売、産経でもなく、その中間あたり(あくまでもニュアンス)に位置する日経という立ち位置が、本書にちょうどいいバランスを与えてもいる。

その内容は、1面になにが書かれているかなど基本的な部分を解説した「新聞の構成」にはじまり、新聞の選び方、"記事の中身"の読み方、新聞ができるまでのプロセス、新聞記者の仕事、情報の読み解き方など、きわめて実践的。平易な文体でわかりやすく書かれていることもあり、書かれていることに従っていけば、新聞がとても身近なものになるだろう。

なお個人的に、いちばん共感できたのは「誤報」についての考え方だ。SNSが普及して以来、なにかにつけて「あれは誤報だ」というような無責任な発言をする人が増えたが、その誤解を解消すべく、誤報という言葉の"本当の意味"を冷静に解説してみせているのである。きわめて客観的な立ち位置に徹しているからこそ、その内容を知れば「誤報」という言葉が大好きな人たちは、自らの無知を恥じることになるだろう。

いずれにしても、誤報のみならず新聞のあり方、読み方自体が大きく誤解されている状況下だからこそ、とても価値のある一冊であるといえる。

ところで蛇足だが、本書を読んでいたら現代詩作家・荒川洋治のエッセイ集『忘れられる過去』のなかの「文学の名前」という一編を思い出した。昨今の大学生に文学の知識が欠如していることを嘆いた文章だが、そんな大学生たちに、著者は新聞を読むことを勧めているのだ。その結びのフレーズは、本書、ひいては新聞を読む価値にもつながっていくので、最後に引用しておこう。

毎朝のコラムを読むだけでも、文学の世界に明るくなれる。知識は毎朝、配達されているのだ。すぐそこにある。その、すぐそこにあるものを見つめることだ。知識とは、知ることではない。知るために何をしたらいいかをイメージできることだと思う。(荒川洋治『忘れられる過去』(朝日文庫)内「文学の名前」より)

著者プロフィール: 印南敦史(いんなみ・あつし)

作家、書評家、フリーランスライター、編集者。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家としても月間50本以上の書評を執筆中。『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)ほか著書多数。