【レポート】

デジタルクリエイターの祭典「eAT KANAZAWA 2012」密着レポート【3】

石川県金沢市を舞台に、メディアアートとクリエイターの祭典「eAT KANAZAWA 2012」(以下、イート金沢)が1月27、28日に開催された。本レポートでは同イベントの様子を数回にわたってレポートする。

【レポート】デジタルクリエイターの祭典「eAT KANAZAWA 2012」密着レポート【1】
【レポート】デジタルクリエイターの祭典「eAT KANAZAWA 2012」密着レポート【2】

「坂の上の雲」が伝えたかったこと

初日のプログラム後半は菱川氏と加藤氏による特別フォーラム「NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』が伝えたかったこと」である。加藤氏は昨年12月から放映のあった「坂の上の雲」第三部チーフ演出・脚本ディレクターであり、そのタイトルバックを担当したのが菱川氏という間柄で、仕事上だけでももう7年ほどの付き合いが続いているという。

菱川氏が初めて加藤氏と仕事を一緒にしたのが2006年の大河ドラマ「功名が辻」のタイトルバック制作。タイトルバックとは、簡単にいえばドラマや映画のオープニング、エンディングに流れる映像を指すわけだが、実はこのタイトルバックはそのストーリーや世界観を印象づける意味においてとても重要なものである。例えば50話ある連続ドラマであれば50回オープニング映像が流れるわけで、さまざま展開する長いストーリーをひとつの印象としてつなげていく役割がタイトルバックにはある。

加藤氏はタイトルバックについて「ドラマ全話の枠組みであり、仕掛けである」と位置づけている。特に連続ドラマの場合、毎話ごとにいろいろな条件に左右され、いつもいつも横道に逸れそうになる。それを引き戻すためのダイジェストにもなるし、パッケージする意味においては「側」の役割を持っている。本来的には関わった役者さんの名前をどう出すかなどもあるが、やはり世界観をストーリーと対になって伝えるものだと加藤氏は捉えている。

その重要なタイトルバックを「功名が辻」で依頼された菱川氏は、「それまでの大河ドラマといえば、主演俳優さんが馬に乗って駆け抜けていくような、ドラマとは別に撮影されたオープニング用のものがほとんどで、初めての打ち合わせ時には正直、まいったなあ~という思いだった」と話す。自分が抱いていたタイトルバックのイメージとはかけ離れていたことからくる「まいったなあ~」だった。

菱川氏は91年に映像業界へ飛び込むため渡米している。場所はニューヨーク。そもそも映像の世界に入ろうとしたのは、映画『West Side Story』のタイトルバックに衝撃を受けたことがきっかけで、自分もその仕事がやりたいと思いで渡った。そして『West Side Story』のタイトルバックを作った大家、ソウル・バック氏がニューヨーク出身ということで、この地で映像制作の経歴をスタートさせたのだ。

そんな背景を持つ菱川氏にとって、世界観のまったく異なる大河ドラマのタイトルバックという依頼に戸惑いつつも、いい意味で自分に表現できるものはなんなのかを突き詰めた。「これまでの大河のオープニングとは全然違いますけど」と前置きをして加藤氏に提案したラフは、結果的には絶賛を受け、これまでとは種が異なるタイトルバック制作が始まった。ちなみにこのタイトルバックではもうひとつ、「文字を横で出した唯一のタイトルバック」という裏話もあったそうだ。

タイトルバックに込められた"こだわり"

さて、足掛け3年にわたって放映された「坂の上の雲」に話は続く。加藤氏がディレクターとして関わったのは昨年12月放映分の第3部だが、タイトルバックは全話に共通する。ふたりは第1部1話が放映される2年ぐらい前から、ただただ話し合い、ラフを作ってはまた話し合うという月日を繰り返した。

「坂の上の雲」のタイトルバックはエンディングの制作がメインだった。1話90分の連続ドラマである。エンディングでは視聴者にしっかりと余韻とともに反芻してもらいたい。ドラマのワンシーンを入れ、次回予告カットを入れてエンディングという2分40秒のタイトルバックの枠組みになった。

しかしながら、第1部の段階では加藤氏は本編ディレクターを担っていない。でもタイトルバックは担当している。第1話が放映された時の印象を菱川氏が加藤氏に尋ねると、「バッチリ第3部に通じるシンクロがあるんですよ。粒子が舞ってくる映像が入っていますよね。これが通じているんです」。ものすごいこだわりようだ。

このエンディングに記憶のある方も多いと思うが、撮影は白馬岳の白馬大池山荘付近で1週間かけて行われた。男性5、6人が風呂にも入らず1週間、300kgのカメラ機材を抱え、ただただ白馬岳の縦走を繰り返した。その間撮れたクリーンショットは2テイクのみだった。撮影を始めるとスグに天候が変化し、霧がかってしまうという過酷な条件だったそうだ。

ここで加藤氏は、直接的な表現ではないが、菱川氏をこのタイトルバック制作で起用した理由のひとつを明かす。「森の木琴、功名が辻、そして坂の上の雲。すべてに共通していえるのが、ある種の絵の連続性です。「坂の上の雲」では2分40秒中、カット数はたったの4つしかありません」。

ドラマ、特に大河ドラマには長く引き継がれてきた歴史があり、また取り上げる題材にも当然長い歴史がある。台本にはたった1行しか書かれていないシーンでも、数々のエピソードやいろんな人たちの強い思いがそこには存在したわけで、その重みを演出するには相応の覚悟と責任が重くのしかかる。そして全話を通して流れるタイトルバックには、それら重みを包み込めるだけの懐が必要になる。それが加藤氏が菱川氏に求めた絵の連続性なのだろう。

何かを生み出すクリエイティブな仕事は、一見すれば憧れられることの多い職業といえる。しかし、1つの目標に向かって何かを成し遂げる過程の大半は、途方に暮れるような地味で地道な作業で実は占められている。どこまでこだわり続けられるか、それがプロとしての才能であり、価値観なのかもしれない。フォーラム後半ではそのこだわりの一片ともいえる「坂の上の雲」本編におけるVFXの秘蔵映像も紹介された。

今回のイート金沢のテーマは「豊かなくらしって何ですか? 」。人の価値の基準はさまざまあっていいのだが、残すべき価値観は必ず存在する。そんな主催者メッセージが伝わる初日のプログラムだった。

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