開発者自身が明かす「Photoshop」誕生の秘密

来日したトーマス・ノール氏

東京 表参道にある「station 5」にて、「Photoshop」のセミナーが開催された。セミナーには、特別ゲストとしてPhotoshop生みの親であり、現在もPhotoshop開発の中心人物であるトーマス・ノール氏が登場した。なお、このイベントはアドビストアで「Photoshop CS5」を購入した人だけが参加できるというプレミアムイベント。イベントには、アドビストア店長の田中訓氏とアドビ システムズの栃谷宗央氏も登場した。

トーマス氏はPhotoshopを開発した経緯から話を始めた。彼がPhotoshopを作り始めたのは、ミシガン大学に通っていた学生時代。大学生活の最後、論文さえ完成させたら卒業という時期に、学生時代に作っていたさまざまなツールを寄せ集めてPhotoshopの原型となるプログラムを組み立てた。その当時、弟のジョン・ノール氏は、映像特殊効果スタジオ「インダストリアル・ライト&マジック」(ILM)に勤務するエンジニアだった。トーマス氏が画像加工のプロとして活躍するジョンにプログラムを見せたところ、すぐに修正のアドバイスが送られてきたとのこと。それから3~4カ月間、兄弟のやりとりは続いた。完成が間近に迫ったころ、ジョン氏はトーマス氏に「これは商用ツールとして売れる」とアドバイスし、カリフォルニア中のソフトウェアパブリッシャーをまわって営業活動を行なうことになった。

そして1988年、ついにアドビとライセンス契約を結ぶことに成功。それから製品化に向けて約2年半開発を続け、1990年に「Photoshop 1.0」が登場することとなる。トーマス氏は当時のことを振り返り、「大学の教授には、卒業論文は『Photoshop』が完成してから取りかかると伝えていた。もちろん今もできていない。今後完成することはないだろうね」と冗談を交じえて学生時代の想い出を語った。

「Photoshop」を作ったノール兄弟。余談だが、実はこの下に3人目の兄弟「ピーター」がいるそうだ

栃谷氏は「多くの人はアドビが『Photoshop』を作ったと勘違いしているが、トーマスが語ったように、作ったのはノール兄弟のふたり。アドビはライセンスを譲り受けて製品を売っただけ」と事実を明かす。そのころのアドビは、自社製品で文字(PostScript)とイラスト(Illustrator)を扱っていたが、DTPすべてをカバーするためには、写真を加工する技術が必要だった。そこへタイミング良く「Photoshop」が登場した。

栃谷氏がトーマス氏に「歴代『Photoshop』でどれが気に入っていますか?」と質問すると、トーマス氏は「『Photoshop 3.0』」と即答した。トーマス氏によると、その理由は「多くのユーザーが求めていたレイヤーを実装したから」とのこと。「開発に苦労したバージョンは?」との問いに対してトーマス氏は、「『Photoshop 2.0』は開発に時間がかかったと記憶している。新たにWindows版も作ったため、開発環境をパスカルからCに変えてゼロから作り直した。通常の『Photoshop』はだいたい18カ月程度で作っているが、これはは2年くらいかかった」と当時を振り返った。

トーマス氏は持参した「Photoshop 1.0.7」でデモを行なった。実行ファイルサイズは、なんと728kbだった

「Photoshop」の新機能は、すべて開発者自身が使いたい機能

会場のスクリーンには、トーマス氏が南極やアフリカで撮影した写真が公開された。どの写真もプロ顔負けのレベルの写真ばかり。Photoshopが世界中のカメラマンに愛されるレタッチツールとして進化し続けている理由は、写真愛好家のトーマス氏が、自分で使いたいツールを作り続けているからだ。栃谷氏はトーマス氏のことを、「開発者でありながら、世界一のユーザー」と称していた。

トーマス氏が世界でもっとも好きな場所として挙げた「南極」で撮影した写真

アフリカで撮影された写真。トーマス氏は風景や動物を撮影するのを趣味としている

トーマス氏はPhotoshopの新機能開発秘話として、「RAW読み込み機能」を実装したときの話を語った。トーマス氏は2002年に初めてRAWファイルを扱えるデジタルカメラを購入した。そのときトーマス氏はRAWファイルをPhotoshopで直接扱いたいと考え、さっそくRAW現像プラグインの開発に着手したという。当時はひとりで開発を行なっていたが、現在アドビ社内にはRAW専任のエンジニアが3名在籍しているそうだ。トーマス氏は、「アドビは僕がやりたいことを自由にやらせてくれるから好きだ」と笑顔で語った。トーマスは、これからも、写真家に愛される新機能をPhotoshopに追加し続けてくれるだろう。

イベント終了後は日本の「Photoshop」ファンと交流。サインや記念撮影に気さくに応じていた

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