内閣府のもとで開催されている「経済・財政一体改革推進委員会」の「国と地方のシステムワーキング・グループ」の5月10日の会議資料として、「マイナンバー制度活用における効果」と題する資料が、内閣官房番号制度推進室・内閣官房IT総合戦略室(以下、内閣官房)から提出され、公表されました。今回は、この資料をベースに、政府が考えるマイナンバー制度の効果と現実を見ていきましょう。

「マイナンバー制度活用における効果」の考え方

5月10日の「国と地方のシステムワーキング・グループ」に内閣官房から提出された「マイナンバー制度活用における効果」に関する資料は、以下の4部になっています。

・マイナンバー制度の活用による効果の取りまとめ概要
・マイナンバー制度活用における効果(目標となる姿)
・マイナンバー制度活用における効果
・(参考資料)~業務フロー図~

「マイナンバー制度の活用による効果の取りまとめ概要」では、効果を取りまとめるにあたっての考え方が示されています。

まず、マイナンバー制度の目指すものとして「国民の利便性向上」「行政の効率化」「公平・公正な社会の実現」を確認し、制度の効果は、国民、事業者、国、地方公共団体など官民に幅広く波及するという考え方を示しています。ただし、その効果については、「定量化が困難なものも多く、仮に定量化を試みる際には、一定の前提の下での粗い試算にならざるをえない。」とことわっています。

そして、「効果」を示すに当たって、情報連携・マイナンバーカード・マイナポータルの徹底活用を前提に、「目標となる姿」を想定した上で、「国民・事業者」における効果と、「行政機関等」における効果に大別して年間の効果を整理するとしています。より具体的には、「定性的な効果と、可能なものは機会費用を含め定量的な効果を例示・推計」し、「定量的効果は、機会費用分も含め、一定の前提を置いた上で、「書類作成事務の削減」「窓口への移動時間等の削減」といった各種効果要素の組合せによる想定単価に、発生件数を乗じて算出」したとしています。

「目標となる姿」では、(図1)のような図が示されています。

この「目標となる姿」では、「国民の利便性の向上」や「公平・公正な社会の実現」において、マイナンバーカードやマイナポータルを前提とした効果が掲げられていることに留意して置く必要があります。マイナンバーカードが国民の10%程度しか普及していない現状では、マイナポータルを利用している個人はもっと少ないことになります。にもかかわらず、この「目標となる姿」では、「情報連携・マイナンバーカード・マイナポータルの徹底活用を前提に現時点で推計できた定量的な効果の単純合計は、「国民・事業者」においては年間2,629億円程度、「行政機関等」においては年間1,798億円程度と見込まれる」としています。つまり、こうした定量的な試算において、現状普及していないマイナンバーカード・マイナポータルの徹底活用を前提としているということは、あくまで現状実現している効果ではなく、この「目標となる姿」を前提として、「マイナンバー制度活用における効果」を測定していることになります。

「マイナンバー制度活用における効果」を見る

「マイナンバー制度活用における効果」では、「番号の利用と情報連携」による効果、「マイナンバーカード」による効果、「マイナポータル」による効果の3つに分けて、制度の効果が整理されています。

前項で見てきたような前提からすると、現状である程度効果が実現していると考えられるのは、「番号の利用と情報連携」によるものになるのではないでしょうか。

(図2)は「番号の利用と情報連携」による効果を示したものです。

「国民・事業者」側の効果としては、税や社会保障の手続きなどにおいて住民票の写しなどが添付不要になることなどの効果が、まず掲げられています。ただし、現状でも住民票の写しなどの添付を求める手続きも残っており、ここに掲げられている効果の金額は、あくまですべての手続きで添付不要となった場合を想定した金額だと思われます。

一方、「行政機関等」側の効果としては、上記の「国民・事業者」側で添付不要とした住民票の写しなどの発行が不要になることが、同じように最初に掲げられています。

提出書類へのマイナンバーの記載など、マイナンバーの利用はある程度定着してきており、行政サイドの情報連携も進んできていますので、こうした添付書類を不要とする流れで、対象手続きの拡大がはかられ、さらに戸籍謄本や、法人における登記事項証明書なども添付不要となっていけば、(図2)に掲げられたような効果は、今後実際に実現していくと考えられます。

これらのなかで、金額による効果が示されていないものについては、これから実施される予定になっている政策が掲載されています。例えば、「国民・事業者」側に書かれている「マイナンバー制度等の基盤を活用することにより、医療健康情報の管理・分析や医療機関間における情報連携が促進される。その結果として、重複検査・投薬が適正化されるとともにデータ収集・活用による医療の質の向上が期待される」などは、膨張し続ける医療費の削減という課題から考えて非常に重要な政策です。この、マイナンバー制度等の基盤を活用して医療機関間における情報連携が進める政策については、厚生労働省によって検討が進められ、今後システム構築へと進むものと考えられます。マイナンバー制度の本来の目的として、こうした医療など重要な社会保障の分野でも改革が進むことが求められており、こうした分野での今後の進捗に注目していく必要があります。

他方、「行政機関等」側の効果で目を引くのは、税に関する効果がいくつか挙げられていることです。「税務行政による不正抑止効果や申告精度向上が期待される」、「税目別納税者管理から税目横断的納税者管理への移行が可能となり、より適正・公平な課税の実現に資する」といった項目では、効果を示す金額までは掲載されていませんが、「業務効率化に係る国・地方の税務職員等を充てることとする場合、税務調査・徴収業務が促進される」では、税増収813億円という効果が具体的に示されています。ここでの業務効率化は、必ずしもマイナンバー制度によるものばかりではなく、電子申告義務化など、申告手続きのより一層の電子化による効率化を見込んでのものと考えられます。申告業務の電子化を促進しつつ、そこにマイナンバー制度をうまく絡めていくことで、税の分野での効果が次第に現実のものになっていくことを感じ取ることができます。では、社会保障の分野ではどうかというと、「併給調整による二重給付の防止、正確な所得情報等による審査、給付過誤の防止等により社会保障給付の適正化が進む」としながら、効果の試算はされていません。さらに、「社会保障分野において、業務効率化分の職員を充てることで、よりきめ細やかな行政サービスの提供が可能となる」としていますが、効果については「よりきめ細やかな行政サービスの提供」といった抽象的なレベルに留まっており、税の分野に比べて、手続きの電子化が遅れている社会保障分野の課題が浮かび上がってきます。

「マイナンバー制度活用における効果」は誰に向かって示されているのか

「マイナンバー制度活用における効果」では、このあと「マイナンバーカード」による効果、「マイナポータル」による効果が、一ページずつ掲載されています。 (図3)は「マイナポータル」による効果を示したページです。

「国民・事業者」側の効果から、実際に効果が金額として見積もられているものを抜粋してみると、以下のようになります。

「子育てワンストップサービスにより、児童手当や保育所申請等がオンラインでできることにより、役所への訪問や書類作成が不要になり、証明書発行の負担が軽減される」では、機会費用として国民レベルで118億円、事業者では57億円の効果が見込まれています。

「引越しワンストップサービスにより、行政機関(転出元自治体)、取引のある事業者 (郵便・電気・銀行等各種民間サービス)への住所変更に関する届出・手続が不要になる」では、機会費用として170億円の効果が見込まれています。

「医療費通知を活用することにより、確定申告時の医療費明細作成の際の転記作業等の負荷が軽減される」では、機会費用として142億円の効果が見込まれています。

「事業者から国民に郵送等している税務手続書類をマイナポータルを活用して交付することで発送費が削減される」では、機会費用として288億円の効果が見込まれています。

残念ながら、ここに列挙したもののうち、すでにサービスとして提供されているものは「子育てワンストップサービス」のみであり、この「子育てワンストップサービス」でも、一部の地方公共団体では対応できていないのが現状です。そして、何よりマイナポータルの利用者は、マイナンバーカードの取得者に限られることを考えると、利用者の数が少ないため、効果で掲げられている金額には遠く及ばないのが現実です。

そのほか、上記に抜粋した、マイナポータルでの「引越しワンストップサービス」や「医療費通知」、「税務手続書類」などは、今後システムが構築されることが予定されていますが、マイナポータルの利用者が今後伸びなければ、システム構築に費やしただけの効果が上がらないことも考えられます。そして、このマイナポータルの利用者増のためには、マイナンバーカードの普及が必要なことはいうまでもありません。

このように見てくると、「国と地方のシステムワーキング・グループ」で、内閣官房がこの「マイナンバー制度活用における効果」を示したことは、地方公共団体に対して、マイナンバーカードの普及への取り組みを強化するとともに、今後地方公共団体もシステムの構築にかかわる、いろんな分野での取り組みを促進するように促すことが、主な目的のようにみえます。

過去、地方税の電子化においても、地方公共団体により対応時期にずれが生じたため、一つの税目の申告において、ある地方公共団体に対しては電子で、ある地方公共団体に対しては紙で提出と不便な時期がありました。地方公共団体任せで、ことを進めようとすると、必ずこうしたことが起こってきます。また、地方公共団体には十分な予算があるとはいえない状況もあります。「マイナンバー制度活用における効果」の「番号の利用と情報連携」のなかには、「行政機関等」側の効果として、「マイナンバー制度への対応を契機として、業務改善やクラウド化が推進され、システム管理費用等が削減される」ということが記載されています。今後の地方公共団体のシステム構築では、地方公共団体が共通で利用できるクラウドでのシステム構築を行うことで、地方公共団体間での業務の標準化をはかるとともに、システム構築費用を低減していくことが必要なのではないでしょうか。

「マイナンバー制度活用における効果」を見積もり通り実現していくには、他にも課題はたくさんありますが、地方公共団体におけるシステム構築のやり方を、前例にとらわれることなく変えていくことが重要なのではないでしょうか。

中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 最高顧問
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。現在は、同社最高顧問として、マイナンバー制度やデジタル行政の動きにかかわりつつ、これらの中小企業に与える影響を解説する。