宇宙航空研究開発機構(JAXA)は4月7日、民間航空機の飛行の安全性を高める取り組みとして、「気象影響防御技術コンソーシアム」(WEATHER-Eyeコンソーシアム)を今年3月に発足させたことを受け、記者説明会を開催した。

このコンソーシアムは、日本国内の航空会社や航空機メーカー、研究機関、大学など、合計18機関と合同で行われるもので、とくに日本国内の航空機の運航にとって大きな障害となっている、冬に飛行機を襲う雪氷と雷、そして火山灰といった「特殊な気象」への対策や根本的な解決を、オールジャパン体制で目指す。

説明会の出席者。伊藤文和氏(JAXA航空技術部門長、写真中央)、渡辺重哉氏(JAXA航空技術部門次世代航空イノベーションハブ ハブ長、写真左)、石川和敏氏(JAXA航空技術部門次世代航空イノベーションハブ ハブマネージャ、写真右)

航空機の運航を妨げる「特殊な気象」

航空機の事故を防止するため、これまでJAXAを含め、世界中でさまざまな活動が行われてきた。壊れにくく信頼性の高いエンジンや、丈夫で長持ちする材料の開発、近年ではテロを防ぐための対策など、その努力や成果の例は枚挙にいとまがない。その結果、昔と比べて現代の航空はかなり安全になった。

しかし、航空輸送の需要は今後20年で約2倍に増えるといわれており、それに合わせて事故の数も約2倍になると考えられている。そのため、事故を防止する技術をさらに高度にすることが求められている。

事故が起こる要因には、航空機が直接墜落に至るような主要因と、それにつながる背景要因とが複雑に絡み合っているが、その中で悪天候による視界不良や乱気流、そして冬の季節にみられる「特殊な気象」などの、外的な要因が45%ほどを占めている(残り55%は経年劣化や技術的な故障・問題、ヒューマン・エラーなど)。技術の進歩により、故障や経年劣化による事故は年々減っているが、それに応じて気象要因の比率は高くなっており、より減らす努力が必要になっている。

その中でもJAXAがとくに注目しているのは「特殊な気象」である。これは冬に飛行機を襲う雪氷と雷、そして火山灰の、主に3つを指している。

航空機事故防止の現状 (C) JAXA

日本の置かれた状況

この特殊な気象は、世界の中でもとくに日本において大きな問題となりやすい状況にある。日本の航空路線の特徴として、まず2500~3000mほどの、世界と比べて比較的短い滑走路しかもたない空港が多いということがある。滑走距離や着陸距離の余裕がないため、気象条件によって何か問題が発生すると、回復が難しい。

また、座席数250席以上の中型機、大型機の運航の割合も、世界平均の26%に対して、日本は約49%と約半分を占めており、さらに航空路線の年間利用者数トップ10のうち、日本の国内線が4つも入っているほど運航密度が高い。このため何か問題が発生した際に、ドミノ倒しのように多くの利用客に影響が出てしまう。

とくに冬季は、日本は日本海側を中心に多くの雪が降り、さらにその雪は水分を含んだシャーベット状になっているため滑りやすくなる。また、夏の雷は高い空にある入道雲から落ちるものの、冬の雷は低い空でも発生し、さらに広い範囲で連続して起こりやすいため、そのエネルギーは夏に比べて数十倍から100倍のエネルギーをもっているという。飛行中の飛行機に落雷すれば、大事故になりかねない。

こうした過酷な気象条件にさらされるのは世界でも稀で、たとえば雷に限っても、日本以外でこうした問題が起きているのは、米国の五大湖周辺、欧州の北部の西海岸周辺くらいといわれている。

JAXAでは、航空機をより安全に運航するために何が求められているのかということについて運航会社へヒアリングを行ったが、そこでも「冬季の特殊気象への防御」への要望は強かったという。

日本国内における特殊な気象にかかわる課題 (C) JAXA

気象影響防御技術コンソーシアム

特殊な気象にかかわる事故を防止するため、現在のところ多くの時間や労力が費やされている。たとえば気象衛星やセンサー、コンピューターによって、天気予報の技術も進歩したが、航空向けにはより高精度の予測が必要となっている。

また、ひとつの飛行機は一生涯の中で50回は雷を浴びるといわれており、落雷した場合は着陸後に目視で点検しないといけないというルールがある。しかし、それには時間がかかり、運航が遅延することがある。とくに地方の空港では、飛行機の上から見る手段がなく、かなりの手間がかかっているという。そこで、より精度が高く、作業効率の良い技術を開発し、遅延をなくすことで、安全性や乗客の利便性が向上が期待できる。

さらに、現在は雷が落ちた後に点検、整備することが前提となっているが、そもそも雷が落ちても損傷しない、あるいは雪が付着しない機体を開発することも求められている。たとえば、ボーイング787型機は炭素繊維強化樹脂を採用することで従来の航空機と比べて大幅な軽量化を達成したが、樹脂は電気を通さないため、金属に比べて雷に打たれ弱いという問題がある。そこで、防電性のある複合材を開発することで、雷に打たれても壊れない飛行機が造れるのではと期待されている。

気象影響防御の課題 (C) JAXA

こうした特殊な気象がかかわる事故の予測と検知、そして防御を行うことができれば、より安全に、効率的に航空機を運用できるようになる。そこで、日本の技術を集め、その実現に向けた新しい取り組みとして、「気象影響防御技術コンソーシアム」が立ち上げられた。

このコンソーシアムには、JAXAを中心に、航空会社からは全日空や日本航空など、製造会社からは富士重工業やセンテンシアなど、研究機関からは気象庁気象研究所や土木研究所、大学からは大阪大学や北見工業大学など、合計18機関が参画している。この中で、気象影響防御技術に関するビジョンや研究戦略などの策定や共有、ニーズ、シーズの情報共有、また異業種、異分野などの参画促進、コンソーシアムの活動内容や成果の広報活動、オープンなフォーラムの開催などを考えているという。

また各々は、たとえばJAXAは研究開発を促進することに加えて、連携や協力の拠点として事務局を設置し、コンソーシアムの運営を行うこと、研究機関では研究開発と人材育成、製造企業では研究開発と製品化などに向けた検討の実施、そして航空会社はその議論の中で実際に運航に導入できるか、役に立つかといった評価を行うことなどが予定されている。

なお、現時点ではボーイングやエアバス、三菱航空機などの航空機メーカーは参画していないが、JAXAによると「今後結果が出てくれば、航空機メーカーにも、実際の航空機への採用などを検討してもらえるのではないか」としている。

「気象影響防御技術コンソーシアム」に参加する18機関の内訳 (C) JAXA

JAXAにおける研究開発

今回の説明会では、JAXAがすでに取り組んでいる研究開発の一例についても紹介された。前述のように、日本では雪氷や雷、火山への対策が課題となっている。まず雪氷に対しては航空機の機体や滑走路へ雪や氷が付着した場合の検知や、そもそも付着しないようにする防御技術が考えられている。

今回紹介されたのはそのうちの2つで、まずひとつは「防氷コーティング」である。機体、とくに主翼に氷がつくと形状が変わってしまい、飛行機を浮かせる力(揚力)が小さくなり、墜落する場合もある。それを防ぐため、現在の航空機は、翼の前縁にジェットエンジンの圧縮空気を流したり、電気ヒーターを使ったりして、その熱で温めて溶かしている。しかし、その分はエネルギーとして消費することになるため、航空機の燃費などにとっては無駄になっている。そこでJAXAでは、氷が付かないようにする新しいコーティング材を開発している。

もちろんコーティング剤だけで氷のすべてを防ぐことはできないので、熱による防護と組み合わせる「ハイブリッド防除氷システム」によって、必要なエネルギーを2/3以上はカットしたいとしている。現在の航空機も、約3年に1回の頻度でコーティングが行われているが、このコーティング剤はそれに代わるもので、既存の機体にそのまま塗ることができるという。

この技術については、2017年度までにJAXAと富士重工業、日本特殊塗料の共同で耐久性を向上させ、実環境下での耐久試験を実施したいとしている。飛行試験ではJAXAが保有する「飛翔」が使われるという。

防御技術の例(防氷コーティング) (C) JAXA

JAXAが保有する実験用航空機「飛翔」 (C) JAXA

ふたつ目は「滑走路の積雪モニター」である。滑走路に雪が積もったり、氷が付着したりすることにより、飛行機の欠航や、目的地とは違う空港へ着陸を強いられるダイバート、さらに着陸後に減速できず、滑走路を超過してしまうオーバーラン事故が発生する。日本では、たとえば北海道の千歳空港では、欠航は年間最大1000件、ダイバートは最大200件、オーバーラン事故も1、2件発生している。これを減らすことで、効率性、利便性の向上、安全性の向上が図れる。

そこで、滑走路に埋め込む形式のセンサーが開発されている。このセンサーで、雪氷の分布や量、状態などを判別し、そのデータを着陸を予定している飛行機に送り、このまま着陸しても大丈夫か、あるいはダイバートすべきかなのか、といった判断を支援することを目指しているという。データの提供方法は、なるべく新しい装置を載せなくても良いよう、既存のモニターなどに表示したり、音声で伝えたりといった形式を考えているという。

また、このデータを元に、ある適切なタイミングで一気に除雪できるようにすることで、空港側の作業も効率的になり、定時運航性の向上につながるという。この技術についても、2017年度までにJAXAと北見工業大学、センテンシアとの共同で、モニタリング機能のフィールド試験を実施したいとしている。

検知技術の例(滑走路の積雪モニタ) (C) JAXA

JAXAでは、特殊気象への防御のうち、このコーティングと滑走路の2つについては、なるべく早い時期に実現したいとしている。石川氏は「特殊な気象が要因となる事故を、最終的にはゼロにしたい」と意気込みを語った。

【参考】

・「気象影響防御技術の研究開発に関する連携協定」におけるJAXAの活動に関する記者説明会 - YouTube
 https://www.youtube.com/watch?v=FRmVXnZNQTM
・「気象影響防御技術の研究開発に関する連携協定」におけるJAXAの活動について 平成28年4月7日 国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構 航空技術部門 次世代航空イノベーションハブ
 http://fanfun.jaxa.jp/jaxatv/files/20160407_aero.pdf