全米にシネマコンプレックスを展開するAMC Entertainmentの株価が4月中旬から上昇している。米国で経済活動が再開し始め、外出が認められる地域が少しずつ拡大しており、シネコン企業の下落にも歯止めがかかった。しかし、5月上旬の上昇の原因は異なる。英Daily Mailが「AmazonによるAMC買収の可能性」を報じたからだ。シアター産業にとってはあまりうれしくない上昇だった。

「アベンジャーズ/エンドゲーム」「ライオン・キング」「アナと雪の女王2」といった大ヒット作品に恵まれたものの、AMCの2019年は赤字だった。そこに追い討ちをかけられるような新型コロナウイルスの感染拡大の影響である。休館の長期化でこのまま破産する可能性も指摘され、それを打ち消すかのように4月に同社は5億ドルの社債発行計画を発表した。

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映画館がいま営業できないことは深刻な死活問題だ。でも、いつかは再開できる。シネコン産業が本当に恐れているのは、新型コロナウイルス禍で映画界のタブーが破られたこと。そちらは取り戻せないダメージになる可能性がある。

これまで映画館は封切り作品を鑑賞できる場として優遇されてきた。公開から90日間は劇場を優先するのが映画配給会社とシアター産業の取り決めであり、映画界のしきたりだ。そのため映画館の休館でほとんどの新作公開が延期になっているが、そうした中Universal Picturesが4月に「トロールズワールドツアー」をAmazonやAppleの動画配信サービスで公開。わずか3週間で1億ドル近くを稼ぎ出し、前作 (トロールズ)の映画館での興行収入5カ月分を超えた。

事前の交渉なく一線を踏み越えたUniversalにAMCは激怒し、Universal作品の上映取りやめを通告する騒ぎに発展した。だが、「トロールズワールドツアー」の好成績を評価したUniversalは公開戦略を見直す方針を示し、Warner Bros.やDisney Mediaなど他の配給会社もネット公開に踏み出し始めている。

Universalの調査によると、動画配信で「トロールズワールドツアー」をレンタルした人の中で「間違いなく劇場で見ていた」と回答したのは51%。そして、動画配信サービスで映画を「レンタルしたことがない」または「ほとんどしない」と答えた人が約20%だった。

米国人の多くにとって今でも映画館は映画作品を最も楽しめる場所であり続けているが、「映画館で見るから映画」という定義にこだわらない人が着実に増えている。映画館の大きなスクリーンで体験したい作品があれば、そうではない映画作品もたくさんある。上映時間に縛られるより、テレビやパソコンまたはモバイル端末で手軽に楽しめる便利さを求める人は多い。 ここ数年で、ストリーミング配信サービスで提供されているNetflixやAmazonのオリジナル作品が映画賞にノミネートされることが珍しくなくなった。それらを映画と同等に評価することについては批判よりも支持する声が大きい。Netflixはオスカー資格を得るために一部のオリジナル作品を劇場で上映しているが、上映中は大きなスクリーンで見たいという人で客席はいっぱいである。

どのように作品を楽しむかは見る人の自由だ。そうした傾向が強まってきたことで、映画館を選ばない人が増えてAMCを赤字に低迷させている。北米における一人あたりの映画館での鑑賞回数は2002年の4.9回から2018年には3.5回に減少した。

誤解しないでいただきたいのは、それでも映画館人気は根強いということ。大きなスクリーンだけではなく、たくさんの人と同じシーンで笑い、同じ作品で感動できる体験は映画館ならではであり、それが失われてもよいという人は皆無に等しい。

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シネコンチェーン大手は、座席をLa-Z-Boyのような大きなリクライニングチェアにしたり、豪華なレストランやバーを館内に設けるなど様々な試みを行っている。だが、New York Timesは「危機に瀕する映画シアター、ワインとチーズで救われるか?」と疑問符を投げかけている。

映画作品を楽しむ方法が多様化する中で、映画館は不可欠な存在として認められながらも、利用客の減少でビジネスとして危機に瀕している。

Amazon Primeが優遇される映画館

もし「AmazonによるAMC買収」が実現したら、その問題が解決されるかもしれない。劇場とネットで作品が公開され、それをどのように楽しむかは見る人次第。Fire TVを接続したテレビで見るもよし、Prime Videoアプリを使ってスマートフォンでも見られる。公開週ならたくさんの人が外食もかねて劇場で見るだろう。劇場とネットの同時公開になれば、劇場だけでは赤字かもしれない。だが、スマートフォン/タブレット、パソコン、テレビに加えて映画館でも鑑賞できる劇場効果によってAmazon Prime Videoサービスの利用者が増え、サービス全体では利益を上げられる可能性がある。買収した食料品チェーンWhole FoodsにPrimeサービスを融合したように、Amazonならネット配信と共存共栄する映画館チェーンを実現できるかもしれない。だから、「AmazonによるAMC買収」の噂に期待感が高まった。

ただ、それは好意的に将来を思い描いた場合であって、ネガティブな面も想像できる。例えば、Amazon傘下のAMCでNetflixやAppleなどのオリジナル作品が上映されることはないだろう。Netflixも劇場買収に関心を持っていると報じられており、動画配信サービスの競争が映画館のあり方に持ち込まれたら、それは映画ファンにとって新たな壁でしかない。

新型コロナで外出できない間に、動画配信サービスを利用したことがなかったたくさんの人が、その便利さを体験した。シアター産業の状況は以前と同じではない。AMCのような既存のシネコンチェーン大手は映画作品の楽しみ方の多様化を受け入れないと、これからの成長は望めない。排他的な方法から変われなければ、「AmazonによるAMC買収」というようなことが現実味を帯びてくる。