がんの第四の治療法「免疫療法」

近年、手術療法、放射線療法、薬物療法のがん三大治療法に続く、第四の治療法として台頭してきた「免疫療法」。「体内に備わっている免疫細胞を利用して、がん細胞を抑制すること」をコンセプトにする治療法であり、従来の「がん細胞をダイレクトに死滅させること」を目的とする薬物療法・放射線療法や、「がん自体を切り取る」手術療法とは根本的にアプローチが異なる。

しかし、期待を背負って登場したものの、民間では有効性がはっきりしないまま高額の治療費を患者に強いるケースも少なくない。「困っている患者を煽るだけの治療法」という懐疑的なイメージも広がりつつあるが、こうした混乱した状態の背景には大規模な臨床試験に基づくエビデンス(科学的根拠)が得られていないという課題があった。

そんな状況のなか、日本で保険適応の「新薬」が承認された。科学的に治療効果が裏付けられた免疫チェックポイント阻害薬と呼ばれる画期的な新薬である。2011年に最初の免疫チェックポイント阻害薬である抗CTLA-4抗体剤のイピリムマブが臨床試験の結果に基づいてFDA(米国食品医薬品局)から承認された(適応は、皮膚がんのひとつ「進行性・手術不能の後期悪性黒色腫(メラノーマ)」)。日本では「根治切除不能な悪性黒色腫」の適応に対して2015年に承認済み。また、2014年には日本人研究者と日本の製薬企業の連携によって開発された抗PD-1抗体剤のニボルマブが同様の適応で承認を受け、同年、国内外で発売が開始された。

「いよいよ免疫療法は次のステージへと移る」と国立がん研究センター先端医療科の北野滋久氏は期待をこめる。現時点では高額という課題はあるものの、新薬を利用した免疫チェックポイント阻害療法が、免疫療法のブレークスルーになろうとしている。

逆転の発想から生まれた、新しいタイプの免疫療法

国立がん研究センター 先端医療科 北野滋久氏

これまでの免疫療法といったいどこが違うのか? まず、発想とアプローチの違いに着目したい。冒頭で触れたように、がん細胞の作用で低下する免疫機能を復活・賦活化させることによってがん細胞を死滅させ、増殖を抑えようというのが免疫療法の共通した開発コンセプトである。しかし、免疫能力を増強する方法をより詳しく見てみると、新旧の違いがわかる。

従来の免疫療法は、がん細胞と闘うT細胞というリンパ球の一種を活性するように働きかけて、がんを攻撃するというアプローチだった。それに対し、新しく承認された免疫チェックポイント阻害療法は、がん細胞がT細胞の機能を妨げようとする働きを防ぐことよって、T細胞ががん細胞と闘うことを持続・増強するアプローチである。

「T細胞(リンパ球の一種)を自動車に例えると、これまではアクセルを踏むことを考えていた。それをブレーキがかからないようにする。従来の考えとは逆転の発想といえます」(北野氏)

わかりやすくいえば、がん細胞という敵に向かって援軍の免疫機能をどんどん強化しながら攻撃するのが従来の免疫療法、一方、がん細胞からやってくる激しい攻撃を未然に防いで高性能の免疫機能を維持・強化しながら敵を攻撃するのが新しい免疫チェックポイント療法、といえるかもしれない。

がん細胞の悪巧みをブロック

細胞レベルまで視点を落とすと、免疫チェックポイント阻害薬の作用メカニズムがわかりやすくなる。免疫チェックポイントとは、T細胞をはじめとする細胞表面上に発現し、免疫機能の亢進や抑制に関わるシグナルをやりとりする分子のこと。免疫受容体のひとつであり、免疫チェックポイント阻害薬で登場するPD-1やCTLA-4はいずれも免疫チェックポイント分子である。

北野氏は、承認された新薬の抗PD-1抗体薬に関する作用メカニズムを次のように説明する。

「T細胞上のPD-1分子が、がん細胞などが出すPD-L1分子に結合すると免疫にブレーキがかかります。薬が先にPD-1に結合することによって、PD-L1分子との結合を防ぎ免疫のブレーキがかからないようにする効能が期待できます」

T細胞の免疫機能にブレーキをかけようとするがん細胞の悪巧みから逃れるために、いち早く薬という蓋で受容体をブロック(阻害)し、不適切なシグナルが入らないようにするのが作用メカニズムの要点なのである。