巨匠、ジェームズ・キャメロンの信頼を勝ち得た秘訣は"スピード"


「"スパニッシュダンサー"の動きをベースに生物を創造できないか?」

パワーズ氏はある日、ジェームズ・キャメロン監督にそう相談を持ちかけられたそうだ。当時キャメロン監督は、木星の第2衛星"エウロパ"を舞台に架空の生物を描く映画の構想を練っており、それが後に公開された映画『エイリアンズ・オブ・ザ・ディープ』(2005)に当たるのだが、キャメロン監督の投げ掛けに対して、パワーズ氏はその日のうちにアイディアを纏め、クラゲに似た生物の3DCGアニメーションを仕上げ、キャメロン監督に見せたという。元々パワーズ氏は海洋生物や生体発光に興味があり、ウミウシの一種であるスパニッシュダンサーの動きに対する知識があった。しかし、それらの知識以上に"リクエストに対してできること"を迅速に対応したことで、監督の信頼を獲得し、CGアニメーションのスーパーバイザーとして映画制作に携わることができたのだ。予算やスケジュールといったペーパーワークではなく、監督の求めているものに対してダイレクトに、そしてクイックに反応すること。これはハリウッドのみならず、クリエイティブ業界全般で求められるスキルなのではないだろうか。

ジェームズ・キャメロン監督の要望で制作したクラゲに似た生物

映画『アバター』でのクリエイティブワーク

映画『エイリアンズ・オブ・ザ・ディープ』で信頼を得たパワーズ氏は、2005年よりスタートしたキャメロン監督の映画『アバター』制作にアニメーション・テクニカル・ディレクター、仮想環境スーパーバイザーとして制作に携わる傍ら、自身もクリエイターとして活躍。VFXのクリエイティブワークの多くがポストプロダクションへ追いやられていた制作プロセスを再構築し、パワーズ氏は"Visual Art Department"を組織。プリビジュアライゼーションの段階でクオリティの高い舞台環境を構築、より実際に公開されたフィルムクオリティに近づけることが可能になったという。また、舞台環境がプリビズの時点で構築されているため、映像制作で重要なカメラ位置やシーンのライティング、モジュール化したアセットをシチュエーションに応じてリアルタイムに微調整し、より精度の高い作品を仕上げることに成功したのだ。

アセットの制作ワークフローは、別段特別なものはない。2Dのコンセプトアートを3Dとして構築する際に単に一場面を3D化するのではなく、2Dのコンセプトアートに描かれた環境そのもの、いわば世界そのものをクリエイトするのが、唯一異なる点と言えるのかもしれない。ワンシーンのためにこれだけの作業工程を踏まねばならないと考えると、環境全体を構築するという行為は一見無駄にも見える。描かれたシーンだけ3Dとして再現すれば無駄もない。そう考えられがちだが、「もしコンセプトアートで描かれたもの以上に舞台が広くなったとしたら」、「カメラアングルが変更されたとしたら」といった"もしも"の事態にも、迅速に対応できる方がスマートで無駄もなく、クイックに監督のイメージに応えることができるというものだ。

そして、環境全体を構築するメリットはほかにもある。従来のVFXを用いた映像制作では、「ああ、僕が演技した場所はこんなロケーションだったんだ」と作品が仕上がってみてから初めて全貌が理解できたということも多かった。しかし、パワーズ氏がスーパーバイザーとして仮想環境の構築に携わったことで、「これはプリビズではなく、実際のビジュアルだね。ここで実際に映画を撮影しているんだ」とまでキャメロン監督に言わしめたほどで、今後バーチャルカメラを用いて仮想環境内を歩き、撮影するシーンを固めていくというプロセスは、3DCG映画制作のスタンダードになるだろう。

仮想環境という技術革新によって飛躍した映像表現

パワーズ氏がスーパーバイザーを務めた仮想環境。これはプリビジュアライゼーションのみならず、映画制作のすべてに渡って様々なメリットを生み出したという。ひとつは「Light Switch」と呼ばれるツールによって、ライティングとテクスチャを自在に操ることができ、仮想環境を昼から夜へとワンアクションで切り替えることか可能となったこと。また、仮想環境が存在することによってライブアクションで撮影するセットの構築も容易になったそう。従来の場合はセットを組み上げてから「このシーンは何mmのレンズで撮影しよう」と撮影環境を試行錯誤していたものが、仮想環境内で撮影シミュレーションが行えるため無駄なく意思決定に結びつけることができた。こうした仮想環境と現実に撮影する環境をシームレスに連結させることができたからこそ、あれだけのクオリティ、完成度の作品に仕上がったと言えるのかもしれない。