まだ「Photoshop」も登場していない1988年に誕生した、日本初のデジタルイメージング専門カンパニー「フォートン」。今回のインタビューでは、レタッチ/コマーシャルフォトなど幅広い分野で高い評価を受ける同社の代表取締役 甲斐彰氏、常務取締役・ファインアートレタッチャー 西山慧氏、執行役員・プロデューサー シノザキヒデユキ氏に、進歩を続けるデジタルイメージングの世界や、最新テクノロジーなどについて話を聞いた。

フォートンの代表取締役 甲斐彰氏

――フォートン設立の経緯とデジタルイメージングの仕事に関わるキッカケについて教えてください。

甲斐彰氏(以下、甲斐氏)「弊社の設立は、今を遡ること二十数年前になります。当時は、まだ国内ではまったくといっていいほど、広告写真などに対してのデジタル処理の手法が認知されておらず、制作環境の構築にも莫大なコストを要する時代でした。ただ、個人的には、デジタルイメージングという世界に明確なインスピレーションを感じており、これからの写真にはデジタルが必要不可欠なものになると予感していました。写真とデジタルの融合を理屈抜きで確信できたからこそ、デジタルイメージングの世界に身を投じてやっていくという信念を持てたんです」

西山慧氏(以下、西山氏)「当時、私はエアブラシのイラストレーターで、写真をイラストに描き起こすリアルイラストレーションをやっていました。コンピュータとエアブラシというツールの違いはあっても、ある意味レタッチと似た仕事なので、甲斐が"写真はこれからデジタルの時代になる"といっても違和感はありませんでしたね。甲斐のオフィスにいた仲間は皆独立していきましたが、私は写真の未来に対してワクワクしていました。そのため、弊社ではデジタル化へ向けたシステムの検討と構築も早い時期からとりかかりました。1~2年をリサーチに費やし、当時は各メーカー間の互換性などにも乏しく、機材投資額も数億円という予想をはるかに超える規模になってしまったことを記憶しています」

同社が手掛けたコカ・コーラ×薬日本堂プロデュースの健康茶「からだ巡茶」のポスター

――制作に主に利用しているツールは、アドビ システムズの画像編集ソフト「Photoshop」がメインということでしょうか?

フォートンの常務取締役・ファインアートレタッチャー 西山慧氏

甲斐氏「そうですね。もはやPhotoshopはデジタルイメージングには欠かせない、あって当たり前の存在となっています。Photoshopの登場は、写真史にとって本当に画期的なことであり、例えるならば、キリスト生誕前/後ほどのインパクト、根本的な違いがそこには存在すると考えています」

シノザキヒデユキ氏(以下、シノザキ氏)「今でこそデジタルイメージングといえばPhotoshopが欠かせなくなっていますが、その歴史は20年程です。現在では、Photoshopがなかった時代のデジタルフォトグラフィを想像するのが困難なほど一般化しており、個人的にも、これ以外の選択肢は今のところ考えられないですね」

西山氏「創業当時の数億円のシステムから、Photoshopに至るまでの制作環境の劇的な変遷を我々は目の当たりにしてきたわけで、時代の流れと進歩の速さを感じざるを得ません。こういった変化が、次は動画などの世界でも起こっていくのではないでしょうか」

――クリエイターに多大な影響を与えているPhotoshopですが、オススメの機能や、今後に望む新機能などはありますか?

西山氏「個人的にPhotoshop CS5の登場は、アマチュアユーザーにとって非常に大きな意味を持っていたと思います。"マスクを切る"、"肌を綺麗に修正する"といった、これまで熟練の技が必要だった作業がある程度自動化されて、短時間の練習で、初心者でも簡単に行えるようになったわけですから。もちろん、プロユーザーにとってもその恩恵は大きく、複数の作業行程を省いて簡略化し、目的としたイメージまで効率的に辿り着くことが可能となりました。次に強化を期待したいのはグラデーション関連の機能ですね」

甲斐氏「これからはプロユーザーならではの職人的テクニックを、そのままツールとして再現するような新機能がさらに搭載されていくでしょう。そのツールを使うことで、誰でも簡単なレタッチが特別なノウハウなしにできるようになってくると思います。また、一例ではありますが、修整作業の簡略化の次には、光学的にはありえないような複数のフォーカスポイントを自由に設定できたり、撮影後にフォーカスを自由に再調整できるなどのクリエイティブ色の強い機能がこれから登場してきそうです。まだまだ、写真の進化が止まることはありません」

――近年では、動画をベースとしたモーションのレタッチにも、精力的に取り組まれているということですが。

フォートンの執行役員・プロデューサー シノザキヒデユキ氏

シノザキ氏「はい。もともと高度な静止画レタッチ技術で定評をいただいてきた弊社ですが、これまで培ってきたレタッチ技術を駆使して、動画でありながら、一コマ一コマが静止画としてのクオリティーを維持しているという高品位なモーションのレタッチ技術の開発に成功しました。CG合成などではどうしても違和感が生じてしまう役者さんのアップなどのシーンでも、モーションのレタッチを採用することで、非常にナチュラルな質感を実現することができるのが最大のメリットといえます。弊社の動画レタッチはPhotoshop、AfterEffectsなど数種類のソフトを使って制作しているのですが、この技術を発表してから、いまだかつて見たことのないクオリティだということで、映画や音楽、広告をはじめ、いろいろな業界の方たちからオファーをいただいています」

甲斐氏「今日では、誰でも目にしている新聞や雑誌の写真のほとんど全てがデジタルイメージング(レタッチ)の工程を経ています。これに対して動画ではレタッチの技術が確立されていないため、主に"ぼかす"という手法がとられてきました。ハイビジョンや地上波デジタルを皮切りに、今後、動画の高精細化が急ピッチで進むと思われますが、ここでテーマとなるのが、動画におけるレタッチです。きれいにレタッチを施された静止画の写真を見慣れている目には、動画のアップで映し出されるタレントや俳優の素(す)のままの顔ではどうしても違和感が感じられてしまいます。モーションのレタッチは今後の映像制作の現場で最も重要な技術として広く導入されていくことになるでしょう」

――最後に、デジタルイメージングの世界をめざすクリエイターに、アドバイスをお願いします。

西山氏「新しいソフトウェアやテクノロジーが登場するたびに、『これではプロクリエイターの仕事がなくなる』といったことが話題となりますが、ソフトウェアやテクノロジーが進化した今だからこそ、プロフェッショナルとしての手腕や力量が試されるはずです。現状でも制作環境はプロ/アマ問わず、ほぼ同等のものになってきていますが、最後に作品としてのクオリティーを左右するのは、クリエイター自身の"目"であり"センス"です。たとえば、色合わせの作業でも、単にAとBの色の数値を合わせただけで"色が合う"ということは滅多にありません。第一段階として、まずは数値上のマッチングをとった上で、次の段階として、今度はカラーの数値やバランスをくずしていき、イメージ上のマッチングを追及することが必要になります。機械的に作業をするのではなく、求められているイメージを想定し、クリエイターとしての"目"を頼りに作品としての最終的なゴールに近づけていくことが重要なわけです。Photoshopをはじめとした各種ソフトウェアの操作や最新のテクニックを学ぶことはもちろん、そういったクリエイターとしての"目"と"センス"を養い、磨き続けることがとても大切になると思います」

撮影:糠野伸