「子どもが苦手」と誰にも言えない……。生きづらさを抱える女性の本音

#母にならない私たち

“子どもを持たないこと”を選択した既婚女性への匿名インタビュー連載「母にならない私たち」。その決断をした理由や、夫との関係性、今の心境など……匿名だからこそ語れる本音とは?

結婚するかしないか、子どもを産むか産まないか。女性に選択肢が増えたからこそ、悩んでしまう時代。本連載では、子どもを持たないことを選択した既婚女性に匿名インタビューを実施。 「どうして子どもを持たないことを選択したの?」「パートナーとどう話し合った?」「ぶっちゃけ、後悔してない?」……などなど、顔出しでは言えないような本音まで深掘りします。聞き手は、自身もDINKs(仮)のライター・月岡ツキ。

前編の記事はこちらから

https://news.mynavi.jp/woman/article/hahaninaranai-14/

地方在住の公務員・横山葵さん(仮名/26歳)は、幼少期から子どもが苦手で、結婚したものの子どもは持ちたくないと考えている。

最近は周囲の出産ラッシュが続き、友達の子どもに会うのにも苦痛を感じてきている。なかなか人に言えない本音を抱えて生きる、リアルな心情について語ってもらった。

出産した女友達の「赤ちゃん見に来てよ!」が怖い

私の中で「子どもが苦手」という気持ちははっきりしているんですが、これを周りに正直に話すのは、本当に難しいです。

一番困るのが友達関係です。最近、周りでも少しずつ子どもを産む友達が増えてきました。出産報告のLINEにはもちろん「おめでとう」と送りますが、「赤ちゃん見に来てよ!」と当たり前のように誘われると、本当に困ってしまうんです。

「ごめん、子ども苦手だから行けない」なんて、口が裂けても言えません。そんなことを言ったら「うちの子を否定された」と思われて、友達との関係が終わってしまうんじゃないか……と怖くなります。

今はなんとか理由をつけてリスケを繰り返していますが、現在私は26歳なので、この先こういう場面はどんどん増えていくでしょう。友達と会う時に、当たり前のように子どもを連れてこられるようになったら、どう対応すればいいんだろう……と、今から憂鬱です。

それに、赤ちゃんを見に行ったら、きっと「抱っこしてみて」とか言われるだろうし、「かわいいね」って言わなきゃいけない空気になりますよね。正直、人の赤ちゃんを見ても、心からかわいいって思えることって、そんなにないんです。

「かわいい」って言わなきゃいけない、あの無言のプレッシャーが、すごくしんどい。SNSで流れてくる子どもの写真に「いいね!」を押すのすら、ちょっとした義務感を感じてしまいます。

「野菜が嫌い」と言うのと同じレベルで、「子どもが嫌い・苦手」って言えたら、どんなに楽だろうって思います。どうしてこんなに肩身が狭いんでしょうか。まるで、人間として何か欠陥があるみたいに扱われる気がして、本当に息苦しいです。

だから、人から「なんで子ども欲しくないの?」って聞かれても、「子どもが嫌いだから」とは言えずに、「今の生活で満足してるし、子どもを持つメリットがあまり感じられないかな」みたいに、当たり障りのない答え方をしてしまいます。

今の生活には満足。障壁は「周りの目」と「夫の気持ち」

じゃあ、今の生活に不満があるかというと、実は全く逆で、すごく満足しているんです。

特に、夫が仕事で家にいない日が定期的にあるんですが、その一人の時間が、私にとっては至福の時です。最低限の家事もしないし、食事もインスタントラーメンとかで済ませて。ただ自分の好きなように過ごす時間が、私にとっては絶対に必要なんです。

夫も、自分が平日休みで私が仕事に行っている日は、一人でのんびり過ごしています。夫婦仲は良いですが、そういうお互いの一人の自由時間があるからこそ、いい関係が築けているんだと思います。

もし子どもがいたら、こんな自由な時間はなくなってしまいますよね。常に子どものペースに合わせなきゃいけない。そうなったら私は精神的にかなり追い詰められるだろうな、と思います。

夫がいる時は家事もほぼ半々でやっていますが、一人の時はそれすら放棄できる。たまに訪れる“一人暮らしのような時間”があるから、今の生活のバランスが取れているんだと思います。

だから、このまま子どもを持たずに、今の生活を続けていきたい。それが私の理想です。

でも、夫の「いつかは欲しい」という気持ちが、今後どうなっていくのか。周りの友人たちがどんどん親になっていく中で、彼の気持ちが高まってしまう可能性もありそうです。そうなった時、私たちはどうするのか。常に心のどこかで考えてしまいます。

あとは、「子どもがいない夫婦=かわいそう」「子どもを欲しがらない=どこかおかしい」「子どもを授かれないのは、どこか病気なのでは?」という世間の目、特に私が住んでいる田舎の周りの目はやっぱり気になってしまいます。

「あそこの家は不妊で、病院に行ってこんな検査をしたらしいけど、あんたたちは大丈夫なの?」なんて無遠慮に聞いてくる人もいるくらいですから……。

「主体的に子どもを持たない選択をする人がいる」という発想自体が、あまりないのかもしれません。なんで私たちの生き方を、他人が勝手に決めつけたり、憐れんだりするんだろうって、腹立たしく思います。

「子を置いて出て行った叔母」の気持ちがわかってしまう

私の両親は、子どもを授かるまでに大変な苦労をしたそうです。

そんな親に対して「苦労して産んでくれたのに、孫の顔も見せずにごめんなさい」という気持ちは、やっぱりあります。親不孝だな、とも思います。

でも、その罪悪感から、自分の気持ちを偽って子どもを産むことは、絶対にできません。

実は、私の叔母(母の妹)は若くして子どもを産んだものの、育児が向いておらず、子どもを置いて出て行った人なんです。もし私が無理して子どもを産んだら、きっと叔母のようになってしまうんじゃないか、と内心思っています。

正直、私には叔母の気持ちが痛いほどわかる。当時の親戚はみんな叔母に怒っていたし、私の母も、妹である叔母のことをずっと許していません。母にとっては、子どもを置いて出て行くなんて母親失格で、理解不能なことなんでしょう。

でも、私は母に言いました。「もし私が今の状態で子どもを産んだら、叔母さんみたいになると思うよ」って。

母は「あの子は若くて未熟だったのよ」と言っていましたが、年齢の問題じゃない。根本的に、子育てに向いている人間と、そうでない人間がいるんだと思います。

私は、明らかに向いてない方。それに気づけているから、産まない。

そんなに生きづらいなら、この土地から出て行けばいいという意見もあると思います。しかし、私は自然のある住環境や景色といった観点では、この土地が好きなんです。

嫌なのは、子どもについていろいろ言ってくる人たちだけ。それがなければ、もっと生きやすくなると思います。私はこの土地で、夫婦で穏やかに暮らしたいだけなので。

インタビュー後記(文:月岡ツキ)

私たちはなぜ「子どもが嫌い」と言いにくいのだろう。

男性よりも女性の方が、特に言いにくい気がする。女の身で「子どもが嫌い・苦手」と口にして、得することは何もない。

多くの場合「冷たい女」「情のない女」「人間的に未成熟な女」と見なされてしまうし、「なんでそういうこと言うの?」と理由を求められたり、「あなたも自分の子どもを産んだら可愛く思うよ」と“説得”されたりする。

女が子どもを嫌うのは、世間一般的には“不自然”なことなので、理由を説明し、態度を改めることが必要とされるのだ。

葵さんは「子どもがどうしても苦手」という気持ちを家族以外に言えないでいる。

周囲は、出産適齢期の既婚女性は子どもを欲しがるのが当たり前だと思っているし、子どもがいないのは何か問題があって授かれないでいるのだと決めつけてくる。主体的に持たない人や、まして子ども嫌いな女性が存在するなんて思いもよらないのだろう。

しかし、子どもと関わることが苦手で、子育てに向いていない女性というのは、昔から一定数いたのだ。葵さんの叔母のように。

それに共感することが許されず、そういう女性が存在することも想定されず、大きくなったら結婚して子どもを産むものだとされて、なんとなくそちらに誘導され、子どもが欲しい・好きだと思わない女性は「いない」ことにされてきてしまっただけなのだ。

私たちは、本当に子どもを持つか持たないかをイーブンに選択できているのだろうか。

女性は子どもを持つのが当たり前、子どもに愛情を注げて当たり前、そうでない女は薄情で異常であるという社会の中で、自分の本音に耳を傾けて「子どもを持たない」と選択し続けることは非常に骨が折れる。

そういう見えない圧力によって、自分が本当はどうしたいのかがわからなくなってしまっている女性は、少なくないのではないだろうか。

葵さんは「子どもが嫌い」という口にしにくい本音を、勇気を出して語ってくれた。このインタビューを読んで「未熟な人間だからこういうことを言うのだ」と思う人もいるだろう。

しかし、子どもを持つことで人間が本当に“成熟”するのであれば、子のある人ほど他者の選択について正常か異常かをジャッジすることもなくなるのではないだろうか。

(取材・文:月岡ツキ、イラスト:いとうひでみ、編集:高橋千里)

※この記事は2025年05月03日に公開されたものです

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