デザインの進化を語る上で、アプリケーションの存在を無視することはできない。中でもアドビ システムズは、DTPの発展に貢献し、Web、映像の世界へとクリエイターを導いてきた。

アドビ システムズが発表してきたアプリケーションとテクノロジーの歴史は、クリエイティブ環境に大きな影響を与えている。そこで、その歴史を紐解きながら「アドビ システムズとクリエイティブ環境」の関係を見ていこう。

第1回となる今回は、DTP発展の大きなきっかけとなったPostScript技術に関する基礎知識について。アドビ システムズが開発するアプリケーションの根幹技術とも言えるPostScript技術と、そこから派生したPDFファイルについて、よくある質問から紹介していこう。

「デザイナーが使う道具」といえばAdobe PhotoshopとAdobe Illustratorは定番。さらにレイアウトソフトのAdobe InDesignも加われば、Mac OS X時代のDTP環境はバッチリだ。

その始まりは、日本語DTPが始動した1990年前後に遡る。英語環境はさらに数年遡るが、ここでは日本語環境に絞って話を進めよう。

Q1:PostScript技術ってナンダ?

アドビ システムズとクリエイティブ環境の歴史を振り返ったとき、まず最初に登場するのがAdobe PostScript技術だろう。この技術が登場して初めて「DTP」という概念が生まれ、「商業印刷物をコンピュータ上で作成する」ことができるようになったといっても過言ではないからだ。

Adobe PostScript技術が登場したのは1984年のこと。デバイスに依存しないページ記述言語として、1985年にはアップルコンピュータのLaserWriterに採用された。これにより、デジタルプリント技術が発展し、商業印刷の世界で普及が進み、DTPの推進に一役買ったのである。

日本語環境が整ったのは、遅れて1989年のこと。アップル社が「LaserWriter NTX-J」を、沖データも「MICROLINE 801PS」を1990年に発表するなどして、「日本語のドキュメントをPostScriptプリンタでプリントする」ことができるようになったことが大きなきっかけとなった。

そもそもPostScript技術は「ページ記述言語」の一種で、その中身はプログラミング言語(テキストファイル)である。それまでの印刷では、コンピュータ上に描画していたものをそのままビットマップデータとしてプリンタに送信していたが、これは当時のハードウェアスペックからすれば非常に負荷が高く時間が掛かる作業だった。PostScript技術では、描画されたビットマップデータをプログラミング言語で記述し、それをプリンタに送信。プリンタでは受け取ったデータをラスターデータに変換して印刷するためデータ送信時間は大幅に短縮される。しかも、PostScriptはデバイスに依存しないため、PostScriptを解析できるハード=PostScript RIP」があれば、デバイスを替えても同じプリント結果を得ることができる。

PostScriptは、登場当時から現在までに大きなバージョンアップを2回行っており、最新版は1996年に登場した「PostScript 3」である。

Q2:PostScriptってプリンタだけの話じゃないの?

知らず知らずにクリエイティブワークの中で多大な恩恵を受けている技術、それがPostScript技術だ。PostScript技術は、アプリケーションやフォントなど、デザイン環境のあらゆる場面で使用される、根幹的な技術だ。

たとえば、Adobe IllustratorやAdobe Photoshop、Adobe InDesignといったアプリケーションはPostScript言語を使用しているし、フォントもCIDフォントやOpenTypeフォントなどPostScript技術を活用している。

Adobe Illustratorで線を描く場合、始点と終点以外にいくつかの制御点(アンカーポイント)を使用するが、これを「ベジェ曲線」と言う。ベジェ曲線はPostScript言語の中で定義されており滑らかな曲線を描くことができるため、フォントのアウトライン再現にも使用されている。

PostScriptアプリケーション+PostScriptフォントで制作したドキュメントをPostScriptプリンタでプリントする。これが、DTPの基本である。

Q3:PostScriptファイルとPDFファイルってどう違うの?

DTPの中でも「印刷」という分野で大きな役割を果たしたPostScriptファイル。デバイスに依存せずに印刷できるというメリットはあるものの、その内容を閲覧するためにはPostScriptファイルをラスターデータ化するRIPが必要で、扱いやすいファイルとは言えないことが難点だ。

対して、PDF(Portable Document Format)ファイルは無償で配布されるAdobe ReaderがあればMacintoshやWindowsといったプラットフォームを気にせず内容を見ることができる。しかも、それまでドキュメントを開くには使用フォントや画像などの素材がすべて必要だったのに対して、PDFファイルはこれらの要素がすべて含まれるので相手の環境を気にせず正確な情報をやり取りできる。

さらに、PDFファイルに含まれる画像解像度が高ければ2,400dpiクラスの高解像度出力も可能。というわけで、ちょっとしたドキュメントのやり取りからCTP(Computer to Plate)出力に使用するファイルまで、あらゆる場面で活用されるようになった。

そのPDFファイルが日本で初めて登場したのは1997年。Adobe Acrobat 3.0により、正式に日本語フォントがサポートされ、今日に至っている。

PostScriptとPDFの歴史年表

出来事
1984年 Adobe Systems社、Adobe PostScript Level 1を発表
1989年 Apple社、Laser Writer NTX-Jを発売。モリサワ社の「中ゴシックBBB」「リュウミンL-KL」がPostScriptフォントとしてLaser Writer NTX-Jに初めて搭載された
1990年 Adobe Systems社、Adobe PostScript Level 2を発表
1996年 Adobe Systems社、Adobe PostScript 3を発表。PDFファイルへの正式対応を表明。CIDフォント発売開始
1997年 Adobe Acrobat3.0日本語版を発売
1999年 Adobe Acrobat4.0日本語版を発売。New CIDフォント発売開始
2001年 Adobe Acrobat5.0日本語版を発売
2002年 OpenTypeフォント発売開始
2003年 Adobe Acrobat5.0日本語版を発売

元々はPostScript技術を発展させて生まれたのがPDFファイルなので、両者は似た特徴をもつ。たとえば、Adobe DistillerはPostScriptファイルからPDFファイルを生成するRIP的な役割を持つアプリケーションだし、出力もデバイスに依存しない。ただし、現在ではPDFファイルのほうが仕様も複雑化しており、ファイルフォーマットの規格も多い。用途に応じてPDFファイル生成時の条件を変えることで、ビジネスから印刷までさまざまなドキュメント管理に仕様できるファイル、それがPDFファイルだ。

DTPがここまで発展してきた背景には、PostScrip技術がいかに大きな役割を果たしてきたかがおわかり頂けたと思う。そこで次回は、DTPデータを作る上で欠かせないAdobe InDesign、Adobe Photoshop、Adobe Illustratorの歴史について紹介していこう。

1990年代初頭、DTPの普及が怒濤のように進んだこの時代、3つのソフトウェアはどのような進化を遂げてきたのだろうか。