ジェンダーレス制服を導入する中学校が増えたり、つい最近もジェンダーレスのスクール水着が登場して話題になっていた。そういえば周囲でも、ボディラインを強調しないゆったりシルエットなど、あまり性別を感じさせないコーディネートが増えているし、若い人ほどメンズのメイクやネイルに肯定的だ。男性らしさ・女性らしさの境界線があいまいになり、「自分が心地よく感じられ、自分らしさを表現」する手段として、ジェンダーレスなファッションが浸透していることに気づかされる。

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アパレル業界では、こうしたジェンダーレスのトレンドに加えて、「インクルーシブファッション」という概念が広まっているそうだ。これは「年齢、性別、人種、国籍、障害の有無、体型の違いに関わらず、すべての人を孤立させず、包括することを目指すファッション」のことだというのだが、えーっと、つまりどういうことなの?

「かみくだいてお伝えすると、『インクルーシブファッション』は、“あらゆる人がファッションを楽しめるための選択肢”だと考えています」と教えてくれたのが、FABRIC TOKYO社長室 広報の高橋政裕さん。オーダーメイドのビジネスウェアを展開する同社は、ブランド立ち上げから「多様性」と「自分らしさ」を理念に掲げ、ビジネスウェアにいち早く「ジェンダーレス」を取り入れてきた。

ヴィクシーの“プラスサイズモデル”の起用は業界の転換点に

「ファッション業界の動き、トレンドで顕著な点として、毎シーズン発表される最新コレクション(ルックブック)のビジュアルの変化が挙げられます。これまでは、いわゆるモデル体型一辺倒でしたが、今は多様な人種、体型、年齢の方が商品モデルとして採用されるようになっています。グローバルブランドで見ると、ZARA、H&MのECサイトがこの流れになっており、日本でも少しずつ同じ取り組みをするブランドが増えている印象を受けています。

海外の代表的な事例として、2021年春に『ヴィクトリアズ・シークレット(Victoria's Secret)』が『プラスサイズ』モデルを起用し、話題になりました。スーパーモデルといわれるようなモデル体型の方のみを採用してきた同ブランドにとっても、業界にとっても大きな転換点だったと思います」

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ランジェリーブランド「ヴィクトリアズ・シークレット」の専属モデルといえば、まるで“リアル・バービー”、完璧スタイルのエンジェルたちだったけれど、今やそんなヴィクシーさえ「ボディ・ポジティブ」の波を受け、カーヴィ&プラスサイズのモデルを起用する時代なのだ。

きっかけは、「どうしても男性用スーツを着たい」という女性の声

FABRIC TOKYOでは2019年から、性別を問わずメンズパターンのオーダースーツが作れるサービスを提供しているが、そのきっかけになったのが、ある女性客に特別対応でスーツを仕立て、感謝のメールをもらったことだという。

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「『友人の結婚式に、どうしても男性用のスーツを着て参加したい』という女性のお客さまがいらっしゃり、特別対応でスーツをお仕立てしました。もともとFABRIC TOKYOのスーツ(シルエット)は男性向けのデザインで、女性体型にフィットしづらく満足いただけないだろうと考え原則お断りをしていたのですが、実際にお作りしたところ、大変喜んでいただけました」

そのときにもらった感謝のメールの一部を紹介する。

私は昔からレディースの洋服が好きになれず、古着屋さんや通販などで購入したメンズの洋服ばかり着ています。しかしサイズの合わないメンズの洋服を見る度に「これはお前の為のものじゃない、お前はここに居てはいけない」と言われているような気分になって、好きなブランドのお店に入ることが出来ませんでした。
今回採寸をしていただいたことで存在を認めてもらえたような感覚になり「生きていていいんだ」と思える瞬間があって、バレないように、ちょっとだけ泣いてしまいました。
(中略)
採寸時は緊張していたのですが、素敵なスタッフさん達のおかげであたたかい空気になり、言葉の足りない私の要望を細かく汲み取っていただいて、心から「これがいい!」と思えるところまで持っていってくださいました。長時間お付き合いいただきありがとうございました。勇気を出して問い合わせをして良かったです。今回の件で動いていただいた全ての方に感謝します。

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これをきっかけに、「常設対応は難しいが、期間限定ならできる、やってみよう」と始まったのが、性別を問わないメンズパターンのオーダースーツのサービス。ウィメンズの洋服が好きになれずに悩んでいたり、仕事でスーツを着る必要があるが体のラインが強調されがちなウィメンズスーツが好きではない、従来のウィメンズスーツはタイトで違和感がある、といった声に、女性からのニーズを感じているという。現在、渋谷MODI店では常時、そのほかの店舗では期間限定で実施している。

「オールジェンダー」から「オールインクルーシブ」へ

また、性別だけでなく障碍のある人、体型に個性のある人も楽しんでオーダーメイドを利用できる店舗を目指し、2022年3月に渋谷MODI店をバリアフリーの「オールインクルーシブストア」へリニューアルした。

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元パラリンピックアイスホッケー日本代表の上原大祐さんが、店舗設計の段階から監修に入り、車いすの人がスムーズに出入りや着替えができるフィッティングルームを完備。店舗の入り口のスロープや、車いすに座った目線に合わせた商品陳列をしている。

さらに、知的障害のあるアーティストの作品を世に送り出している福祉実験ユニット、ヘラルボニーとのコラボレーションアイテムプロジェクトも開始。裏地のカスタマイズとして選択可能な3柄の販売を行い、今後は定番化や他のヘラルボニー契約作家のアートの採用なども見据えているという。

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「店舗のリニューアル後、ジェンダーニュートラル志向をお持ちのお客さまや、ウィメンズスーツを着用することに何かしらの不安や抵抗感などをお持ちだった方、性別という枠に対してセンシティブなお悩みをお持ちの方も増えている印象です。店舗のスタッフも、『一人ひとり抱えられている悩みが異なるため、オーダースーツを一緒に作る体験として、どんな方が来店されても気持ちの良いコミュニケーションができるよう、一人ひとりに寄り添ったご案内をしていきたい』という想いがいっそう強くなったように感じます」

「あらゆる人を孤立させない」というインクルーシブファッションの観点において、基本的なスタンスとしては、オープンできたもののまだまだだと感じている、と高橋さん。来店したお客さまの声を聞き、これからも改善を積み重ねてブランドの世界観を実現していきたい、と語ってくれた。