「伝統と革新」をテーマに掲げるカシオのメタルウオッチ「OCEANUS」(オシアナス)。そのプレミアムライン「OCEANUS Manta(マンタ)」をベースに、江戸切子、藍染など伝統工芸の美意識を取り込んだスペシャルモデルは毎回、新鮮な驚きと世界観の広がりを感じさせてくれる。
そこにまた、新たなピースが加わった。現在のOCEANUS Manta最新作にして、OCEANUS史上最薄を誇る「OCW-S5000」に蒔絵(まきえ)を施した「OCW-S5000ME-1AJF」だ。価格は275,000円で6月11日発売。世界で1,500本の限定モデルとなる。ではいつものように、その魅力をご紹介しよう。
輝きと陰影。その美意識は、無垢にして真髄。
蒔絵。それは、漆を塗った器などの上から金や銀といった金属粉を蒔き、器面に定着させる日本の伝統的な装飾技法、またはそれによって装飾された物のこと。蒔絵の起源は今から1,200年以上前にさかのぼる(※)。OCEANUS Manta「OCW-S5000ME-1AJF」は、この蒔絵によってOCEANUSの新たな魅力を創出したモデルだ。
※ 出典:下出蒔絵司所ウェブサイト
蒔絵を担当したのは、京都の金蒔絵の第一人者、下出蒔絵司所の三代目・下出祐太郎氏。氏の代表作のひとつ「悠久のささやき」をイメージして、プラチナ粉をベゼルとダイヤル(文字板)に蒔き、ウオッチフェイスに悠久の時間の流れを表現した。
その作業はOCEANUS製造の本拠地、山形カシオのプレミアムライン クリーンルームで万全の品質管理のもとに行われ、下出氏は京都から山形へ一度ならず赴いたという。つまり、蒔絵部分はひとつひとつ下出氏自らの手で製造されているのだ。したがって、厳密に同じものは世に二つと存在しない。すべてがオリジナルの作品となっている。
OCEANUSデザイナーの藤原陽氏は、OCW-S5000MEのために新たなデザインを生み出した。これを下出氏が監修し、「蒔絵ぼかし抜描波文(まきえぼかしぬきがきはもん)」と命名。プラチナ粉を蒔く濃度を少しずつ低くしていく(粒の間隔を空けていく)ことでグラデーションを描く「ぼかし」の技法を用い、OCEANUSの語源にもなっている海のイメージ「波(=波文)」を描いている。「抜描」とは、プラチナ粉が蒔かれていない(波の陰影)部分のことだ。
カシオ広報によれば、企画当初、本機で蒔絵を使用するのはベゼルのサファイアガラスリング部分だけの予定だった。しかし、デザインの検討を重ねるうち、藤原氏は、あることに気付く。
「(ベゼルだけでなく)ダイヤルまで蒔絵を使わなければ、求めている世界観は表現できない」
しかし、そのためには大きな仕様変更が必要になる。藤原氏は悩んだが、やはり妥協はできなかった。そこで、企画や設計のスタッフを説得、ダイヤルにも蒔絵を施せるよう設計を変更してもらったという。ダイヤルは透明の樹脂製となった。下出氏の作品「悠久のささやき」をモチーフとするアイディアは、このとき藤原氏の中に生まれ、広がっていった。
しかしながら、変更点は「では、ダイヤルにもプラチナ粉を蒔けばいいんだね」という単純な問題ではない。ベゼルにもいえることだが、通常の漆器のようにパーツの表から直接蒔くと、振動や衝撃、摩擦などでプラチナ粉がはがれて落下してしまう。
そこでベゼルのリングとダイヤルに裏面から蒔絵を施し、粒子が前面に出ないようにしているのだ。そのほかにも、プラチナの輝きと日常使いの時計品質を両立させるため、数々の新技術や工数が費やされているという。
難しい点はほかにもある。ベゼルとダイヤルの蒔絵には連続性が求められるが、これらの(蒔絵の)工程は別々。また、どちらのパーツも地が透明なので、プラチナ粉を蒔いた状態の把握が難しい。そんな状況の中でも、下出氏はベゼルとダイヤルのつながりを強く意識して、ケース径いっぱいに展開する蒔絵のエレガンスを再現したのだった。それはOCEANUSにとってはもちろん、蒔絵という文化にとってもまた挑戦であり、新しい可能性の獲得であったに違いない。
「時計に蒔絵」という発想。それが高い美意識とともに、モバイルリンク機能やインダイヤルソーラー駆動といった最先端のテクノロジーを持つOCEANUS Mantaと共鳴したことは、もはや必然と私には思えてならない。まさに、伝統と革新の融合。本シリーズのテーマそのものではないか。
下出氏を始め、カシオスタッフの並々ならぬ情熱と苦労が集約された蒔絵のOCEANUS Manta「OCW-S5000ME-1AJF」。そのアイコンともいえる「蒔絵ぼかし抜描波文」は、寄せては返す悠久の時間の象徴でもあると同時に、新たな表現を手に入れて広がるOCEANUSの小宇宙にも見える。