100mm、400mm、800mm(800mmはデジタルズーム)という圧倒的な超望遠撮影に対応したキヤノンの新趣向カメラ「PowerShot ZOOM」。どのような経緯で開発されたのか、特徴的な単眼鏡的なデザインを採用した理由を取材した前編に続き、今回は機能や装備を大胆に割り切った経緯や、400mmという望遠側の焦点距離を決定したプロセス、新たに考えられる市場や今後の取り組みについて話を聞きました。

  • 望遠鏡型のデザインを採用したキヤノンの新コンセプトカメラ「PowerShot ZOOM」。本体は手のひらに収まるサイズに仕上げられている。家電量販店での実売価格は35,000円前後

望遠側、400mmにこだわったワケ

――私もPowerShot ZOOMを使ってみましたが、大胆なステップズームである点や項目が絞られたメニュー構成など、割り切った仕様が使いやすさにつながっていると感じました。一方で、再生する際はメニューに入らなければなりません。本体に再生ボタンくらいはあってもよかったのかな…とも思いましたが、どうでしょうか?

島田さん:その点も、ユーザーがどれくらいの頻度で再生するのかということをいろいろ議論しました。その結果、本体で再生するよりもスマホで画像を見てもらうほうが、その後にSNSにアップロードしたりといった行動様式を考えると理にかなっている、という判断になりました。

保刈さん:カメラ本体での再生だと同時に1人しか見られない、という問題もあります。それよりは、スマホに転送してみんなでシェアしたほうが楽しいだろう、ということです。スポーツでいうと、観戦中は目の前の試合に夢中なので、シェアするのは試合が終わってから、というイメージです。そうした考え方も、ユーザー側の視点に立つことならではの発想だと思います。

島田さん:PowerShot ZOOMにはマイクはありますが、スピーカーが付いていません。これも同じ発想で、本体で動画を再生するよりもスマホで見てもらうことをメインに考えての割り切りということです。

  • キヤノン株式会社 イメージコミュニケーション事業本部の島田正太さん(商品企画を担当)

――望遠端を400mmにした理由は何でしょうか。カメラに詳しくない人から見ると、500mmなどのほうが切りがよいのでは…という気もします。

島田さん:望遠端に関しては300mm、500mm、600mmなどのパターンも考えていました。ただ、私が以前交換レンズの商品企画をしていたこともあり、“100-400mm”という数字には大いになじみがあったんですね。一般に超望遠域といえるのが400mm以上という考え方もありますので、それを1つの狙いにしました。

  • プロ、アマチュア問わず愛用する人が多いEFマウント版の超望遠ズームレンズ「EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USM」

PowerShot ZOOMで一番大切なのは、手のひらサイズを実現することでしたので、サイズと性能のバランスを両立できるポイントとして100-400mmに決まりました。100-300mmにすればより小型化できますが、やはり400mmという数字は譲れないということで、絶対達成しようと考えていました。

焦点距離が決まったころには、それを実現できる光学系も見えてきたので、プロトタイプも100-400mmとして作りました。展示会でのユーザーの声も、400mmとデジタルズームの800mmがあれば遠くを見る十分な体験ができるということで、この仕様でまとめました。800mmのときの倍率は、本格的な双眼鏡などと同じ約10倍なのも、この焦点距離に決まった理由の1つになっています。

  • 2019年の「CP+2019」のキヤノンブースで展示された新コンセプトカメラの試作機。PowerShot ZOOMのもととなったモデルだ。この時点で、PowerShot ZOOMと同じ100-400mmで設計されていた。製品版と比べるとだいぶ大きくゴツかった

――ピントの合う最短距離が望遠では4.5mと長めに感じましたが。

島田さん:近くをマクロ的に見るという考え方も面白いので、最短距離の短縮は今後の検討課題ですね。今回は、最短距離を短くすると光学系が大きくなってしまううえ、ピントが迷いやすくなることから、長めの距離にしています。遠くのものを見るというユースケースを想定すると、ピントの合う範囲を遠くに限定しておくことで、近くのものにピントが惑わされることがなく高速でピントが合うのがメリットになります。

保刈さん:金網越しで使っても、金網にピントが合ってしまうことはないですね。

  • キヤノン株式会社 総合デザインセンターの保刈祐介さん(デザインを担当)

――アウトドア向けということで、本体を防水構造にするのは難しかったのでしょうか?

島田さん:小型化したため、通常の機種よりも放熱の問題がシビアになっています。これで防水構造にしてしまうと、動画撮影時に熱でストップしてしまう問題が出てくることもあり、今回は見送りました。内部には放熱板が入っており、放熱問題をケアしています。

――ライブ会場などでの活用も見込んでいますか?

島田さん:双眼鏡の商品企画をしていたとき、アイドルファンに使っていただいたことがあったので、個人的には意識しています。ただ、撮影機能を持たない双眼鏡は、撮影禁止の場所で活きるということも聞きます。撮影可能な場面であれば、ぜひPowerShot ZOOMで楽しんでほしいと思います。

ライブでの撮影の可否については、我々も状況をウォッチしているところです。お子さんのピアノの発表会などでの動画記録であれば、画質面でもそれなりに満足いただけるのではないかと思います。

新しい形の開発やマーケティングを今後も続けていきたい

――PowerShot ZOOMの開発で得た気付きは?

島田さん:キヤノンとして、これまであまりやったことのないプロセスで商品化したわけですが、新しいコンセプトの商品を作るにあたってはユーザーの声を聞きながら形にしていくことが大切だということに気づきました。言葉だけではなく、プロトタイプのような形のものを実際に見てもらうことで、ユーザーにも面白がってもらえますし、価値を理解してもらいやすかったと思います。

井沼さん:会社の健康診断で、受付の方がMakuakeの購入特典でもらえるファイルを持っていたんですね。もともとキヤノンのカメラを使っていて、一度他社のカメラを使われていたそうですが、キヤノンから面白いカメラが出たと購入してくれたそうです。ユーザーを引きつける新しいコンセプトは重要だ、と改めて感じました。

  • キヤノンマーケティングジャパン株式会社 コンスーマ商品企画本部の井沼満里奈さん(マーケティングを担当)

――キヤノンの強みが発揮されている部分はどこでしょうか?

島田さん:既存のカメラで培ったUIを活かしながら、新たな光学技術で新しいことをしようという発想ができた点だと思います。AFまわりの技術も得意な部分ですね。今回も、ピントをある程度合わせながらズームできるようにしています。また、手ブレ補正機構(IS)付き双眼鏡の技術を生かし、手ブレ補正のチューニングしているのも強みといえます。

――PowerShot ZOOMや新コンセプトカメラの今後の展開はどのようになるでしょうか?

島田さん:商品化がゴールではなくて、これで新しい市場が築かれていくとよいと思います。望遠鏡や双眼鏡のデジタル化が進むかもしれませんし、こうしたアイテムの登場でスポーツ観戦の新しい文化ができるかもしれません。

取材の際にジャーナリストの方がスマホに加えてPowerShot ZOOMを使っていただくとか、スポーツの分野でもフィールド内の警備に使ってもらうとか、B2Bへの展開も考えられます。そのための改善点も必要だと思っています。すでに「三脚につけたい」「防水にしてほしい」「もっと望遠にしてほしい」「被写体を認識する機能がほしい」といったアイデアが届いています。そうした部分を今後のチャレンジとして検討していきたいと思います。

井沼さん:マーケティング面では、動物園とのコラボレーションも考えていますし、体験型ストアの「b8ta」(ベータ、有楽町と新宿で店舗を運営中)に置いてもらうことで、店内のAIカメラで来店者の行動などを開発にフィードバックする試みも行っています。これまでの量販店とは違うチャネルで新しいユーザーにアプローチしていきたいですね。

――今後の新たなモデルにも期待が膨らみます。

島田さん:すでに発表しているもののほかにも、新コンセプトの製品にチャレンジしていきたいですね。全部が商品化までたどり着けるかは分からず、途中でドロップしてしまうものもあるとは思いますが、いろいろな方の声を聞いて芽がありそうなものは開発を一段と進めていきます。