山口県山口市の洞春寺(とうしゅんじ)は、元亀3年(1572)より続く古刹でありながら、近年、その歴史以上に住職のキャラクターが注目を集めている。Twitterのつぶやきを見ると「るるぶ山口・萩・下関に写真付きで紹介いただきました。ワンワン! 」。自己紹介欄には「犬の中の犬」なる一言。そう、この寺では犬が住職を務めているのだ。
マル住職、京都での修行を経て山口へ
とはいえ、もちろん人間の住職もいる。京都・南禅寺の修行道場で鍛錬を積んだ後、山口の地に移り住むことになった、深野宗泉住職である。深野住職によると、犬住職の「マル」は今年3月で11歳となる紀州犬。生まれて3カ月の頃、和歌山の寺から京都の南禅寺へと居住地を移したマルとは、もともと南禅寺での修行仲間だったんだとか。
「見渡せば周りは剃髪した人ばかり。当時は有髪の方や女性には吠えついていましたね」。その後、修行を終えた深野住職は10年前に山口へ。そしてその2年後となる8年前、南禅寺の修行道場の人数減少に伴い、道場の人がマルと丁寧に接することが難しくなったという話を聞きつけた深野住職は、マルを引き取ることにしたのだという。
良寛和尚のごとく子供と親しみ、人々に愛される
「マルが山口へ来てからというもの、毎朝夕一緒に散歩するようになったのですが、不思議と散歩で出会う方々とのご縁がつながっております。また、境内には3歳から18歳までの子どもたちを預かる児童養護施設があるのですが、今ではマルは施設の人気者です。だんだんと、髪の毛の生えた方とも打ち解けられるようになってきたマルの姿は、良寛和尚と重なりますね」。
良寛和尚は江戸時代に活躍した曹洞宗の僧侶で、「子どもの純真な心こそが誠の仏の心」と解釈し、子どもらと積極的に交流したことで知られている。
もちろん、マルは子ども以外にも多くの人に愛されている。
「10年間ずっと、8時から18時頃まで、ボランティアでお寺のお手伝いをしてくださっている檀家のおばあちゃんがいるのですが、彼女は自分が亡くなった後、先に亡くなったご主人のお墓の面倒を見る人がいないことを心配して、合葬墓に移した方がいいだろうかと思案を続けておりました。
そこで、毎日おばあちゃんをバス停まで迎えに行くマルの生前墓を、ご主人の墓前に建てることを提案させていただいたんです。マル住職の墓があれば、ご主人ともずっと一緒に眠ることができるということで、大変喜んでいただいております」。
ちなみに、マルの生前墓である寿塔の中央には丸(マル)が刻まれている。「円相」といい、禅の悟りのイメージとして古来より用いられているものだとか。
"ふてぶてしい性格"なのはご愛嬌
「一般的に、修行道場で3年間過ごせば臨済宗の住職資格が得られるということで、5年ほど前に『マル住職』に任命したんですが、人に愛きょうをふりまいたりこびを売ったりすることなく、問答無用で相手に突っかかっていくところが禅宗僧侶らしいと評判いただいております。確かに、一緒に座禅していても読経していても住職然とした態度で、"リア住"(リアル住職)顔負けです」。
深野住職いわく"ふてぶてしい性格"のためか、時には相手にかみつくこともあるため、マルの横には「危犬!(キケン)」「問答無用かみつきます」などの看板が設置されている。それでも「果敢に禅問答を挑む者は後を絶ちません」と深野住職が言うように、マルとの触れあいを楽しんでいる人は多いようだ。
とりわけ、facebookやtwitterのアカウントを取得し、マルの目線で情報発信するようになってから、マルの注目度が高まっている。また、山口新聞や朝日新聞などからの取材で掲載されたニュースが台湾でも人気になったとか。そこで、「ただ人気を取るだけではおもしろくない」とSNSでは禅語をもじるなどの工夫をこらしながら、中国語の繁体文字で投稿していたことがさらに評判となり、独自目線でマルを紹介する台湾メディアまで出てきたという。
次は映画出演の依頼を所望!?
最近では、「マル住職に関して70分間の講演をお願いしたい」とか「犬との関わりから見た福祉の原点について話してほしい」などの依頼もくるというが、「マルもだいぶテレビ出演に慣れてきたし、次は映画で主演をはってもらって、カンヌのレッドカーペットに一緒に立ちたいですね」と深野住職。
「私も昨秋ようやく"リア住"になることができ、マル住職とともにますます山口の地に溶け込んできたかなと感じています。マル住職を媒介に、主観・客観双方の目線を持って物事を見ることで、仏教の本質からもそれないところで、多くの方に本来のお寺の在り方や社会とのつながり方をじっくりと見つめさせていただけることは有難いことだなぁ、と日々感謝の想いでいっぱいです」。
マルとともにお寺を守る深野住職の言葉は深かった。
そのほかの秘蔵写真
※記事中の情報は2015年3月取材時のもの