アップルの定額制音楽配信サービス「Apple Music」に、6月から2つの新しい“いい音体験”に関わる新機能が加わります。「ロスレスオーディオ」と「ドルビーアトモスによる空間オーディオ」です。サービスの内容や、楽しむため必要になる環境などについて解説したいと思います。
スタジオで制作されたサウンドがより贅沢な音質で聴ける
現在、Apple Musicの音質は、クリエイターがスタジオで制作した音源のクオリティをあるがままユーザーの手元にまで届けることにこだわりつつ、iPhone/iPadによるモバイル通信ストリーミングを使ってデータ容量の消費を抑えながら聴けるようにバランスを取り、256kbpsのAAC形式のファイルに圧縮して配信されています。
新しく追加されるロスレスオーディオは、圧縮処理などによるロス(損失)のない、原音に忠実なクオリティによる音楽再生を楽しむための技術です。Apple Musicでは、圧縮したあとに元の音源のクオリティを担保して展開できる可逆圧縮コーデック方式の「ALAC」(Apple Lossless Audio Codec)を採用します。
2021年5月下旬時点、Apple Musicでは7,500万を超える楽曲が配信されていますが、ラジオとミュージックビデオの音声を除く、カタログにあるすべての楽曲がロスレスオーディオで聴けるようになります。なお、今回のApple Musicのアップデートは世界167の国と地域すべてのサブスクリプション登録者が、今と変わらない月額料金で楽しむことができるようになります。
ロスレスオーディオの楽しみ方はとても簡単です。iPhone/iPadの場合は、設定アプリの「ミュージック」の中に、モバイル通信ストリーミングとWi-Fi、ダウンロードのそれぞれでロスレス音質が選べるようになります。初期設定では「オフ」になっているので、3つの聴き方それぞれに必要な箇所をロスレスに設定します。
ロスレスオーディオのサービスが始まっても、従来のAAC形式による配信も引き続き選べます。なぜならば、特にモバイル通信ストリーミング環境でロスレスオーディオを選択してしまうと、再生時にビットレートが1.4Mbps以上に到達することから、従来よりも早いスピードで“ギガが減る”ことになってしまうからです。
ロスレス品質でiPhoneなど等の端末に聴きたい楽曲をダウンロードし、オフラインで聴くこともできます。ただし、この場合も通常のAAC形式の配信ファイルよりもロスレスのデータはサイズが大きくなるため、iPhoneやiPadのストレージ容量に合わせて加減する必要はありそうです。
ロスレスオーディオをiPhoneやMacで楽しむ方法
Apple Musicのロスレスオーディオで“いい音”を楽しむための環境作りについて説明します。
まず、基本の再生プレーヤーとなる製品はiPhone、iPad、MacのほかApple TVになります。HomePodで聴く場合、サービス開始当初は圧縮されたAAC形式による高音質再生となりますが、将来はソフトウェアアップデートによるロスレス対応が予定されているようです。
Android版の「Apple Music App」でもロスレスオーディオが楽しめます。ブラウザー版のApple Musicは、6月から始まるふたつの新サービスのどちらにも非対応です。
iPhone、iPad、MacでApple Musicのロスレスオーディオを楽しむには、まず「内蔵スピーカーで聴く」方法があります。特に、新しいiMacは本体に6基のスピーカーユニットとアンプにより構成されるサウンドシステムを内蔵しているため、Apple Musicのロスレスオーディオをパワフルに鳴らせるはずです。
iPhoneやiPadのスピーカーでも力強い音が楽しめそうな反面、外出時に移動しながら聴く用途にはやはり向いているとはいえません。それぞれに一番相性の良いAirPodsシリーズを使って聴きたいところですが、iPhoneとAirPodsシリーズが対応するBluetoothのオーディオコーデックがロスレス再生に相当する品質を保ったまま伝送できないため、圧縮がかかってしまいます。それならば、元のAAC形式による配信を聴く方が効率的ともいえるでしょう。
iPhoneやiPadでロスレスオーディオを楽しむ場合、現在は別売のオプションとして販売されている有線イヤホン「EarPods with Lightning Connector」のようなLightning接続ができるイヤホンを使う方法があります。または、Lightning/3.5mmヘッドフォンジャックアダプターのようなDACを内蔵するアダプターを介して、アナログ接続の有線ヘッドホン・イヤホンで聴く方法もありです。さらにMacを含めて、オーディオメーカーが発売するUSB-DAC機能を内蔵するヘッドホンアンプを使うと、さらにリッチなロスレスオーディオ再生が楽しめます。
Apple TVの場合は、HDMIケーブルでサウンドバーやサラウンドアンプに接続するとロスレスオーディオが楽しめます。ホームシアターやオーディオルームなどでゆっくりと音楽に耳を傾けたい時に最適です。
Android端末は、3.5mmヘッドホンジャックを搭載する端末も多いので、ロスレスオーディオの再生環境はよりシンプルに構築できます。
ロスレスを越える「ハイレゾ」配信も開始
Apple Musicのロスレス配信には、CDと同等の音質になる44.1kHz/16bitと、アップルが “CDより高音質のロスレス” と呼ぶ48kHz/24bitで提供されるファイルがあります。後者は700万曲以上のタイトルが揃うようです。ミュージックアプリの再生中画面に表示される「Lossless」のバッジをタップすると、楽曲の詳しい情報を確認できます。
さらに、48kHz/24bitを超える最大192kHz/24bitまでの「ハイレゾ」音源も、ロスレスオーディオのサービス開始当初100万曲近くから揃います。iPhone/iPad、MacにUSB-DACを接続して聴く方法が最も手軽で良いと思います。
ハイレゾ音質の配信についても、iPhone/iPadにダウンロードして聴くことができます。ロスレス配信よりもさらにモバイル通信ストリーミングの時に消費されるデータ量、ストレージを占有するファイルサイズが大きくなることに注意しましょう。Android版アプリでもハイレゾ再生の機能は設けているようですが、機種によってはハイレゾ再生にならない場合も有り得るので、6月のサービス開始以降にまた各端末ごとの検証結果を確認する必要がありそうです。
ハイレゾ対応の音楽配信はApple Musicよりも先に、国内ではAmazon Music HDとソニーミュージックのmora qualitasがサービスを開始しています。どちらも提供価格が2,000円前後になるやや“上級者向け”のサービスですが、Apple Musicはもとの価格を据え置いたままロスレスやハイレゾの音楽配信を始めるところが画期的だと筆者は思います。
サービスの開始当初は、“CDより高音質のロスレス”やハイレゾの音源は他社のラインナップに比べるとやや物足りなく、特に邦楽やアニソン系が揃わないままスタートする可能性はあると思います。ただ、思い返せば2015年にApple Musicが日本国内でサービスを開始した当時も、やはり日本人が好んで聴く邦楽作品は若干手薄でした。現在は、他社のサービスと切磋琢磨する充実のカタログが揃っています。高音質タイトルについても、少し待てば他社の楽曲ラインナップに見劣りしないものが揃うのではないでしょうか。Apple Musicオリジナルコンテンツの提供や、ラジオサービス「Apple Music 1」のロスレス配信にも期待したいですね。
Apple Musicでサラウンド再生が楽しめる
6月から開始されるもうひとつのApple Musicの新サービスが「ドルビーアトモスによる空間オーディオ」になります。こちらはひとことで言えば「サラウンド体験が味わえるサービス」です。
今回ベースとしているのは、米ドルビーラボラトリーズによる立体音響技術の「ドルビーアトモス」というもので、すでにAndroid系のスマホやタブレット、パソコン、ホームシアターに広く普及しています。アップルのサービスでは映像配信の「Apple TV+」が先に対応しています。
Apple Musicのドルビーアトモスによる空間オーディオも、7,500万の音楽作品音中から「数千曲」を対象として立ち上がります。海外有名レーベルが制作するアリアナ・グランデ、ノラ・ジョーンズ、The Weeknd、ケイシー・マスグレイヴス、J Balvinなど人気ミュージシャンによる作品を中心に対応楽曲がラインナップするようです。Apple Musicの専任エディタによるプレイリストも配信を予定しています。
ドルビーアトモスによる空間オーディオ作品を楽しむためには、アップルのデバイスが必要です。こちらはAndroidには非対応となります。
さまざまなヘッドホン・イヤホン、サウンドバーに対応
iPhone、iPad、Macの場合、ひとつは内蔵スピーカーで聴く方法があります。
もうひとつは、ワイヤレスヘッドホン・イヤホンによるリスニングですが、こちらはメーカーや機種を問わずさまざまな製品で楽しめることになりそうです。アップルのBluetoothオーディオ向けチップ「H1」「W1」を内蔵するAppleやBeatsの製品をペアリングすると、通常は手動で設定する「ドルビーアトモスによる空間オーディオ」が自動的にオンになり、立体音楽体験が楽しめる作品は優先的にこれを選択して聴けるようになります。
ドルビーアトモスによる空間オーディオも、通常のステレオ再生で聴きたい場合はミュージックアプリの設定に入り、Dolby Atmosの項目を「Automatic」から「オフ」に変更します。他社製ヘッドホン・イヤホンの場合は「Always On」にすることで、ドルビーアトモスによる空間オーディオ再生が楽しめます。
Apple TVの場合、すでに生産を完了してしまいましたが、Siri内蔵のスマートスピーカー「HomePod」をシングルで、または2台によるステレオペア環境で組み合わせると立体音楽体験を楽しむことができます。ドルビーアトモス再生に対応するサウンドバーやサラウンドアンプ、テレビなどのオーディオコンポーネントをHDMIケーブルで接続して聴くことも可能です。
iPhoneで聴くApple Musicのサウンドは「いい音」が標準に
「Apple TV+」が先に配信を開始している空間オーディオコンテンツについては、AirPods MaxとAirPods Proを組み合わせた場合に、ユーザーの頭や体の動きを検知して、作品の中で再生される音の位置を動かさずに定位させてより迫力あふれるサウンド体験を満喫できる「ダイナミック・ヘッドトラッキング」が利用できます。Apple Musicには、この機能がありません。ただ、もしかすると将来はApple Musicで配信されているミュージックビデオの中に、ダイナミック・ヘッドトラッキングに対応するコンテンツがリリースされる可能性があるかもしれません。こちらは期待して待ちましょう。
ドルビーアトモスによる空間オーディオのタイトルも、iPhone/iPadの場合は本体ストレージにダウンロードしてオフラインで楽しめるようにもなるそうです。モバイル通信ストリーミングで楽しむ際、契約しているデータプランの範囲で利用可能な通信量に応じて上手に使い分けるとよいでしょう。
6月以降、Apple Musicはポータブルと据え置き環境の両方で、ロスレスとサラウンドの新しいオーディオサービスをスタートさせます。もはや音楽は「スマホで聴くのが当たり前」になってきた今、より“いい音・いい環境”で音楽を聴くことの喜びを、Apple Musicの新サービスがきっかけとなって多くの音楽ファンが発見できればよいと筆者も期待しています。ライバルの音楽配信サービスとの競争もまたさらに活気づき、USB-DACなどオーディオアクセサリーブランドの新製品もまた賑やかになりそうで、とても楽しみです。