いまや日本でもスタンダードになった「低温調理」。肉や魚などを加熱するとき、温度と時間を最適にコントロールしておいしくヘルシーに仕上げる調理方法だが、国内でブームに火をつけたのは、葉山社中が2017年に発売された「BONIQ」だ。当時、欧米で人気だった真空低温調理器を日本の家庭にも広げたいとの思いで市場に投入し、多くの人に受け入れられた。

  • 2021年2月に一般発売された、葉山社中の「BONIQ 2.0」(右)。2017年発売の初代モデル(左)の後継機だが、価格を抑えながらも、プロ仕様の「BONIQ Pro」の性能の多くを引き継いでいる

    2021年2月に一般発売された、葉山社中の「BONIQ 2.0」(右)。2017年発売の初代モデル(左)の後継機だが、価格を抑えながらも、プロ仕様の「BONIQ Pro」の性能の多くを引き継いでいる

2019年には、性能のアップグレードに加えて機構・設計、デザインも一から見直した、プロ向けの「BONIQ Pro」を発売。そしてこのほど、初代モデルの後継機種となる「BONIQ 2.0」が、クラウドファンディングによる先行発売を経て一般発売された。

今回は、新モデル発売の経緯や開発秘話、そして今後の展望を、葉山社中の代表取締役・羽田和広氏に語ってもらった。

最新機種「BONIQ 2.0」、プロ仕様の高級感を手頃な価格で実現

羽田氏によると、「BONIQ 2.0」を企画するにあたり、優先されたのは価格だった。

「一般家庭向けの低温調理器具の価格と考えると、3万円では手を出しづらい人でも、2万円なら検討するとの声も多く、ボリュームゾーンに合わせて企画しました。業務用途にも耐え得るスペックを持ったBONIQ Proに対して、BONIQ 2.0は一般家庭向けという位置づけですね」と説明する。

BONIQ ProとBONIQ 2.0の違いは、最大出力と本体の材質のみ。モーターの出力を1,000Wに下げたことに加えて、金属から樹脂製に変えることでコストダウンが図られているが、基本的な設計やデザインは初代ではなくBONIQ Proを引き継いでいる。

実物を手にして驚くのは、樹脂製でありながら、BONIQ Proのもつ高級感を維持していること。両モデルで共通して展開しているブラックに関しては、一見見分けがつかないほどのクオリティーだ。羽田氏によると、2.0での大きな挑戦は、「樹脂素材で、いかにBONIQ Proに近い高級感を出せるか」だった。

  • BONIQ Pro(右)とBONIQ 2.0(左)の比較。ブラックモデルは、パッと見はほとんど見分けがつかないほど。樹脂製の2.0の本体は1つのピースで成型されているが、アルミ製のProは剛性を高めるために2つのピースに分けられている

    BONIQ Pro(右)とBONIQ 2.0(左)の比較。ブラックモデルは、パッと見はほとんど見分けがつかないほど。樹脂製の2.0の本体は1つのピースで成型されているが、アルミ製のProは剛性を高めるために2つのピースに分けられている

「金属製のBONIQ Proの高級感ある質感に近づけるため、樹脂の金型成型で仕上げています。プラスチックの性質として、ツルツルしていると安っぽく見えてしまうので、シワ・シボ感を出した上に若干の磨きを入れ、さらにコーティング材を塗布しました。ですが、実際に作ってみると、光の反射も変わります。金型は1個作るのに数百万円かかるのですが、最初の金型では予想以上にツヤが出てしまったため、2回作って、理想的な質感になるまで調整しました。さらに、コーティング素材で絶妙な質感の調整をしたり、コーティング材の焼き入れ温度などもいろいろと試しながら、BONIQ Proの質感に近づけていきました」(羽田氏)

BONIQ 2.0では、BONIQ Proでは展開されていないホワイトがラインナップしている。

「本体が金属素材のBONIQ Proは、白く塗るよりそのままのほうがカッコいいので、アルミ素材を活かしたシルバーが採用されました。実は、BONIQ Proのときにもサンプルでホワイトを作ってはみたのですが、メッキ感が出てしまって採用を見送りました。消費者からはホワイトの色展開のニーズもありましたので、BONIQ 2.0ではラインナップに加えることしたんです」と理由を打ち明ける。

  • BONIQ 2.0では、ホワイトもラインナップ。アルミ製のBONIQ Proでは見送られたカラーだが、BONIQ 2.0の本体は樹脂で、塗装の相性がよく採用された

    BONIQ 2.0では、ホワイトもラインナップ。アルミ製のBONIQ Proでは見送られたカラーだが、BONIQ 2.0の本体は樹脂で、塗装の相性がよく採用された

IoT機能を通じて「体験」を提供

BONIQ ProからWi-Fiを搭載しており、BONIQ Pro2.0でも踏襲している。Wi-Fi経由でスマホアプリと連携し、遠隔操作やプリセットメニューの利用を提供するなど、低温調理器としては珍しいIoT化を実現している。

羽田氏はWi-Fiを搭載してスマホからの操作を可能にした意図について、「操作性を向上させるのも、もちろん理由のひとつです。ですが、それとは別に、低温調理の体験そのものを底上げする狙いがあります」と話す。

  • アプリ画面。プリセットを利用した設定や調理中の進行状況の確認、リモート操作が可能

「我々は単にハードを売りたいわけではなく、低温調理という体験を広げていきたいとの思いでBONIQを販売しています。現状、アプリで提供している機能は温度や時間設定などですが、この先は例えば『ダイエットしたい』とか『健康を維持したい』といった目的に応じて、メニュー提案をするところまでやりたいですね」(羽田氏)

IoT機能のさらなる展望についてはこう語った。

「理想としては、身長・体重を入力すると、それに応じてメニューをデイリーで提案。さらに、買い物リストを作成して、注文までできること。Wi-Fiはそのためには不可欠で、BONIQには今後も必須の機能と考えています。ハードだけでなく、今後はソフトの面での改善や改良を行い、すでに取り組んでいる料理教室のようなコンテンツも含めて力を入れていきたいです」(羽田氏)

  • 「BONIQ Pro」の本体下部。ヒーターと空冷ファンにより、攪拌しながら湯温を的確にコントロール。性能とデザイン性を両立させるため、穴の部分のサイズや形状、数、位置なども複数パターンが検討された

    「BONIQ Pro」の本体下部。ヒーターと空冷ファンにより、攪拌しながら湯温を的確にコントロール。性能とデザイン性を両立させるため、穴の部分のサイズや形状、数、位置なども複数パターンが検討された

デザインに対する妥協なきこだわりも、体験を底上げする狙いの延長線にある。毎日使ってもらうためにも、ユーザーのタッチポイントであるデザインを重要視している。羽田氏はその哲学について語った。

「BONIQにおけるデザインの考え方として、大事にしているのは、『余計なものをいかに排除するか』という引き算の美学です。日本の家電市場は全体的に機能至上主義なところがあると思うのですが、世界的にデザインの潮流はミニマリズムへ向かっています。そのため、ボタンの数を減らしたり、凹凸をなくしたり、よりシンプルにしています」(羽田氏)

低温調理できる家電が増える中、BONIQが進む先は

BONIQの成功を受け、日本ではその後を追う製品が続々と登場している。低温調理用の専用機のみならず、いまや炊飯器や電気鍋、オーブンレンジ、トースターなど別カテゴリーの製品にも、その機能を組み込んだものは珍しくない。羽田氏が目論んだ「日本家庭における低温調理の一般化」はすでに成功したともいえる。

逆に言えば、いまやBONIQの競合製品は多く存在していることになる。市場競争がし烈化している中、専用機の優位性については次のように説明した。

「専用調理機とその他の調理器具との違いを例えると、『お風呂とサウナ』ですね。コンベクションオーブンとか熱風を利用したものはサウナのようなものですが、専用機は湯船に浸かった状態。0.5℃単位での緻密な加熱温度管理が可能で、対流も促されているので水温にムラがなく、360度均一に加熱できるのが利点です。60℃のお風呂と60℃のサウナ、熱効率がまったく違うのを想像していただければ、湯せんのアドバンテージは理解できると思います。食材はたった数度の違いで仕上がりの状態ががらりと変わります。誰でも簡単に、かつ緻密に温度のコントロールを可能にするのが、低温調理専用機のすごさだと思います」(羽田氏)

最後に羽田氏は、BONIQが目指す世界をこう示した。

「そもそものスタンスとして、BONIQは低温調理器の販売ではなくて、低温調理を接点として、いかにユーザーの人生を変化させるか? がビジネスの核です。そこには競合とか競争といった概念は存在せず、協合と共奏ならありえると思っています。そして、それをなし得ることが、本質的なビジネスの成功だと思っています」

  • 葉山社中の代表取締役・羽田和広氏。日本で低温調理を広めた仕掛け人だ

    葉山社中の代表取締役・羽田和広氏。日本で低温調理を広めた仕掛け人だ