年内最終号につき

いよいよ年の瀬も迫り、年内に終わらせなければならない仕事の多さから、現実逃避してお読みいただいているのでしょうか。終わらせなければならない仕事のひとつに、大掃除や片付けがあります。

人類は永らく飢餓と不足と闘い続けてきました。満ち足りた豊かな時代など、人という種の歴史において、ごく最近のできごとにすぎません。脂肪をため込むのも、特売のティッシュペーパーを必要以上に買い込むのも本能の仕事です。また、情報は「時機」を得て輝きを増します。捨てずに残した一枚の紙切れが、人生を変えることになるかも知れません。そこに世界に誇るべきジャパニーズスピリット「もったいない」の精神が加わります。つまり、「片付け」とは日本人に馴染まないもの…とは屁理屈です。そして、デスクは書類に占拠され、わずかなスペースを間借りするように仕事をするはめになります。一時的においたはずの書類にデスクを奪われるのですから、軒を貸して母屋を取られるです。

結論を述べます。片付けのコツは「捨てる」ことです。少し前に片付け術がベストセラーとなりましたが、やましたひでこさんの『新・片づけ術「断捨離」』や、近藤麻理江さんの『人生がときめく片づけの魔法』も技術的面だけ要約すれば「捨てろ」のひとことで片付きます。

迷宮のラビリンス

会社員時代、積み上げられた書類と資料の山に作業スペースが奪われてしまいました。そこで一時凌ぎとして、すべてをダンボール箱に納め、足元に避難させました。片付けという根本解決をせずに、日本人の伝統芸である「先送り」を選択したのです。ふたたび、この箱を開けたのはそれから半年後で、ダンボール箱からようやく発掘した資料は古すぎました。半年のあいだにトレンドは変化し、自分のスキルも上がっていたので役に立たなかったのです。その年末、同じくダンボールに詰め込み足元に置き、広々としたデスクを大掃除します。翌春、箱詰めした資料を開くことがないことを確認し、その年の大掃除から、足元に置くことなく「捨てる」ようになりました。

テレビゲームのリサイクル販売業のA社長はある日、自分の会社のホームページで迷子になります。自分の会社の「会社概要」にたどり着けなかったのです。ホームページのコンテンツはA社長の思いつきです。閃いたことを口頭で伝え、外部業者が制作します。思いつきは悪いことではありません。むしろ、思いつきをそのまま公開できる機動性はホームページのメリットです。しかし無計画に増やし続けたコンテンツが迷宮さながらにA社長を苦しめたのです。

機動性と計画性

思い立ったが吉日とはA社長の座右の銘です。ファミコンからスーパーファミコンへと変わる時代に、各家庭に眠っていたゲームソフトは買い手を探していました。ゲームソフトは古本のように手垢がつくことはありません。中古でも安ければ買うという客もそこにいました。いちはやく「ゲームリサイクル(中古テレビゲーム売買)」に乗り出したことが、いまの繁栄の礎となっています。

迷子になった翌日にはホームページのリニューアルを依頼します。多くのホームページ制作業者は、依頼された通りに仕上げることが仕事で、コンテンツの片付けはA社長の仕事です。コンテンツは自身の足跡と重なります。「プレイステーション」が発売された当時、発売元のソニーが流通をしきることになり、中古ゲームを販売している業者には商品を卸さないと圧力をかけられました。対抗馬だった「セガサターン」は広がりをみせず、後継機の「ドリキャス(ドリームキャスト)」は常務によるCMが話題となっただけでセールスの主力にはなり得ませんでした。そして「ワンダースワン」に「メガドライブ」、「キューブ」など苦みのある想い出に片付けの手が止まります。そしてリニューアルされたホームページは、ベースカラーと若干レイアウトが変わっただけで、同じコンテンツで構成されていました。A社長は、すべてのコンテンツを「活かす」ようにと指示を出した「片付け0.2」です。

自身の体験からの結論

リニューアルとはサイトの片付けです。つまり不要なコンテンツを捨てなければならないのです。A社長にとっては思い入れがあっても、いまどき「ドリキャス」のコンテンツを求めるお客は少なく、ましてや利益に結びつくことはありません。これを怠ったA社長のリニューアルが失敗したのは言うまでもありません。

当社でもこの秋、ホームページをリニューアルしました。比喩表現としての「セガサターン」や「ドリキャス」的なコンテンツが増えていたので「捨て」ました。ただし、A社長のように「未練」が残るのも事実。そこでトップページを訪問したお客の目の届かない「裏口」に配置。ホームページは「アクセスログ」で、訪問者数をみることができるので、数ヶ月先の訪問状況をみてから結論をだす…とは、書類や資料をダンボール箱に押し込んで足元に隠したのと同じ「先送り」です。どうしても「捨てる」決断を下せないときは「先送り」をするのも一手です。ちなみに「トキメキ」の近藤麻理江さんも、セミナーの個別相談の席で、どうしても捨てられないモノがあると問いかけた知人に「じゃあ捨てないでください」とアドバイスしたといいます。「先送り」は日本人の伝統芸、どっちやねんと突っ込みはしません。

大掃除は大胆に捨てる。それが無理なら「先送り」。

それではよいお年をお迎えください。

エンタープライズ1.0への箴言


「捨てなければ始まらないが、先送りは日本人の知恵でもある」

宮脇 睦(みやわき あつし)
プログラマーを振り出しにさまざまな社会経験を積んだ後、有限会社アズモードを設立。営業の現場を知る強みを生かし、Webとリアルビジネスの融合を目指した「営業戦略付きホームページ」を提供している。コラムニストとして精力的に活動し、「Web担当者Forum(インプレスビジネスメディア)」、「通販支援ブログ(スクロール360)」でも連載しているほか、漫画原作も手がける。著書に『Web2.0が殺すもの』『楽天市場がなくなる日』(ともに洋泉社)がある。

筆者ブログ「ITジャーナリスト宮脇睦の本当のことが言えない世界の片隅で」