「ミレニアル・クリンジ(Millennial Cringe)」という言葉をご存知でしょうか。「ミレニアル世代」(1980年代前半~1990年代半ば生まれ)ならではの言動やカルチャーに対して、Z世代(1990年代後半~2010年代生まれ)が「時代遅れで見ていて恥ずかしい……」と感じてしまう世代間ギャップを指す言葉です。「テックトピア:米国のテクノロジー業界の舞台裏」の過去回はこちらを参照。
ところが最近、このZ世代が「クリンジ(イタい)」と見なしていたはずのミレニアル文化を、(皮肉まじりであるものの)評価し始めているというのです。一体どういうことなのでしょうか?
ミレニアルの言動とは?
まず、ミレニアルの言動がどのようなものかというと、先週のテイラー・スイフトの婚約発表のメッセージが典型例の1つに挙げられます。婚約のお相手はカンザスシティ・チーフス(NFL)のTE、トラビス・ケルシーです。
「Your English teacher and your gym teacher are getting married」(あなたの英語の先生と体育の先生が結婚します)。
📲| Taylor Swift's engagement announcement post has surpassed 35 MILLION likes on Instagram.
— Taylor Swift Updates ❤️🔥 (@swifferupdates) August 30, 2025
- the 10th post in history to do so pic.twitter.com/vSNqRthfpI
……感想を一言でいえば「イタい」。それぞれ業界で圧倒的な存在感を誇るスーパースターカップルが、まさかの“学園ネタ”でアピールとは……。でも、こんな「狙った親しみやすさ」こそ、ミレニアル世代の象徴的な表現方法の1つなのです。
そして、“ミレニアルらしさ”を前面に押し出した表現がテイラー・スイフトの持ち味であり、彼女は自身の“uncoolさ(ダサさ)”を自覚して、それを作品や活動に落とし込むことで、ファンに「自分のままで、ダサさを解放していいんだ」と感じさせる存在になっています。
そのため、このメッセージにもミレニアルズを中心に「恥ずかしいけど可愛い」「このイタさが逆に痛快」といった反応が生まれています。
Z世代が「?」となるミレニアル世代の“あるある”
ミレニアルズはいまや消費や労働力の中心的な存在です。その言動やスタイルは、ある意味“社会の標準”になっています。けれども、これもトレンドの1つであり、いつかは「懐かしいもの」になるのが世の常です。そして、すでに若い世代、特にZ世代には滑稽に映っていました。
では、具体的にどんな行動が「クリンジ」だと思われているのでしょうか。
ミレニアル世代はSNSの黎明期とともに成長した「デジタルパイオニア」ですが、その使い方がZ世代には古く見えるようです。
たとえば、動画を撮り始める時に録画ボタンを押してから一瞬の間を置いて話し始めるような仕草。これはミレニアル・ポーズと呼ばれています。過剰なハッシュタグや「映え」へのこだわり。そして、食事の感想や旅行の思い出などをポエムのような長文で投稿するスタイルも、短く簡潔なコミュニケーションを好むZ世代とは対照的です。ほかにも「😂(笑い泣き)」など、直接的な絵文字や顔文字の多用も「おじさん構文」として戸惑わられてしまうことがあります。
会話での特徴的な言い回しやユーモアもいくつか紹介すると:
Adulting(大人っぽい):「請求書の支払い、完了! これぞ#adulting」のように、ごく当たり前の社会人の責任を、さも大変な偉業のように表現すること。
I'm dead(死んだ)/ I can't even(もうムリ)」:行き詰まりや感情の落ち込みを大げさに表現するスタイル(逆の最高の表現もあり)。極端過ぎて実際のところがわからず、周りが混乱することも。
I did a thing(~してみた):何か新しいことを始めたり、大きな決断をした際に、少しもったいぶって、あるいは軽く自慢げに報告する際の決まり文句。
Thanks, I hate it(ありがとう、大嫌い):誠実なものをあえて皮肉っぽく返す、拒絶される前に先手を打って拒絶する自己防衛的なユーモア。
But first, coffee(でも、まずはコーヒー)/ Wine o'clock(ワインの時間):多忙な日常におけるカフェインやアルコールへの依存を、おしゃれでユーモラスに語る。
vibes(バイブス):「ぼっち・ざ・ろっく!」やバイブコーディングで日本でも耳にすることが増えてきたバイブス。日本だと主に「テンション上げる」ことを指しますが、ミレニアルズは「雰囲気」「エネルギー」「直感的な感じ」などをポジティブに表現するのに用いています。ただ、人、場所・ものなど何にでも、そして気軽に使い過ぎていて、Z世代からは表面的な表現と見なされています。
ほかにも「ハリー・ポッター」や90年代のディズニー映画、ドラマ「フレンズ」などを頻繁に話題に出したり、人の性格をホグワーツの寮で分類するのは、Z世代に対する迷惑行為といわれています。
Z世代に新鮮に映り始めたミレニアル文化
ところが、最近、TikTokでスキニージーンズや2010年代の楽観的なポップソング、バラク・オバマ、HBOのテレビシリーズ「GIRLS/ガールズ」など、ミレニアル世代の文化を象徴するものを、Z世代があえて面白がって称賛する投稿が増えているのです。
この「意図的なクサさ」の復権は、早くもマーケティングの世界で活用されています。SNSマーケティングに長けたDuoplingo(語学学習サービス)は、前述のテイラー・スイフトの婚約メッセージに対し、投稿からわずか3分後に「but when will it be your Spanish teacher's turn(でも、次はスペイン語の先生の番じゃない?)」と投稿。自社のキャラクターを活かした厚かましい(?)祝福で話題を呼びました。
but when will it be your spanish teacher's turn🥹 https://t.co/WGQpJig8oq
— Duolingo (@duolingo) August 26, 2025
Z世代はなぜミレニアル文化にハマり始めたのでしょうか?
SNS上で皮肉やミーム的笑いに慣れ親しんできたZ世代ですが、あまりにも皮肉が氾濫した結果、逆にミレニアル世代の「直球の感情表現」や「ちょっとクサいほどの熱量」に新鮮さを感じ始めているようです。
計算され尽くしたブランディングが“嘘っぽい”と感じられる今、多少イタくても全力な姿勢の方が「誠実」に感じられるのです。
この流れは、どこか音楽の「シティポップの世界的な再評価」とも似ているように思います。単に懐メロが長い時間を経て再発見されたわけではありません。少し気取っていてクサいけれど、“全力で真剣”だった当時の空気感が、かえってリアルなものとして新たな世代の心に響いています。
そして、現在の不確実性と不安定さの高まりも少なからず影響しているようです。Z世代の多くはミレニアル文化を子ども時代に間接的に体験しています。2009年にオバマ大統領が誕生した時、米国ではそれからの10年に対して楽観的な見方で溢れていました。ミレニアル文化には、その空気が反映されています。
コロナ禍で自然な交流が制限され、そして社会・政治の言説が不安定化する中で成人期を迎えるZ世代にとって、ミレニアル文化は「かつて存在した明るい未来」への憧れをかき立てるのかもしれません。