東京大学(東大)と宇宙航空研究開発機構(JAXA)は11月5日、小惑星探査機「はやぶさ2」の打ち上げに相乗りする超小型衛星「PROCYON(プロキオン)」を報道向けに公開した。小さいながらもイオンエンジンを搭載しており、小惑星のフライバイ観測を目指すという。11月30日、H-IIAロケット26号機で打ち上げられる予定だ。

東京大学・本郷キャンパスで公開された超小型衛星「PROCYON」

開発を率いた東京大学大学院工学系研究科の船瀬龍准教授

PROCYONの大きさは約63cm×55cm×55cm、重さは約65kg。太陽電池パドルは4枚搭載しており、軌道上で展開後、衛星の大きさは縦横がそれぞれ1.5m程度になる予定だ。2013年9月に相乗り衛星の1機に選定されて開発がスタート。東大とJAXAが中心となって開発を進め、ほぼ1年という短期間で探査機を作り上げた。開発費は総額5億円。

1台3役の統合推進系を搭載

PROCYONの大きな特徴は、これが超小型の深宇宙探査機であることだ。100kg以下の超小型衛星は従来に比べ開発費が2桁ほど小さいため、大学や民間で活用が進んでいるが、そのほとんどは地球を周回する衛星だ。地球圏を脱出した例としては、過去、金星探査機「あかつき」に相乗りした大学衛星「UNITEC-1」があるものの、「探査機」となると、今回のPROCYONが世界初になるだろう。

自力で目標天体に向かうために、PROCYONにはイオンエンジン「I-COUPS」(アイクーズ)が搭載される。イオンエンジンは電気推進の一種で、化学推進に比べ燃費(比推力)に優れるのが大きな特徴だ。反面、パワー(推力)が小さいという弱点もあるが、長期間噴射することで、最終的には大きな加速を得ることができる。あまりたくさん推進剤を搭載できない超小型衛星にとって、これは大きなメリットだ。

運転中のイオンエンジン。上が中和器、下がイオン源の光だ (C)東京大学

こちら側にイオンエンジンがあるはずだが、太陽電池パドルで隠れていて見えない

ところでI-COUPSという名称は"Ion thruster and COld-gas thruster Unified Propulsion System"の略なのだが、これが示すように、I-COUPSはイオンエンジンとコールドガスジェットが統合された推進系である。イオンエンジン部は超小型衛星「ほどよし4号」に搭載された「MIPS」とほぼ同じで、これに姿勢制御スラスタ(RCS)としてコールドガスジェット部を追加した形になる。

PROCYONの姿勢制御は基本的にリアクションホイールで行うのだが、リアクションホイールのアンローディングのためにはRCSが必要。I-COUPSのRCSはそのためのもので、イオンエンジンの推進剤であるキセノンをプラズマ化せず、高圧ガスとしてそのままスラスタから噴射する仕組みだ。PROCYONの機体の周囲8カ所にコールドガスジェットのスラスタが搭載されており、3軸制御が可能となっている。

中央の小さな穴がコールドガスジェットのスラスタ。8カ所に搭載されている

I-COUPSは3つの異なる役目を果たす。「超小型探査機」の要となる技術だ

またイオンエンジンの推力が小さいことは前に述べた通りだが、このRCSの推力はイオンエンジンよりも大きいので、すぐに動きたい小惑星近傍などでの軌道制御にも利用できる。RCSの比推力は24.5秒と、イオンエンジンの1,000秒からは2桁も落ちてしまうものの、推力は逆に300μNから22mNへと、70倍以上もアップする。

「はやぶさ」シリーズの場合、RCSには2液式の化学推進系を別途搭載していたが、I-COUPSは推進系をキセノンで統合化することで、合計で約10kgという軽量化を実現している。なお、キセノンの搭載量はそのうちの2.5kgだが、半分以上はコールドガスジェットで使われ、イオンエンジンで利用するのは3~4割程度になる見込みだという。

小惑星探査のための様々な機能

PROCYONは11月30日に打ち上げられた後、12月末にイオンエンジンを始動。「はやぶさ2」と同じように1年かけて太陽のまわりを1周し、2015年12月に地球に再接近する。ここで地球スイングバイを行い、軌道を変えて、小惑星に向かう予定だ。目的地となる小惑星はまだ決まっていないが、すでにメインの候補として2つ、サブの候補として4つの天体が検討されているとのこと。

超小型衛星はサイズが小さいので、搭載できる観測装置も限られる。そんな制約の中で、気になるのは「どんなことができるのか?」「何か役に立つのか?」ということであるが、1つのメリットとして注目されているのは「よりリスクが大きなミッションにチャレンジできる」ことだ。

たとえばPROCYONでは小惑星のフライバイ観測を行うのだが、より近づくことが可能になる。大きなお金がかかっている通常の探査機だと、万が一にも小惑星にぶつけて壊すわけにはいかないので、距離を取る必要がある。通常はその距離は100km以上にもなるが、PROCYONは小惑星からわずか数10kmのところを通過する計画。近くから観測できるので、小型の望遠鏡でも、高い分解能の画像が取得できるわけだ。

ただ、距離が近ければ近いほど、小惑星の撮影は難しくなる面もある。自動車で走っているとき、遠くのビルよりも、近くの電柱の方が早く動いて見えるだろう。小惑星のフライバイ観測もこれと同じで、距離が近いと小惑星が早く通り過ぎるため、探査機の姿勢制御が追いつかず、カメラで追尾できなくなってしまう。

この問題に対応するため、PROCYONでは開口部の鏡を駆動することで、見る方向を変えることができる望遠鏡を開発。鏡を回転させるだけなら高速にできるので、小惑星の動きが速くても追従できるわけだ。地球からの遠隔操作だと間に合わないので、鏡の制御は探査機が画像認識で自律的に行うという。

PROCYONには口径5cmの小型望遠鏡が搭載されている。これで小惑星を観測

ちょっと見えにくいが、この円筒部分に鏡が入っていて、回転する仕組み

また超小型衛星で難しいのは遠距離での通信だ。大きなアンテナは搭載できないし、使える電力も少ない。そこで、PROCYONの通信系は、深宇宙探査の経験が長いJAXAが担当。小型ながら、「はやぶさ」などの深宇宙探査機と互換性のあるXバンド通信系を開発した。臼田、内之浦などの地上局が利用でき、たとえ2AUという超遠距離からでも8bpsの通信が可能。地球近傍では32kbpsの高速通信に対応する。

銀色のフィルムで覆われた部分がPROCYONのハイゲインアンテナだ

底面の突起はローゲインアンテナ。側面にはミドルゲインアンテナもある

超小型探査機の先駆けとなるか

どうしてもメディア的には「小惑星探査」という点が目立ってしまうが、世界初の超小型探査機ということで、PROCYONのミッションではまず、バス技術の実証が大きな目的となる。地球から離れた深宇宙で、電源、通信、姿勢制御、軌道制御などがちゃんと機能するのか、1年をかけて確認していく。

PROCYONのミッション概要。まずは深宇宙探査に使えるバス技術の実証を行う

今後、PROCYONクラスの超小型探査機の用途としては、「大型探査機に複数搭載して目的地で分離する」とか、あるいは「大型探査機の前に飛ばして先行調査する」などの使い方が考えられている。米国ではPlanetary ResourcesやDeep Space Industriesなどの宇宙開発ベンチャーが小惑星からの資源採掘を計画しており、民間での活用も十分有り得るだろう。

ちなみにこの「PROCYON」という名前は、こいぬ座の1等星に由来するという。こいぬ座のプロキオンは、おおいぬ座のシリウスに先駆けて東の空から昇ってくる。大型探査機の前に超小型探査機で調査するというイメージがピッタリということで、こう名付けられたそうだ。「はやぶさ2」とともに、こちらにも注目してもらいたい。

真空チャンバーに入れた状態でのイオンエンジンの動作試験 (C)東京大学