【レポート】

脳科学者に聞く - 記憶と脳をめぐる10の真実(後編)

 

記憶と脳をめぐる10の真実(前編)はコチラ

前回は、「記憶力をアップするには?」、そして「記憶したことを効率的に引き出す方法」などについて紹介しました。そして今回は「もしかして認知症かな?」と自分の物忘れに不安を抱くアナタにぜひ、読んでいただきたい。前回に続き、脳研究の第一人者、自然科学研究機構生理学研究所、柿木隆介教授に伺った内容からまとめています。

6. 年をとるにつれて、人の名前が出てこないのはなぜ?

最近、人の名前がなかなか出てこないことが増えていませんか? 映画の話をしていて「ほら、あの人…」と女優の顔は浮かぶのに名前がなかなか出てこない。なぜでしょう?

前回に引き続き登場の自然科学研究機構生理学研究所の柿木隆介教授

柿木教授によると、「原因は2つ考えられます。年齢が増えるにしたがって、記憶量が増えますよね。(前回お話ししたように)、記憶をしまっておく引き出しの『数』そのものが増えることが1つ。 もう1つは、どの記憶をどの引き出しにしまったかという、引き出しの『場所』がわからなくなることです」

たとえば、本好きの人はどんどん本がたまります。10冊しか本がなければ目当ての本はすぐに見つけられるものの、1000冊になると難しい。それでも若い頃はなんとなくどのあたりにあるかを思い出せたのに、年を重ねると、それも難しくなる。

そもそも記憶するときは、特定の神経細胞の組み合わせでできた「記憶の回路」に電気信号が流れます。その後、電気信号は消えても回路は残り、これが記憶の「引き出し」となるのです。記憶を引き出す時は、その記憶の回路(=引き出し)に再び電気信号を流す必要がありますが、加齢によるパワー不足などで電気信号が流れずうまく引き出せなくなるというわけです。

「走るのが遅くなるのと同じで、自然な老化現象ですね」と柿木教授は指摘します。

7. 物忘れと認知症の見分け方は?

自然な老化現象とは言え、あまりに思い出せないことが増えると、「もしかして認知症?」と不安になったりしますよね。物忘れと認知症の見分け方はあるのでしょうか?

「一般的に言えるのは、『昨日、朝ごはんに何を食べたか』を忘れたのは気にしなくてもOKです。でも『食べたかどうか』を忘れるのはまずい。食べた内容を忘れるのは物忘れ(=健忘症)ですが、食べたこと自体を覚えていないのは病気の可能性が高く、1つの大きな目安になります」。柿木教授によれば「What」に答えられないのは物忘れで、「Yes/No」を忘れた場合、認知症の可能性があるとのこと。

それでは、認知症の患者さんが朝ごはんを食べたかどうかも忘れるのに、昔のことはよく覚えているのはなぜなのでしょうか?

「海馬がやられるため、短期記憶を長期記憶にできないのです。つまり昔の記憶の引き出しだけがあって、新しく引き出しを作ることができない状態です。だから例えば昔の歌は覚えていても、最近の流行歌は覚えられない。例えばAKBの曲を聴いて『なんていう曲?』と聞かれて教えてもすぐに忘れてしまい、次の日にまた同じ曲を聴いて『なんていう曲?』と繰り返すわけです」

8. 指の運動や計算をすれば、認知症は防げるの?

うーむ…加齢によって物忘れをするようになったり、名前が出てこなくなったりするのはやむを得ないとして、脳を鍛えればその速度を遅らせたり、回復させることはできるのでしょうか? たとえば脳の活性化に効果があると言われる食べ物を食べたり、指の運動や簡単な計算をしたりすることで、認知症の予防になる、などの情報が巷にあふれていますよね?

「科学的には疑問視されています」と柿木教授。「たとえばピアノをひくなど指を動かすと認知症の予防になると言われますね。確かにピアノを弾くときは楽譜を読むし細かく指を動かすため、脳の活動を測ると、運動野も聴覚野も視覚野もガンガン活動しているのがわかります。認知症になりにくいことはあるかもしれませんが、『脳が活性化する=ぼけない』ことは科学的に証明されていないのです」。なぜ証明できないのでしょう?

「証明しようとすれば、まず年齢が近く持病もまったくないか、あっても同じ人、かつ食事も同じものをとり、同じような生活環境で暮らし、親のIQも教育程度も一緒など数々の条件を一致させた人たちを何十人もそろえなければなりません。その上で被験者を2グループにわけ、1グループは一日1~2時間ピアノをひいてもらい、もう1グル―プはひかない。これを10年ぐらい継続する必要があります。そんな人たちを集めること自体、現実的に無理だと思いますよ」

指の運動が認知症予防に効果があるなら、ピアニストは認知症にならないはずですが、現実にはピアニストにも認知症になる人は存在します。食べ物の効果については、動物実験なら純系の動物を多数用意して、同じ時間に同じ餌を与えて、片方のグループにだけある食べ物を加えるなどして実験することは可能ですが、人間だとその他の関連する条件が多すぎて実験を行うのは難しいのです。

「そもそも同じ食べ物のみを過剰に摂取すること自体、体に悪い。バランスよく食べるのが基本ですよね」。結局、「○○すれば認知症を予防できる」というような話は科学的に実証されているものではない、ということなのです。

9. 「どこかで会いましたよね?」 - なぜ無意識に人の顔を覚えるのか

必死に覚えようとしても、なかなか覚えられないことが多い一方で、無意識に記憶に残るものがあると柿木教授が話します。それは「人の顔」。どこであったかは覚えていないのに、たとえすれ違っただけでも顔の記憶は不思議と残っているものだと。

「以前、文字や無意味な点、顔など色々なものを映像の合間に一瞬見せるというサブリミナル効果の実験を行ったことがあります。すると顔を見せたときの脳の反応が圧倒的に高いのです」なぜ人の顔だけ反応が高いのでしょう?

「おそらく言葉を持たなかった頃の人類は、顔を覚えないと敵味方を間違えて生存にかかわるという、動物本能から来ているのではないでしょうか」と柿木教授。相手の視線など表情を見て、敵なのか味方なのか、襲ってくるのか否かという情報を読み取ってきたというのです。さらに現代、社会生活を営む上では、目の動きや視線の変化から相手の心まで察知します。

その一方、自閉症児は顔の認知のプロセスが健常児とは異なるそうです。

「もともと自閉症児は顔の認知能力が悪いわけではないのですが、相手の気持ちに興味がなく、目を合わさない傾向があります。そこで教育者側が自閉症児に対して、話す相手の顔を見ようというアプローチを小さいうちからとることで、相手の気持ちや場の雰囲気が徐々にわかってくるようになるのではないか、という研究を行っています」

顔、と言えば面白いのは「好かれる顔=もて顔」も記憶に関係しているという点です。「好かれるには印象に残らないとだめ。そのためには、整った顔より人と違う顔、目立つ顔がいい」という。たとえば日本人男性に人気があるのが「アヒル口」と柿木教授。鼻は多少低くても、口角があがったアヒルのような口に目がぱっちりした女性が今、日本でモテる顔なのだとか!?

10. 9割あたる「うそ発見器」とは?

実は柿木教授、記憶に強く関係する脳波を使って、うそ発見器ならぬ「本当発見器」の研究にいち早く取り組んだ人物でもあるのです。

「記憶として残されたものを見たり聞いたりしたときに『P300』という脳波が出ます。P300には様々な使い方がありますが、犯罪捜査に使いやすい。たとえば犯人は凶器で使ったナイフを忘れません。凶器を含む4種類の異なるナイフを用意して一般の人に見せてもP300は出ませんが、犯人は凶器のナイフを見たときだけP300が出るのです」。

まるで指紋のように脳内に残っていることから、このP300の反応は「脳指紋」とも呼ばれます。沢口靖子さん主演のドラマシリーズ「新・科捜研の女」でも「脳指紋は語る!7年前に見た殺人現場」などタイトルにも使われているほどです。

ある実験ではP300反応を使って虚偽を検出したところ9割近い有用性が確認されています。米国ではすでに犯罪捜査に使われ、2000年には23年間服役していた人が無罪になった実例もあります。1991年、このP300についての論文を佐賀医大の音成龍司博士と国際法医学雑誌に初めて報告したのが柿木教授。ただし、実用化には弱点もあります。

「写真を提示して調べる手法では、見たふりをして目をそらしたり、一生懸命違うナイフに意識を集中させたりすると2つのナイフにP300が出ることもある。でも弱点を知り対策を立てれば十分使えます」と柿木教授。こうした犯罪捜査へ利用だけでなく、P300は、体が動かせず話しもできなくなった患者が、自分の意思を伝えるためのコミュニケーションのツールとしての応用利用も研究されています。

脳波を使ったうそ発見器の実験風景。被験者は脳波電極を付けてモニター上の画面を見ており、検査者は脳波だけを見て判断する。(出典:「第17回 自然科学研究機構シンポジウム」要旨集)

記録された波形。左図は脳波電極の位置を示す。P300はCzまたはPzで最も大きく記録される。この検査では4 種類の楽器の写真を裏返しにして、被験者に1枚選ばせ(被験者は鉄琴を選んだ)、それを記憶してもらった。矢印で示すように、鉄琴を見た時だけに、ちょうど図の真ん中付近に下向き(陽性)の反応が記録される。これがP300である。(出典:「第17回 自然科学研究機構シンポジウム」要旨集)

おわりに

脳と記憶については、ここ数十年の研究により、小指の先ほどの大きさしかない海馬が、非常に効率のいいコンピュータであることがわかってきて、分子や遺伝子レベルでの研究が進んできています。またアルツハイマー病などの症状が出る前の早い段階から、何が発症に関係しているかなど、出生時から数十年にわたった追跡調査も行われています。

ちなみに、今回と前回、記憶に関する脳科学の解説者として登場していただいた柿木教授も参加される脳と記憶の研究の最前線に関するシンポジウムが9月23日(火・祝日)に東京・一橋にて開かれます。今回の話を読んで、記憶に興味を持った方は、ぜひ参加してみてください。きっと、これまで知らなかった、新しい脳の世界を見ることができるはずです。

「第17回 自然科学研究機構シンポジウム」

テーマ:「記憶の脳科学 -私達はどのようにして覚え忘れていくのか-」
日 時:2014年9月23日 9:50~17:40
会 場:学術総合センター(一橋講堂)
東京都千代田区一ツ橋2-1-2 学術総合センター2階
参加費:無料
申込方法:専用の申込みフォームにアクセスし、必要事項を記入

柿木隆介 教授のプロフィール

自然科学研究機構生理学研究所 教授・医学博士。
1978年 九州大学医学部卒業
1981年 佐賀医科大内科(神経内科)助手
1983-1985年 ロンドン大学医学部研究員
1993年 岡崎国立共同研究機構生理学研究所教授などを経て2004年より現職。

日本内科学会認定医、日本神経学会専門医
専門は神経科学、特に人間を対象とした研究
日本生体磁気学会会長など多くの学会の理事も務める

NHKやフジテレビ、TBSといったテレビでの脳科学特集などに多数出演しているほか、CBCラジオ(中部日本ラジオ)を中心としたラジオ番組にも多数出演している

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