テレビのニュースでウェアラブルPCが取り上げられるように、ユビキタス社会は一歩ずつ実現しつつある。そもそもユビキタスというキーワードは、2000年代中頃に「いつ誰でもネットワークにつながる」概念を示したバズワードだ。最近はIoT(Internet of Things)が新たなバズワードとして取り上げられているが、IoTすらもユビキタスの一要素と説明しても遜色はないだろう。
いずれも未来のコンピューター社会を支える技術だが、日本マイクロソフトとYRPユビキタス・ネットワーキング研究所は、オープンデータやビッグデータの活用促進を目指して提携することを明らかにした。今回は東京大学の本郷キャンパスで行われた記者会見の内容をレポートする。
最初に登壇したのは、YRPユビキタス・ネットワーキング研究所(以下、UNL)所長の坂村健氏。ちなみに東京大学大学院情報学環教授でもある坂村氏といえば、「TRONプロジェクト」を思い出す方も少なくないはずだ。
1980年代後半にリアルタイムOSを作りだそうとした、数少ない国産OS研究・開発事業である。PC向けOSとなるはずだったBTRONは諸事情で実現しなかったものの、組み込み型OSであるITRONやμITRONは携帯電話など家電分野を中心に広く使用されてきた。
坂村氏は最初に自身の研究所について、「YRPは『横須賀リサーチパーク』の略称。株式会社の形式を取りながらも、社長は横須賀市長である」と、いわゆる第三セクターであると紹介。UNLはIoTに対する取り組みとして、「ucode (ユーコード)」というユニーク(一意的)なIDを研究・実証実験を行ってきたという。既に日本国内では国土地理院が設置する三角点や、火災報知機のうち120万個にucodeを付与し、デバイスの個体管理を可能にしているそうだ。
そもそもucodeは、モノや場所にユニークなID番号を電子タグやバーコードのような形で取り付け、任意のプロトコルでIDを読み取ることで、IDが示す情報サービスを提供する仕組みである。
坂村氏がucodeを「全世界郵便番号」と称したように、現状では国や企業ごとに異なるIDを統一することで、さまざまな利便性を生み出せる可能性が高いそうだ。なお、2005年からITU-T(電気通信標準化部門)にプロトコルとして申請していたucodeが国際標準規格「H.642」として成立済みである。
そしてUNLでは、データベース化したucodeを用いて利用するシステムを「u2 (Ubiquitous ID 2.0)」と称している。既にさまざまな実証事件が行われており、銀座の街中や店舗内にucodeタグを発する数千個の「ココシルマーカー」を設置し、ucodeに紐付けられるデータをスマートフォンなどから見ることを可能にしていた。坂村氏によれば「最近のスマートフォンはBluetooth LEを備えたタイプも増えて、実験しやすかった」という。
次に登壇した日本マイクロソフト業務執行役員 最高技術責任者の加治佐俊一氏は、ビックデータを利用するベースとして、「Microsoft Azure Intelligent Systems Service」に触れつつ、すべての情報を一元的に扱うプラットフォームの提供が鍵だという(Intelligent Systems Serviceに関する記事はこちら)。その1つとして、u2アーキテクチャをプラットフォーム層に標準搭載することを明らかにした。
さらにucodeを空間情報連携基盤への活用や、リアルタイム多言語翻訳にも利用するという。以前から同社は機械翻訳に注力し、Microsoft Researchによる研究成果を発表してきたが、今回はWindowsストアアプリから、Microsoft Azure上で動作するMicrosoft Translator Hubを利用し、ココシルマーカーで取得した観光地の情報を43言語で翻訳するデモンストレーションも披露した。
加治佐氏は海外から訪れる旅行者などが参照する交通機関の運行情報や渋滞情報、緊急時のリアルタイム双方向コミュニケーションに活用したいと紹介。さらに開発環境として組み込みデバイス向けの「.NET Micro Framework」でucodeをサポートすることを明らかにした。この辺りはソフトウェア開発者でないとメリットがないので割愛する。
公共施設や交通機関などが公開するオープンデータや、多くの動作を情報化するビックデータの活用は、今後我々の生活を大きく変化さあせる存在だ。一例として坂村氏はucodeを組み込んだ家電とMicrosoft Azureなどのクラウド環境を連動させ、スマートフォンで制御する可能性もあると述べている。
一見すると夢物語で、遠い将来の話に聞こえるかもしれない。だが、最後に登壇した日本マイクロソフト執行役常務 パブリックセクター担当の織田浩義氏によれば、既に現実の話だという。
その一例として、スペイン・バルセロナ市はビックデータを活用してだ規模な祭典の運営を行い、ロンドン市交通局は230万件/日のリアルタイム公共交通データを用いて、市内の最適な移動経路提供を目指している。そして、我が国では神奈川県・横浜市もオープンデータによる新しい行政運営を検証実験中だ。
日本マイクロソフトがucodeをサポートすることで、標準的なプロトコルとして実用化されるのは明白だ。坂村氏も「ワールドワイドな企業である日本マイクロソフトが参画してもらえるのは嬉しい。約10年前にT-EngineとWindows CEを並列動作させる『TWisterr』を発表している。残念ながらビジネス的に失敗に終わったが、今回は成功を目指したい」と述べている。
さらに坂村氏は「以前、和解云々と(某通信社の記事に)書かれたが、マイクロソフトとは喧嘩していない」と発言し、記者の笑いを誘っていた。純国産技術をワールドワイド企業の一員である日本マイクロソフトが採用し、ユビキタス時代を支える技術の1つとなるのは感慨深い。
阿久津良和(Cactus)