小説家の京極夏彦氏は8日、東京の青山TEPIAホールで開催されているレイアウトソフト「Adobe InDesign」のユーザーのためのイベント「InDesignコンファレンス2008 東京」において、「パソコンをワープロ以上にしたInDesign」と題した講演を行った。司会は、凸版印刷のディレクター紺野慎一氏が務めた。

小説家であり、アートディレクターである京極夏彦氏。第一作以外すべて最終的な版組みに合わせた形で小説を書いているという

京極氏は、文章を書くことだけが小説家の仕事ではなく、文章の改行や改ページ、字種、書体の選定まで含めて、読者に「観せる」ことが小説家の仕事だと考えている。そのため、エンドユーザーが読む本と同じレイアウトでそのまま作品を執筆できる「InDesign」を早くから取り入れ、執筆活動を行っている。

京極氏が執筆活動を始めた当初、ワープロはデータを処理することだけに特化しており、観せるための細やかな文章表現をすることが非常に困難であったという。それは、縦組の機能が弱かったことや変換できる漢字の種類や書体が非常に少ないこと、ルビを振ることができる製品が少なく、振ることができても非常に画一的なものであったことなどが理由だ。作家の仕事は書いた後にテキストデータで入稿するだけであり、編集者の仕事は受け取ったデータの誤字脱字などをチェックするのみで、あとは印刷会社に送るだけ。本の最終的なレイアウトは印刷会社のオペレータが組むため、作家の望んでいた仕上がりにするにはかなりの労力と時間がかかってしまっていた。

そんなときに登場したのが、パソコン用のレイアウトソフトInDesignだったという。しかし、京極氏がInDesignを使いはじめた当時は、出版社がどの程度InDesignに対応できるのかは未知数だった。そのため、自分で最終的なレイアウトを終わらせた作品を作ることはできても出版社がInDesignでの納品に対応できていなければ結局のところ印刷会社で組み直さなければいけないので、作業効率はよくならない。だが、InDesignが導入されれば、作家の思い描いたとおりに作品を完成させ読者に観せることが容易にできるようになり、さらに、作家、出版社、印刷会社の間で行なわれる無駄な原稿のやりとりを減らすことが可能になる。

「InDesign」を使用する前(旧システム)とした後(新システム)のワークフローの違い

京極氏(左)と凸版印刷ディレクター紺野慎一(右)

京極氏はInDesignの導入によって、データの受け渡しをするだけの編集者の駄目なワークフローを粉砕すると同時に、作家が満足できる作品を完成させる最良のワークフローを構築することができると考えている。しかし、残念ながらまだ構造改革の途中であり、氏が考える理想的な環境にはまだ至っていないという。

最後に京極氏は、「江戸時代の出版物は木版画だから、作品に合わせた字、合わせた形のイラスト込みで作品だった。そのような出版物の本来の姿に戻してくれるのがInDesignだ。 今回、競合他社のQuarkXPress8が登場したことがいいカンフル剤になって出版業界全体のシステムが底上げされ、構造改革が進めばいいと思っている」と付け加えた。