【インタビュー】

『マッハGoGoGo』放送開始40周年記念企画 - 演出家の笹川ひろし氏が明かす制作秘話

6 当時から意識していたアニメの海外進出

    木全直弘  [2007/08/03]

    ――免許をお持ちじゃなかった。

    「ないんです。そんなにまだ、車をみんな持ってない時代でしたね。それでもやっぱり詳しい方はおりましたね。アクセルを踏むときにダブルアクセルとかね」

    ――詳しい知識の部分と、あとはまあ知らないんだけれども、想像でどんどんとふくらませていく部分。

    「ええ、そうです」

    ――後にこの作品は、海外へも輸出されますが、やはり海外進出ということを最初から意識しておられましたか。

    「ええ、なるべく世界に。『世界のファミリーに夢を』なんていうのを社のキャッチフレーズにしてますから、黒い学生服を着たのはやめとこうとか。で、どこの世界の人が観ても分かるように。そんな作品にしようということは、最初から心がけてましたね」

    ――特にアメリカで、『Speed Racer』というタイトルで大人気になるわけですけれども。

    「あれは、すごいですねえ」

    ――そういったこともあり、新シリーズというのが、1997年にありましたね。それも担当なさっていらっしゃいますが……。

    「ええ、それが大変だったんですよ」

    『マッハGoGoGo』(1997年版)
    (C)タツノコプロ・テレビ東京

    ――と、おっしゃいますと?

    「交通に関する常識ですよ。それが昔ほどゆるやかじゃないんですよね。必ずシートベルトを締めよう、とかね」

    ――旧作のオープニングのように、車に飛び乗ってすぐ発車しちゃダメなんですね。

    「ダメなんですよ。だから、せっかくある7つの威力もね、チョッパーとか押すとノコギリみたいのがバンと出て、木をバーッと切っていくじゃないですか。そうすると、『あの木は誰の木だ』とか(笑)。あんなふうに切ったら叱られるんじゃないか、とかね(笑)。ホント、そうなんですよね。ほかにも、右側を走っちゃいけないとかあるじゃないですか。もう、やりづらい、やりづらい」

    ――その分、旧作のほうが、そういう縛りをあまり意識しないで……。

    「意識しないし、文句も出なかったんですよね。ジャンプするじゃないですか。あれとか、フロッガーっつって、水の中を潜ったりとか。いいな、と思ったんですけどね」

    ――水陸両用のうえに、宙を舞うという。もう我々、当時の子どもはマッハ号に魂を奪われました、あれを観ながら。オープニングの象の上をぽーんと飛ぶところとか、あれはホントにかっこよかったですね。

    「そうですねえ」

    ――そして、来年いよいよハリウッドの実写映画が公開されるそうですが。

    「そういうふうに映画になったり、なんかしていくのは我々にとって、まだ『マッハ』が生きてる――非常にうれしいですよ」

    ――今日は、楽しいお話をどうもありがとうございました。

    (撮影:中村浩二)

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