話題のキーワード「IGZO」とは

そして最近、ディスプレイ関連で話題のキーワードになりつつあるのが「IGZO」だ。第3世代iPadでも採用が囁かれ、これまでにも何度もApple製品への搭載が取り沙汰されている。IGZOそのものはRetinaとは直接関係ないのだが、その技術特性からRetinaやモバイル機器との相性が非常にいい。そのため、利用シーンを大きく変化させる技術として注目を浴びている。

まず、IGZOとは何か。「IGZO」という名称は、酸化物半導体に使われている「インジウム(Indium: In)」「ガリウム(Gallium: Ga)」「亜鉛(Zinc: Zn)」「酸素(Oxygen: O)」の4つの材料を混ぜ合わせた酸化化合物「Indium gallium zinc oxide (In-Ga-Zn-O)」の頭文字をとったものだ。「アイ・ジー・ゼット・オー」が英語での正式名称だが、IGZOを積極的に商品展開しているシャープ社内や研究者の間では普通に「イグゾー」と呼ばれているようで、好きな名称で呼んで構わないだろう。IGZOは液晶ディスプレイなどで採用されている薄膜トランジスタ(TFT)を構成する材料であり、現在液晶ディスプレイで一般的な「アモルファスシリコン(a-Si)」と「低温ポリシリコン(LTPS)」のちょうど中間的な性質を持ち、今後さまざまな分野への応用が期待されている。

IGZOについて解説する前に、a-SiとLTPSについて簡単におさえておこう。a-Siは半導体回路の形成時には結晶ではなく、不規則なアモルファス状の構造でTFTを実現している。一方のLTPSは回路を形成するガラス面が融解しない温度(500~600度以下の低温)でシリコン膜を形成している。性質的にはa-SiよりもLTPSのほうが1桁以上の差で"移動度"が高く、a-Siでは大画面化が容易なのに対し、製造工程の問題からLTPSは中小型液晶ディスプレイ(32型以下といわれる)の製造に限られるデメリットがある。この"移動度"とは回路における電子の移動しやすさを示しており、移動度が高いほど電子の移動が容易、つまり反応速度が速く回路形成の柔軟性が高くなることを示している。この移動度の高さはリフレッシュレート向上のほか、高精細化において回路が増えた場合に大きな意味を持つようになる(移動度が高いほど高精細化が容易になる)。

以上の点を踏まえたうえで、シャープが先日開催したIGZO技術内覧会でのプレゼンテーション内容を見ていく。

写真5では、a-Si、LTPS、IGZOでの3つの素材の性質を比較し、IGZOの3つの大きな特徴を紹介している。IGZOは、LTPSほどではないものの移動度が高く、a-Siに比べて20~50倍の移動度となっている。また、オン/オフ時に流れる電流の差が大きく、オフ時には高い抵抗で電流をほぼ遮断できる。これは低消費電力や動作時のノイズ低減につながる。前述のように大型化や量産化が難しく、コストも割高になりがちだったLTPSに比べ、a-Siと同等の製造設備をそのまま流用できるため、生産性が高いというメリットがある。

写真5 従来のa-SiとLTPSと比較してのIGZOの3つの大きな特徴

次にIGZOならではのメリットをみていこう。

写真6がIGZO最大のメリットを示したもの。IGZOはa-Siに比べてオン/オフ回路の小型化や配線の細線化が容易であり、高精細化した場合の開口率が高くなる傾向がある。液晶はバックライトからの光をRGBのカラーフィルターを通す形で映像を再現しているが、TFT回路によるオン/オフで光を遮断するフィルターの開口部(写真6でいう黄色い部分)の領域が大きいほど映像が明るくなる。バックライトの光をストレートに通せるためだ。後述するが、現在モバイルデバイスにおけるバッテリ消費は、プロセッサや通信モジュールの駆動ではなく、このバックライト点灯のためが大部分を占めている。IGZOで映像全体が明るくなるということは、バックライトの輝度を落とせることにため、結果的にバッテリ駆動時間を延ばすことが可能になるのだ。

写真6 移動度の高さを活かして回路の小型化と高精細化が可能。結果として開口率が上がり、"明るい"画面となる

写真7、8 IGZO液晶を使ったノートPC向けとデスクトップ向けのパネルサンプル。写真ではわかりにくいかもしれないが、IGZOのほうが画面が全体に明るい。これはパネルサイズが大きくなればなるほど顕著になる

もうひとつご紹介したいのが、写真9にある「休止駆動」と呼ばれる仕組みだ。前述のようにIGZOにおける回路オフ時はリーク電流がほぼ遮断できるため、回路のオン/オフにかかわらず電流が流れ続けるよりも電力効率が非常に高い。シャープの説明によれば、この性質を活かし、画面のリフレッシュに「休止駆動」と呼ばれるシステムを採用してさらに電力効率を高めている。従来のTFT液晶であれば、画面のリフレッシュレートである60Hz (1秒間に60回)ごとに画面の書き換えを行っていたものが、新方式では「必要があるときだけ画面を書き換える」方式に変更されている。これにより、画面の動きがほとんどないケース(例えば携帯の待ち受け画面やPCの操作画面など)では秒間の書き換えが数回程度で済むことになり、従来比で1/5~1/10程度まで消費電力を低減できるという。a-Siの場合は、休止駆動を用いるとオフ時の動作性能から書き換え時にフリッカー(ちらつき)が発生してしまうため、IGZOのような動作は難しい。

写真9 新駆動方式により、つねに画面をリフレッシュするのではなく、必要なときだけ書き換えを行う。これにより、消費電力低減が可能に

またIGZOでは、休止駆動の時間を利用してタッチ検出を行うことで、より精度の高いタッチ認識が可能になるという(写真10、11)。回路のオン/オフではノイズが発生するため、この間にタッチ検出を行おうとするとどうしてもノイズが混入してしまう。これを休止駆動を組み合わせることで、より正確でスムーズな操作が可能になるというわけだ。

写真10 新IGZOで採用された新駆動方式は低消費電力化だけでなく、タッチ検出にも有効。このように通常駆動時は画面に大量のノイズが載っており、指で触ったポイントが検出しにくい(写真のサンプルではリフレッシュレートを上げてわざとノイズを載せている)

写真11 休止駆動では、回路のオン/オフにかかる時間が減ってノイズが低減されるため、タッチ認識の精度が向上する


そして重要なのが生産性の問題だ。まず従来の2つの素材について確認すると、LTPSが処理工程や技術上の制限から大型化が難しく、高コストになりがちというのは前述のとおりだ。シャープの説明にもあるように、マザーガラスの対応世代も第6世代以前と古く、これはそれだけ生産効率が低いことを意味している。a-Siのメリットはシンプルな製造工程と、最新と呼ばれる第10世代に対応することで、特に大画面パネルでの製造効率に優れていることが知られている。

そしてIGZOは、a-Siの製造ラインをほぼそのまま流用できるため、a-Siが持つメリットを享受することができる(写真12)。また、当初IGZO製品ラインは第8世代の亀山第2工場におかれることになるが、スライドにもあるように第10世代への展開も視野に入っている。これが意味するのは、第10世代の製造ラインを持つ堺工場への展開と、同工場での大画面液晶パネル製造の可能性だ。シャープによれば、当初IGZOは中・小型液晶パネル製造が中心とのことで、世間一般でいわれるような「大画面Apple TV用パネルの製造」に結びつくものではないが、少なくとも比較的大型なパネルの大量生産もすでに視野に入れていることは覚えておいていいだろう。

写真12 IGZOは製造プロセスがシンプルで、a-Siと同じ製造ラインを用いることができることから、製造効率が高いのも特徴

なお、現在シャープが前面にプッシュしているIGZOは新世代のもので、CAAC (C-Axis Aligned Crystal)と呼ばれている。従来型IGZOがアモルファス構造を持っていたのに対してCAACは6角形の結晶構造を持ち、性能面でもより薄型高性能化に向いたものだという。

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