前回のこのコラムで「中国の織姫たちは年2回の逢瀬を重ねているようだ」と書いた。しかし、これについて大連の友人たちからは非難轟々である。大型台風「梅花」(台風9号)が襲った大連では今、情人節の逢瀬を重ねるどころではないのだ。

親日都市 大連を揺るがした1週間

実は、筆者はこの台風のことよりも、8月10日に大連港から試験航海に出た空母「ワリャク」と、7月末から「放射能漏れ事故か?」とネットで騒がれていた原子力潜水艦の方が気になっていた。

原潜のニュースの出所は「マクドナルドからジャスミン革命」をなどと煽っている反体制派のメディアであり、真偽のほどは定かではないのだが、場所が場所である。原潜の基地は、大連郊外(というよりも大連ソフトウェアパーク南側の小平島)にある。しかし、大連の友人たちのSNSを見ていても、このことを把握している人がいるようには思えない。この事故は大したことはなかったのかな……と思っていた矢先に大連を台風が直撃した。

中央右が大連新港。中央下のピンが原潜基地小平島、間が大連市街

Googleマップに表示された大連・小平島停泊中の原潜らしき潜水艦

大連ではこの大型台風に端を発して、大きく国を揺るがす1週間が始まった。

堤防決壊、毒ガスが大連を襲う?

8月8日、大連市内は台風による雨模様である。中国版Twitterとも呼ばれる「新浪微博」を見ていても、それ以上の情報はない。しかし郊外の金州区は違った。

8日朝、20メートルの高波が大連市金州区大孤山半島の化学工場・福佳大化の防波堤を襲った。

大孤山半島。右が大連新港、下のピンが福桂福佳大化大連工場

高波は防波堤を一瞬にして飲み込み、海水がポリエステル繊維などの原料となるパラキシレン(PX)を貯蔵するタンクの下まで流れ込んだ。これによって猛毒の化学製品が一体に流れ出し、海にも漏れ出す危険があった。

防波堤の崩壊後、大連金州国境警備大隊など各部門が緊急に警察を現場に派遣し、付近住民を避難させた。降りしきる大雨の中、数万人の住民が自家用車やトラック、バスなどで、工場のある大孤山地区からの避難を急いだ。それとともに、現場では400台以上の大型トラックが石材を運搬して堤防の補強にあたったという。

同日の正午、大連市当局や公安、メディアが同工場に駆けつけた。しかし、彼らは数十名の福佳大化従業員に遮られ、殴られたという。また、午後4時半には中国中央テレビ(CCTV)の記者と大連市政府の職員が同工場に入ったのだが、ここでも小競り合いが起きた。

民間の記者が殴られるというのは中国では日常茶飯事だが、国営放送の記者や市政府当局、公安まで殴られるというのは異常事態である。メディアは「暴力で情報隠蔽をはかる福佳大化は横暴すぎる」と批判した。

どうやらこの福佳大化の対応は逆効果だったようだ。メディアの報道をきっかけとして、横暴さの裏にある深刻さが、初めて大連市民に伝わることになってしまった。

力ずくでも危機の隠蔽を図る理由

大連市は2004年に「大連市旧工業基地振興計画綱要」を発表。10年かけて全国最大の石油加工・石油化学製品の高付加価値加工基地を建設する計画を打ち出した。この計画に伴い、面積わずか5.84平方kmの大孤臨港工業地域に化学工業企業が大挙して押し寄せた。今回問題となった福佳大化はその中核となる工場であり、大連市の「六大重点プロジェクト」の1つにも選ばれた。

2008年2月、日立造船の舞鶴工場で製造された化学プラント内部設備(約500トン)が京都舞鶴港から大連の福佳大化に向けて出荷された。舞鶴は大連の姉妹都市であり、舞鶴港のホームページでも、この件が大きく取り上げられた。翌2009年には操業を開始し、中国有数のPXプロジェクトとして立ち上がったのだ。

しかしこの工場、問題はその立地条件にある。

大孤山半島は大連中心部から北東にわずか20km、日系企業の工場が集まる開発区中心部とリゾート地・金石灘の中間に位置する。ここでひとたび有毒ガスが漏れようものなら、大連中心部から開発区までが全滅となってしまう。実は昨年もその危機があった。

大孤山半島の東側にはリゾート地・金石灘が

このコラムの第1回でも少し触れたが、2010年7月の大連新港パイプライン爆発事件である。

その時は原油流出による海の汚染が問題となったが、もっと大きな問題があった。これは後から大連の友人から聞いた話だが、この時は大連市内だけでなく、遼寧省全域から消防車が集められたらしい。海上に流出した原油の処理のためではない。パイプライン爆発事故が起きた西側に位置する福佳大化のPX工場を守るためである。

もし火災が福佳大化まで襲ことがあれば、大連全滅が危惧されていたようだ。噂レベルの話だが、市政府高官達は家族を大連から避難させたとのことである。隣国の原発事故でも同じような話があったとかなかったとか……。

他社の媒体ではあるが、このパイプライン爆発事故は昨年の「大孤山半島危局」という記事にも書かれ、そこではっきりと福佳大化PX工場の危険性が指摘されている。興味がある人はご一読いただきたい。

中国が変わる

今年はついに、大連市民が立ち上がった。

数年前の反日暴動が中国全土を襲った際、大連だけは何事も起きなかった。親日だからではない。反日デモの計画はあったのだが、市政府や企業、大学が押し潰したからだ。しかし、今回は押し潰せなかった。

まず、中国版Twitter「新浪微博」で抗議行動が呼びかけられた。そして14日の朝、大連市政府前の人民広場は抗議の市民で埋め尽くされた。市当局の発表では1万2000人、報道の各種記事では3万人とされている人民による抗議行動である。

日抗議行動を呼びかける8月14日の「微博」のつぶやき

この動きに大連市政府は即座に対応した。共産党トップが市民の前で化学工場の即時操業停止と早期の撤去を異例の早さで約束し、これをメディアが報道した。直前に高速鉄道事故の件で鉄道省報道官が解任されたとか、「高速鉄道で中国は独自の技術を持っていない」といった報道があったが、その延長であろう。

しかし、この先がどうなるかはまだわからない。市政府は即時操業停止を命じたが、実際には操業を再開した。コンビナートだから福佳大化だけを別の地域に移すことは不可能である。話の展開によっては「反日」に転化する可能性もある。

だが、一連の動きはこれまでの中国とは違う。中国は確実に変わろうとしている。

インドも変わる

8月15日はインドの独立記念日である。最もテロの危険性が高い日である。しかし、今年の独立記念日ではテロの話題など吹き飛んでしまった。昨年のコモンウェルスゲームから始まる汚職に対する市民の怒りが爆発したのだ。

テロ、民族・宗教対立、カースト間戦争、毛派の武装蜂起等々、国内の紛争は常のインド。これらはある意味、コミュニティ間の争いである。しかし今回の反「汚職」は違う。初めて「インド国民」が立ち上がったのだ。

話が長くなったので、この話題は筆者の独自コラム「(続)インド・中国IT見聞録」の方で書くこととする。

なお、前回のコラムで予告した「大連で活躍している若き日本人経営者」の話についてはまた次回に。

著者紹介

竹田孝治 (Koji Takeda)

エターナル・テクノロジーズ(ET)社社長。日本システムウエア(NSW)にてソフトウェア開発業務に従事。1996年にインドオフショア開発と日本で初となる自社社員に対するインド研修を立ち上げる。2004年、ET社設立。グローバル人材育成のためのインド研修をメイン事業とする。2006年、インドに子会社を設立。日本、インド、中国の技術者を結び付けることを目指す。独自コラム「(続)インド・中国IT見聞録」も掲載中。

Twitter:Zhutian0312 Facebook:Zhutian0312でもインド、中国情報を発信中。