DSEI Japanに関する記事の三番手では、ハネウェルの製品を取り上げる。ハネウェルは多種多様な製品・事業を展開している企業だが、航空宇宙・防衛分野では、航空機用エンジンや補助動力装置(APU : Auxiliary Power Unit)、慣性航法システム (INS : Inertial Navigation System) 、機上酸素発生装置(OBOGS : On-Board Oxygen Generation System)などで知られている。
ただし今回取り上げるのは、それらとは別の製品だ。→連載「軍事とIT」のこれまでの回はこちらを参照。
装甲戦闘車両は視界が限られる
2025年の1月にイギリスを訪れたとき、コスフォードにある英空軍博物館を訪問した。もちろん、空軍の博物館だから航空機の展示が大半を占めるが、冷戦期に関する展示が行われている棟の一角に、いくつか装甲戦闘車両が置かれている。
そのひとつが、旧ソ連製の装軌式歩兵戦闘車(IFV : Infantry Fighting Vehicle)、BMP-1。車内に乗った歩兵が、ペリスコープを通じて外の様子を見ながら、ガンポートから小銃を突き出して撃てる、という車両。これが登場したときにはかなりの話題になり、他国でも同種の装備がいろいろ作られた。
コスフォードで展示されているBMP-1では、後部の扉が開いた状態になっていて、その車内の様子も分かる。そこで覗いてみたのだが、外部を見るためのペリスコープはそれほど大きなものではなく、視界は限られそうだ。
ハネウェルの360 Display
防御のことを考えると、乗用車みたいに大きな窓を設置するわけにはいかないのが装甲戦闘車両。だから外部の視界は限られたものになり、状況認識の妨げになる。
そこで近年、外部カメラを設置する事例が増えてきている。ただし当初は、その映像は車内に設置した画面で見るしかなかった。それでは、画面の前にいる人しか状況が分からない。
そこでハネウェルが開発したのが、「360 Display」という製品。基本的な考え方は、F-35が装備しているEO-DAS(Electro-Optical Distributed Aperture System)と同じで、「車外に複数のカメラを設置して全周視界を得られるようにする」「乗員が向いている方向の外部映像を、ディスプレイに表示する」というもの。
それを実現するには、個々の乗員がディスプレイ付きのヘッドセットを装着して、かつ、そのヘッドセットの位置と向きが分かるようにしなければならない。そこでヘッドセットには慣性計測ユニット(IMU : Inertial Measurement Unit)が組み込まれており、動きを把握する。また、車内に固定カメラを設置して、それがヘッドセットの位置を把握する。
これで「どちらを向いているか」が分かるから、それに合わせて外部の映像を表示する。BMP-1のペリスコープと違い、広い範囲の状況を把握できる利点がある。ただし外部カメラが壊されれば話は別だが。
冒頭で書いたように、もともとハネウェルはINSも手掛けている。その技術が違う方面で生きたといえる。
敵の位置も表示できるのでは?
その、「360 Display」の基本的な機能について説明していただいたところで、ふと思いついて尋ねてみた。
「車外の映像をこうやって表示できるのであれば、このシステムをBMS(Battle Management System)と連接することで、車外のどこに敵や味方がいるかも表示できるのではないか?」
それに対する答えは「Yes」。思った通りである。第611回で書いたように、しかるべき情報が入ってきていれば、BMSは彼我のユニットの位置を承知しているから、その情報を持ってくればいい。
ただしこれを実現するには、自車の位置や向きや動きを把握して、それをBMSにリアルタイムで送り出す必要がある。車外の映像は「自車の車内から見たもの」であるから、その基準となる位置が分からなければ、「どちらに敵がいるか」も何もあったものではない。
それを実現できれば、装甲戦闘車両の車内にいる乗員の状況認識能力が大幅に向上すると期待できる。ただしヘッドセットを付けているから、外部の状況を確認した上で降車戦闘……ということになると、ちょっと面倒かもしれない。外に出るときにはヘッドセットを外さなければならないから。
ちなみに、シンガポールのSTエンジニアリングも「360 Situational Awareness System」という製品を手掛けているが、こちらは映像の表示を車内に固定設置したディスプレイで行う仕組み。兵員輸送車や歩兵戦闘車に乗っている歩兵が、降車前に周囲の状況を確認したいというのであれば、こちらの方が向いているかもしれない。
それに対してハネウェルの「360 Display」は、車内から遠隔操作式の機関銃搭を操作して交戦するような場面に向いているのではないか。
著者プロフィール
井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。このほど、本連載「軍事とIT」の単行本第5弾『軍用センサー EO/IRセンサーとソナー (わかりやすい防衛テクノロジー) 』が刊行された。