エネルギー問題の解決の鍵を握るリチウムイオン電池

原油価格の高騰から、燃費の良い自動車への注目が高まっている。中でも日本では第3のエコカーといったガソリンエンジンの高効率化やアイドリングストップ技術を活用した自動車のほか、ハイブリッド自動車/プラグインハイブリッド自動車(HEV/PHEV)や電気自動車(EV)に対する期待も高く、EVに対するインフラの整備も徐々にであるが整いつつあることや、テスラモーターズが480km走行可能なセダンタイプのEVを市場に投入することなどを踏まえれば、近い将来、多くの人がこうした次世代自動車を運転することが考えられる。

また、別の観点として、こうしたPHEVやEVをスマートグリッド/スマートホームの一部として活用しようという動きがある。搭載されているリチウムイオン電池に電力を蓄え、それを家庭に流すことで、電力需要のピークを下げたり、電気料金の節約(夜間電力で充電し、昼間に使用する)、災害時や非常時の蓄電池などとして活用しようというものだ。

しかし、リチウムイオン電池というと、異常発熱や発火、爆発という話題が往々にして起きることがある。とはいえ、ヒトの命を預かる自動車においてリチウムイオン電池が爆発してはならないし、また家庭の蓄電池としても使用しようというのであれば、充放電サイクルの数が多いに越したことはない。そうした上手いリチウムイオン電池の使い方を一般の消費者が逐次監視して、というのはなかなか難しいが、バッテリーマネジメントIC(BMIC)を使えば、そういったことを気にすることなく容易に実現できるようになる。

1セルから12セルまで幅広く対応するマキシムのBMIC

例えばマキシム・インテグレーテッドでは、スマートフォンや携帯ゲーム機などの1セル向け、ノートPCやタブレットなどの2~4セル向け、そして産業機器や自動車分野に向けた最大12セル対応製品など、BMICだけをとっても幅広いラインアップを揃えている。同社のバッテリー向けICの歴史は古く、1993年に偽造防止用のバッテリーID用チップから始まった。2003年にはバッテリー残量のモニタリングICの提供を開始、こうした残量を監視するICはスマートフォンの市場拡大に合わせて出荷数が伸びている。これは、数mVのレベルで電圧を監視できるという特長が市場に受け入れられたためだという。

マキシムが提供するバッテリーマネジメントIC群。1セル対応、2~4セル対応、最大12セル対応と、多岐におよぶ

リチウムイオン電池の最大の懸念点は、使ってるうちに充電容量が減ってきて、やがて満充電と言っているのにあっという間に要充電のところまでバッテリーゲージが下がってしまう点だろう。これは、端的に言ってしまえば、充電回数が多ければ多いほど、また電池にかかる熱が高いほど劣化が生じるためだ。特に熱は、EVのように数千個を一気に使用したりする場合、配置場所の周辺機器などで生じる温度に違いがあるため、製造当初は特性が同じように見えても、それぞれの場所によって、徐々に劣化度合いが変化してくる場合があり、それをしっかりと監視できなければ充電したのに、走れない、という状況になりかねない。

マキシムの自動車向けバッテリーモニタICは、現在第1世代としてプライマリ品「MAX11068」、リダンダント品「MAX11080」の2製品が提供されているほか、2013年後半から、車載システムの機能安全国際規格「ISO 26262」の要求安全レベルであるASIL Dに対応する第3世代製品の提供を予定している。第3世代品では、自己診断機能を強化することで、どこが壊れているかをECUではなくIC側で判断することを可能とした。また、2013年の量産を目指して開発が進められているEV/HEV用漏電検知ICは、これまでディスクリートで構成されていた機能を1チップ化したものだという。

これらのバッテリーモニタICはセル電圧のアンバランスを均衡にするように電圧の高いセルだけ放電することが可能で、これによりバッテリーの長寿命化を実現する。また、12セル(直列)まで対応するが、「セルの長寿命化に重要なのは複数のセルを同時に測定して、それぞれの比較を行うこと」(マキシム・ジャパンのバッテリーアプリケーションディレクターの中道龍二氏)であるという。どこまでの時間を同時としてみなすか、というのがポイントとなるが、「マキシムでは100μs以内なら、電池電圧の変化の時間の方が遅いので十分対応可能だと判断している。100μsという時間は競合他社が同時とみなす時間に比べて2~3桁早い」としている。また、単に1セルごとに100μsではなく、デイジーチェーン構成により測定実行コマンドを1μsのみの遅延で次段に転送し、その後処理を行うという流れにより、

100μs+(転送速度1μs×段数)

という高速処理が可能であるため、仮に10段(120セル)構成であっても、100μs+10μsの合計110μsで処理を終えることが可能だ。

EV/HEV最大の課題、ノイズにどう対応するか

すでに第1世代から完成している感があるが、第2世代品から先述のISO 26262への対応に加え、バイポーラモード(両極性)でのセル測定ができるようになっている。これは燃料電池で発生する起電時の転極に対応するためのもので、マキシムだけのオリジナルモードだという。特に日本では政府通達として燃料電池車を出すことが自動車メーカーに求められているということで、こうしたニーズはまさに日本で真価を発揮することとなるだろう。

また、EVやHEV/PHEVで問題になってくるのが、モーターやインバータから生じるノイズがバッテリー監視に影響を少なからず与えるという点である。これを放っておけば暴走の危険性すらある大きな課題である。

EV/HEVにおけるノイズや熱がバッテリー制御に影響をおよぼし、最悪の場合は誤動作する可能性もあるという

そのノイズの主な原因は3つ。1つ目は電池の充放電ラインに直接発生するdl/dtやdv/dtによる「コモンモードノイズ」。2つ目が信号ラインに乗ってくる「バルクカレントインジェクション(BCI)ノイズ」、そして3つ目が通信ラインと電力線(ストリップライン)との間で生じるノイズ。同社の監視ICでは、それらのノイズに対する耐性を考慮した設計をすることで、誤作動をなくす工夫が施されている。

元来、ノイズ耐性の向上のために、各モジュールごとに回路を組んでCAN/LINでECUとやり取りしていた仕組みを、マキシムでは第1世代でデイジーチェーン化して回路の簡略化を提案し、第3世代で差動UARTを活用することで、よりノイズ耐性を強化した。

車載バッテリーの監視ソリューションの進化

加えて第3世代のASIL D対応製品「MAX17823」では、安全性の強化という意味も含めて、診断のためのリファレンスを監視するための冗長リファレンスも搭載されているほか、メインの各回路それぞれに診断用回路も搭載しているほか、オシレータの2重化が施されるなど、可能な限りの冗長化が図られている。

このほかにも、ダイの温度測定機能を搭載し、アラートを出したりシャットダウンさせたりもできるなどといった特長もあり、これらの機能については「TUVがコンサルタントとして入っており、彼らの認証書面を提出できるようにアドバイスを受けながら開発を進めている」とする。同社が徹底的な冗長性の確保や安全性を提供する背景には、「安全を建前に不必要にリミッターをEVにかけているのが現状のシステム。スマートで安全な自己診断システムを実現できればEVのパフォーマンスを最大化することができる」という想いがある。実はHEVに搭載されているバッテリーは熱や充放電サイクルによる劣化などで容量バラつきが生じることを防ぐため、搭載された半分のパフォーマンスしか活用されていない。これは少なくとも自動車の走行寿命と照らし合わせて10年は動き続ける必要があるためで、もしギリギリまで充電を行い、過放電状態まで使い切ることを繰り返し続けると、非常に高いレベルでバッテリーをモニタしなければいけなくなる。こうした問題はバッテリーモニタの測定精度を上げれば搭載バッテリーの利用領域を30%向上させることができるようになるという。こうした想いから、使いやすく、かつバッテリーの性能を安全かつ最大限に発揮させることを目指した製品の開発が進められている。

多セルでもバッテリー残量の監視を見える化

さて、ここまではICがバッテリー(セル)を監視することで、バッテリーの寿命を延ばそうという工夫であったが、マキシムでは多セル向けにもスマートフォンなどで使用されているバッテリー残量表示機能(モデルゲージ機能)を提供しようとしている。

これにより例えば自動車のECU側でバッテリー残量表示のためのソフトウェア処理をする必要がなくなるため、開発者の負担を軽減することが可能になる。また、バッテリー搭載機器をお持ちの人は一度は体験したことがあるであろう、満充電のはずなのに、すぐに充電してくださいとアラートがでるといった事象だが、バッテリー残量の監視がバッテリーマネジメントIC側とECUの両方で冗長化ができれば、EVでそういった問題をなくすことが可能となる。

こうしたバッテリー残量の監視を実現するのが、現在同社が開発を進めている「ModelGauge m3」だ。これは、同社が従来より採用してきたModelGauge技術と、クーロンカウンターによる監視技術を組み合わせたもので、2つの技術を組み合わせることで、監視の精度を高めることを可能にしたものだ。例えばクーロンカウンターは、1%刻みで測定可能だが、電力を積算して測定していくので、誤差も積算されていく。満充電の値は変化しないので、そこで実際の充電状況との誤差が発生することとなり、補正をかけないと充電されているのに充電されていない、ということになってしまう。

一方のModelGaugeは、電池の現在の電圧を見て、ICに内蔵した電池モデルと比較し独自のアルゴリズムで処理することでバッテリーの残量を決定するというもの。積算する手法ではなく、リアルタイムで電圧を比較してバッテリー残量を決定するため、誤差は生じず、同社では5%の誤差まで落とし込めるとしている。この2つの技術の長所を組み合わせることで、さらに測定精度を向上させることができるようになるという。

クーロンカウンターとModelGaugeの長所を併せることで、電池残量測定精度を向上させることを可能にしたModelGauge m3

当面の予定としては16セルまでのICをE-Bike向けに開発を開始し、その後、EV向け製品の開発を進めて行くとしている。ただし、スマートハウスの蓄電池としてEV/HEVへの期待が国内で高まっていることから、そうしたニーズが高ければ、技術そのものはすでに確立済みであることから、真摯にそういう声を聞き、開発に生かしていきたいとしている。

現在、世界各地でリチウムイオン電池を超す性能の充電池の開発が進められているが、それらが実用化されるのにはまだまだ時間がかかる。当面はリチウムイオン電池が蓄電池の主役となることが考えられる。それはEV/HEVだけでなく家庭用でも変わりないだろう。安全にバッテリーの性能を最大限発揮するための技術。こうしたものを活用してこそ、真のスマートエナジーを実現することが可能になるだろう。

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