女優の新垣結衣と俳優の松田龍平のW主演で昨年10月期に放送された日本テレビ系ドラマ『獣になれない私たち』が、海外でも注目を集めている。アジアでも人気のある新垣ら出演者や、野木亜紀子脚本に対する評価の高まりがその背景にある。

さらに同作は、世界でヒットを飛ばす『Mother』『Woman』の監督作品であることも大きい。そんな世界展開の可能性をを秘める『獣になれない私たち』(以下『けもなれ』)はどのようにして作られたのか。日本テレビ執行役員情報・制作局専門局長の水田伸生監督に直接話を聞く機会を得た。

  • 『獣になれない私たち』に出演する新垣結衣(左)と松田龍平

    『獣になれない私たち』に出演する新垣結衣(左)と松田龍平 (C)NTV

■脚本・野木亜紀子氏からラブコール

『けもなれ』が生まれたきっかけは、15年10月期に放送された『掟上今日子の備忘録』で主演を務めた新垣と脚本の野木氏のタッグ再来を望む声から始まった。だが、これまでにはない新垣結衣×野木亜紀子作品を目指そうと、水田監督に声がかかったのだという。

「野木亜紀子さんから、自分と一緒に仕事をしたいと言われました。野木脚本と言えば、デビュー作から一貫して『女性の生きづらさ』をテーマにされています。その方向性は変えずに『けもなれ』ではこれまでとは違うタッチで描きたいということを始めにおっしゃっていました。それに加えて『非現実的な恋愛や勧善懲悪調を避けたドラマを作りたい』とも明かしてくれました。野木さんは稀代のドラマウォッチャーでもありますから、日本のテレビドラマに対する彼女なりの不満な点もあるのだろうかと思います。だからこそ、そんな強い意志を示してくれたのだと理解しています。共感し、快くお受けしました」。

野木亜紀子氏

ドラマ監督として30年のキャリアがある水田監督だが、初の野木脚本にどのような印象を持ったのだろうか。

「野木さんは初稿のレベルが高い。構成力もあります。作品のニュアンスは脚本によって変わるもの。それを具体化する作業は僕の仕事であって、その日、その日の役者のコンディションなどを調整しながら演出しています」。

そんな経緯を経て仕上がった同作は、新垣演じるアラサー女子・新海晶を中心に、根元恒星(松田龍平)、花井京谷(田中圭)らとの価値観の違いを考えさせる場面が多く、時に明確な答えが見えないことから、観ている者に“もやもや感”も募らせた。狙い通りだったとも言えるが、一般的に人気の連ドラとは違う路線で走る中で、苦労もあったのだろうか。

「お風呂で言うと、熱すぎる作品だったのかもしれません。でも、熱くないと伝わらないと思い、野木さんが思うありのままの現代の男女の姿を描こうと、やり通しました。新垣さんに求める演技もこれまでの作品と違ったのは、野木さんの新垣さんに対するある意味、愛情の表れでもありました。ファンの方は『もっと笑ってほしい』と思われたと思います。こうした要望に応えられず、つらい決断だったと思いますが、“ガッキースマイル”だけでなく、女優としてのポテンシャルをもっと知らしめたいという想いが野木さんにはあり、あえて新垣さんに茨の道を歩んでもらいました」。

“ガッキースマイル”が封印されたシーンは晶が勤務するブラックな職場「ツクモ・クリエイティブ・ジャパン」でも強調された。放送中のSNS上では、山内圭哉演じる関西弁の九十九社長らが登場するシーンに対する反応も実際に高かった。

「職場シーンは当初、コメディパートとして捉えていました。でも、視聴者からの反応はそれとは違うものだったことが予想外でした。『これはリアルな職場』という声に驚きさえ覚えました」。

  • (左から)田中圭、新垣結衣、松田龍平、黒木華

■クラフトビール店は『Woman』と同じロケ地

ひとつひとつの場面に「リアリティさ」を感じることも多かった。ブランドデザイナーの橘呉羽(菊地凛子)や、京谷の元彼女でニートの長門朱里(黒木華)など、個性あふれるキャラクターが登場するも、本音を語る場面などからは現実の世界で身近にいる男女を思い浮かべやすく、それがこのドラマの魅力のひとつにある。どのような手法でドラマの中にリアルを追求することに成功しているのだろうか。

「僕の作品は、撮影の仕方が民放テレビドラマの中で特徴があるのかもしれません。カメラ、レンズ、ラインティングの方法論だけでなく、途中で芝居を止めないやり方にこだわっています。カットに芝居を当てはめようとはせずに、言わばドキュメンタリー的に芝居を切り取るやり方です。また、映画のように被写体とセットの中に入り込みます。僕がカメラに見切れる(映り込む)可能性もあるのですが、それによってマスターショットを構えた空気感を捉えることもできるからです。そして、役者の方にはカメラに向かって『どうぞご自由に』と演技してもらいます。人は反射する生き物ですから、台本があるドラマも相手の動きによって、とっさに生の反応を返します。それによって、その時々にしか捉えることができない動きや表情をカメラに収めることができ、そこにリアリティが生まれるのです。25年ぐらいこのスタイルを通しています。俳優教育論などいろいろな本を読む中で、気づいた手法です。この撮影方法を繰り返すことで役者の方々も自然とつかんでくれています」。

ロケ地選びもリアリティを感じさせる要素のひとつにある。中でも、晶や恒星の行きつけのクラフトビール店「5tap(タップ)」は、ストーリーが次の展開に進むきっかけとなる重要な場所。外観は実在する建物を選んだというが、何が決め手になったのだろうか。

「5tapが実際にあるかのように見せることこだわりました。それはつまり、歓楽街ではなく、ある住宅地にあり、晶のアパートと恒星の事務所に歩いて行くことができる環境に位置する店である必要がありました。実際にそのロケシーンを1カ所で撮影できるようにしたかったので、求めた場所にたどりつくまでに何十カ所も探しました。実は結果的に、ドラマ『Woman』と同じロケ地になりました。決まった後も店のイメージに合わせるため、ステンドグラスをはめ込んだ窓を用意するなど、世界観を作り込みました。この準備こそドラマ作りで一番大事な部分です。準備さえ周到にできていれば、後はひたすら進んでいけばと良いものです。ちなみに、クラフトビール店にしたのは、野木さんがクラフトビール好きなことからです。毎回、晶と恒星がビールを飲む姿は、クラフトビールブームに拍車をかけることができたのかなと思っています」。