IPコアから携帯電話の進化が見える

今から3年後、2012年の携帯電話やスマートフォンは、欧州、米国、アジア、どこに持っていっても地上デジタル放送(地デジ)に対応したテレビを楽しむことができるようになる。携帯電話やPDA、スマートフォンを海外旅行先で、その国の通信方式に設定にすると、テレビもそれに応じて自動的にその国の地デジに合わせてくれるのだ。なぜ、そのようなテレビが登場すると言い切れるのか。それを可能にしてくれる、低消費電力の地デジ受信IP(Intellectual property:知的財産)コアが登場したからだ。

IPコアとは、IC上のカギとなる重要な回路のことである。全世界の地デジ受信回路を携帯向けにIPコアで実現したのは英Imagination Technology(IMG)。IPコアは半導体メーカーにライセンス供与して、携帯電話などのアプリケーションプロセッサやSoCチップの中に集積されるもの。SoCチップは携帯電話メーカーに売られ、その中に搭載される。IPコアを集積したSoCチップが完成するまで1~2年、SoCチップが携帯電話に搭載されるまでさらに1~2年かかるため、IPコアは3~4年先でも先端的でなければ使い物にならない。携帯電話向けのIPコアはとびっきりの最先端の回路なのである。

現在最先端の携帯電話やスマートフォンには例えばTexas Instruments(TI)社のOMAP3アプリケーションプロセッサが搭載され始めたが、OMAP3に集積されているグラフィック機能のIPコアは数年前にIMGが製品化したものを使用している。だから今、IMGが商品化した新しいIPコアの機能を知れば、3~4年後の携帯電話の機能が見えてくるという訳だ。

大学入学から博士までわずか4年

なぜIMGはこれほどまでハイテクな最先端商品を生み出せるのか。社長のホセイン・ハッセー氏は学生時代、大学4年間と大学院5年間を飛び級の連続によって合計わずか4年間で博士号を取得し即、教授に迎えられたといわれる超秀才。かつて並列処理マイクロプロセッサのトランスピュータで一世を風靡した英INMOSに在籍、STMicroelectronicsに買収された後もSTMicroのベストセラー商品セットトップボックス用MPEG-2デコーダチップを開発してきた人物だ。STMicroを経てIMGに来て技術部門を統括した後、社長になった。同氏が指揮する技術陣はもちろん、エリートエンジニア集団。携帯に使うためにいかに消費電力を下げたまま性能を上げるかに注力し、低消費電力で高性能なIPを開発している。

英Imagination Technologyの社長兼CEOのホセイン・ハッセー氏

このほどカナダ大使館で開催された、「第4回IEMF次世代モバイル展」においてIMGが示したIPコア「ENSIGMA UCCP310」はさまざまな標準規格の地デジテレビやラジオなどに対応している。据え置き型デジタルテレビ向けの規格では欧州のDVB-T、日本のISDB-T、米国のATSCに対応し、携帯向けの地デジにはDVB-H、T-DMB、ワンセグ、メディアFLOに、デジタルラジオにはDAB/DAB+/DMB-A、FM w/RDS、DRMe、ISDB-Tsb、Wi-Fiでは802.11abgにそれぞれ対応している。ファームウェアでプログラムを替えるだけで、それぞれの規格に切り替えることができる。

ソフトとハードのうまい切り分け

ENSIGMA UCCP310はこれまでの製品とはどれだけ違うか。現在の携帯電話では例えばシャープは地デジ受信回路チップを設計・生産しているが、日本以外の方式にはまったく使えない。海外向けには1から作り直さなければならない。ソフトウェアでプログラムできるDSPでフルセグの地デジ回路を作ろうとすればチップ面積が大きくなり、消費電力も大きすぎて携帯機器に収容できるレベルには収まらない。IMGのIPコアは、例えば携帯機器向けのワンセグだと5mWで済み、据え置き地デジ向けのDVB-T/ISDB-T(フルセグ)でも70mW以下(TSMCの90nmプロセスを使用の場合)という低消費電力が売り物。

世界中の方式は外部のフラッシュメモリなどに各規格のソフトウェアを記憶させておくだけでよい。もし、今後も新しい方式が出てくるとしてもこのメモリにプログラムしておけば良く、回路を作りなおす必要はない。ストアしている受信方式を選択してこのIPコアに送り込む。

地デジ受信IPコアのブロック図

地デジ受信回路は、高周波(RF)からA/D変換し、ダウンコンバージョンといった信号処理した後、復調させて元の信号(ストリーミング)を取り出すという作業を行う訳だが、このIPコアは復調とコーディング(MCP)のみソフトウェアで行い、信号処理SCPと誤り訂正ECPはハードウェアで行うことで小面積と低消費電力を実現している。英国のテレビ放送局BBCと共同開発してきたENSIGMA事業部だからこそ、ハードウェアとソフトウェアのベストな切り分けが出来ているという訳だ。今回はWi-Fi機能も追加しているため、受信だけではなく送信機能も追加している。

復調とコーディング処理(MCP)プロセッサには、SIMD(single instruction multiple data)方式の複素ベクトルプロセサを採用しているという。8,192点あるいは2,048点のFFT演算や、8点あるいは16点のFIR(有限インパルス応答)フィルタの実数部と虚数部の演算など、復調に必要な演算ではDSP方式と比べ5~10倍高速にあるというデータも示している。

Atomにも搭載

IMGは、このENSIGMA事業部だけで1,000万個のIPコア搭載チップを出荷した実績があるという。同社はグラフィックIPでも実績があり、Intelの携帯機器向けのプロセッサ「Atom」の周辺チップセットにグラフィックIPの「PowerVR SGX」シリーズが採用されている。SGXシリーズのIPコアは、次世代品も開発が行われており、低消費電力でさらにビジュアルなグラフィック機能がやはり3年後の携帯機器に載ることも容易に想像できる。