部下やチームメンバーからの反応が怖くて、業務上必要なやりとりや依頼をするのに躊躇してしまった、という経験を持つビジネスパーソンは少なくないのではないでしょうか。
たしかに部下や後輩などの、自分と異なる立場の相手を慮る姿勢は必要です。
だからといって、相手に対し常に防衛的になっていては、びくびくしながら部下と接する状態や、自分の本来の力を発揮しきれない日々から抜け出すことはできません。
自分が部下との関係でわだかまりや辛さを感じているのであれば、「部下だから」「上司だから」という理由で、不当な攻撃をなかったことにしたり、我慢したりする必要はないのです。
上司部下というのは組織内での関係値に過ぎず、人間対人間の関わりであることに変わりはないため、攻撃的な部下がいると、自分が上司という立場であっても萎縮してしまうのは仕方ありません。
自分に不安を与える部下が周りにいないのが一番ですが、すでに問題が起こってしまっている場合は、然るべき対処をして自分の心身を守ることが肝要です。
適切な方法で身を守るためには、まず、職場で安心して仕事ができるという当然の権利を脅かす、不当な攻撃=「上司いじめ」という現象がなぜ発生するのかを理解する必要があります。
不当な攻撃が起きる原因を突き止められれば、部下との問題における責任の所在がはっきりし、「攻撃されるのは自分の努力が足りないからではない」と分かるのと同時に、組織側や第三者からの支援と理解も得られやすくなるからです。
そこで今回は、國安耕太著『上司いじめ 企業法務弁護士が教える上司のためのハラスメント対応法』(あさ出版)より抜粋編集し、上司いじめが起こってしまうメカニズムをお伝えします。
わずか4年で3倍に、なぜ起きる「上司いじめ」
国が行った調査では、職場でハラスメントがあったと答えた人のうち、部下から上司に対するハラスメントがあったと答えた人は2016年の2.6%(後輩から先輩も含む)から2020年の7.6%に、正社員以外(パート、派遣社員など)から正社員に対するものも1.7%から5.0%へと、わずか4年の間に両者ともほぼ3倍に増加しています。(平成28年度、令和2年度 厚生労働省委託事業職場のハラスメントに関する実態調査より)
部下から上司へのハラスメントは、全体に占める割合は少ないかもしれません。
ただ、なかには被害者が自殺に追い込まれるような痛ましいケースもあり、これだけ急増しているということは、表面化しない事象がたくさんあることが考えられ、もはや無視できない問題になりつつあるといえます。
なぜ最近、「上司いじめ」が増加しているのでしょうか。
考えられるのが以下のような要因です。
・労働形態や会社の組織構成が大きく変化し、上司部下がフラットな関係に移行しつつあること
・パワハラなどのハラスメントが社会問題化するなかで、誤った定義が世の中に浸透し、部下は「(会社の中で)弱い立場であるから守られて当然」という権利意識がある一方、上司は部下に極端に気を遣い「叱れない」「注意できない」状況が生まれていること
・若者のITリテラシーやスキルが上がり、上司と部下の間で能力の逆転が起きやすくなっていること
・部下が上司を評価できる人事評価制度等の導入により、部下が結託して気に入らない上司の評価を下げるなど、組織のルールを使った攻撃が可能になっていること
・職場内で起きた問題をSNSなどで暴露・拡散されることを恐れ、会社の上層部などが事態を矮小化しようとする意識が働くこと
このように職場環境が大きく変化するなかで、上司たちは会社の経営陣からは厳しい目標を課され部下からは突き上げをくらうという、まさに板挟み状態に置かれているわけです。
理不尽な思いに蓋をしない! 自分の責任範囲の見極めが大切
「上司いじめ」にあうのは、あなたのせいでもあなたの責任でもありません!
冒頭のような部下や後輩による暴言や嫌がらせ、あるいは部下が指示を聞かないどころか仕事をしないなどの事態に直面したとき、「自分の能力や器量が足りないのではないか」、あるいは部下が反発してくるのは、「上司である自分の管理能力やリーダーシップに問題があるせいではないか」、と思い悩んでいる方も多いでしょうが、それは違います。
ただ、こんなふうにハラスメントを受けた上司側が、職場内では大きな責任を背負ったまま働き続けなければならないことも、上司から部下へのハラスメントには見られない、厳しさの一面でしょう。
また、上司いじめがこれからも増えていくことが予想される以上、それは決して個人の責任ではなく、会社や社会全体で解決すべき問題といえます。
國安耕太
ノースブルー総合法律事務所 代表弁護士 早稲田大学法学部卒業。中央大学法科大学院修了。1980年東京生まれ。小学校4年生のときに法曹界を目指し、親の仕事の都合で小学校6年生から中学校2年生まで、ギリシャ・アテネで過ごす。司法試験のほか、国家公務員採用I種試験(現:国家公務員採用総合職試験)にも合格し、弁護士ファームへ勤務ののち、ノースブルー総合法律事務所を開設。業務内容は企業法務(労務管理・リスク管理など)、知的財産法務(著作権、商標権など)、事業承継・相続法務、倒産法務、不動産法務など、大手企業から中小企業まで、多くの顧問先を持つ。弁理士、司法書士、税理士、社会保険労務士などの専門家とも緊密に連携することで、幅広い法律問題に対し、ワンストップで専門的かつクオリティの高いサービスを提供し続けている。中央大学法学部兼任講師や財務省税関研修所委託研修講師(知的財産法)などもつとめている。著書に『おひとりさまの終活「死後事務委任」』(あさ出版)がある。
「上司いじめ 企業法務弁護士が教える上司のためのハラスメント対応法」(國安耕太 著/あさ出版 刊)
近年、部下(後輩)からの嫌がらせ・いじめ=いわゆる「逆パワハラ」に代表される「ハラスメント」に悩まされる人が急増し、無視できない労働問題となっています。パワハラといえば、上司(先輩)から部下(後輩)と思われるかもしれませんが、パワハラ防止法では、部下(個人または集団)から上司に対する嫌がらせ・いじめもパワハラというと明記されています。本書では、部下や後輩による上司や先輩に対する不当な攻撃を「上司いじめ」と定義し、いくつかの典型的な「上司いじめ」の事例をケーススタディとして、窮地に陥らないための方法はもちろん、被害にあってしまった場合、個人あるいは会社は法律的にどのような手段をとり、被害者の心身他を守ることができるのかについて、企業法務弁護士が解説します。付録では、外部の相談窓口一覧、裁判例も紹介しています。