"トランスフォーメーション"の意味からDXを考える

おそらく、日本はDX(デジタルトランスフォーメーション)が最も普及している国です。ただし、これは残念ながら「DX」という言葉が一番普及しているという意味です。本当にDXがこれほど普及していれば、もっと国際競争力が高まってもいいはずです。

DXとは、デジタル技術を使ったビジネスのトランスフォーメーションを指します。文字通り、主体はビジネスのトランスフォーメーションであり、デジタル化やIT化の最上位にあるものと考えます。

しかしほとんどの場合、日本で使われるDXという言葉は、本質を理解せずにデジタル化の「はやり言葉」として利用されています。製造DX、マーケティングDX、営業DX――など、まるで言葉遊びのようです。私はこのような言葉を「DXお化け」と呼んでいます。

米国のように本当にデジタル化が進んだ国では、これほどまでDXという言葉は乱発されていません。どちらかといえば、「○○Tech」と言われることが多いです。

では、実際のDXはどのようなものなのでしょうか?Wilipediaを見ると、以下のように書かれています。

デジタル・トランスフォーメーションという言葉の初出は、2004年にスウェーデンのウメオ大学教授のエリック・ストルターマン(Erik Stolterman)が "Information Technology and the Good Life" の中で提唱した。ストルターマンは「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」と定義し、下記の特徴を提示している。

デジタルトランスフォーメーションにより、情報技術と現実が徐々に融合して結びついていく変化が起こる。

デジタルオブジェクトが物理的現実の基本的な素材になる。例えば、設計されたオブジェクトが、人間が自分の環境や行動の変化についてネットワークを介して知らせる能力を持つ。

固有の課題として、今日の情報システム研究者が、より本質的な情報技術研究のためのアプローチ、方法、技術を開発する必要がある。

なんか学術的ですね。

2018年に経済産業省が公表した最初のDXレポートでは「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と明確に定義されています。こちらの方がすっきりしていますね。まさにトランスフォーメーションです。

理解されていない"トランスフォーメーション"という言葉

調査会社のIDC Japanの『2022年 国内DX支援サービス需要調査』には、以下のように書かれています。

同調査によると、大企業のDXイニシアティブの8割以上で何らかの支援サービスを利用しています。支援サービスを利用している企業において、最も重要パートナーをたずねた結果では、「コンサルティングファーム(22.2%)」が最多回答となり、以下「SI事業者 / ITサービスベンダー(19.2%)」「クラウド特化型のSI事業者(14.0%)」が続きました。2021年の調査結果と比較して、上位3事業者の回答率は上昇傾向にあり、DXイニシアティブにおいてこれらの「サービス事業者」の重要性が高まっていることがうかがえます。

具体的な利用サービスについての調査結果(複数回答)では、「ビジネス変革の支援」が58.5%と2021年調査に続き最多利用率となり、以下、「デジタルマーケティング / デザイン支援(28.7%)」や「アプリ開発 / SI支援(27.0%)」、「データ分析 / AI / 自動化支援(23.2%)」、「OT / エンジニアリング支援(21.1%)」と続いています。1位となった「ビジネス変革の支援」の内容をさらに具体的にみると、「DX人材の育成 /リスキルの支援」、「業務プロセスの変革 / BPR(Business Process Re-engineering)の支援」、「デジタル戦略の策定 /デジタル事業開発の支援」が、高い利用率となりました。

特筆すべきことは、ビジネス変革の支援の中身が「DX人材の育成 / リスキルの支援」「業務プロセスの変革 / BPR(Business Process Re-engineering)の支援」「デジタル戦略の策定 / デジタル事業開発の支援」であるということ。つまり、まだ「最初の1歩」にすぎないということです。

なぜこのような状況になるかというと、その理由の一つとして、国内ではあまり「トランスフォーメーション」という言葉や経験になじみがないからだと考えます。日本語で「変革」といってしまうと、改善的なイメージを持つのではないでしょうか。海外は逆に、その言葉を乱発しすぎという批判があります。

トランスフォーメーションの動詞の"Transform"は、日本では「すっかり変える」「一変させる」という意味です。皆さんの中で、仕事でが良い方向にすっかり変わった経験はありますか?日本の企業に勤めていると、なかなかそのような体験をする機会は少ないのではないかと想像します。

海外の企業では、取締役の人は結果が出ないと簡単に解雇になります。よって、トップから組織に新しいことを常に取り入れて、変化を促進する傾向がとても強いです。かなりの緊張感です。最近、私も健康保険証として「マイナンバーカード」を使い始めましたが、これは本当にトランスフォーメーションしていると思います。

Transformと同じような動詞に"Change"がありますが、こちらは、もう少し小さい変化のことを言います。日本でいうDXの大半は、「Digital Change」か、「Digital Optimization(デジタルによる業務の最適化)」のことを言っています。

当然ですが、仕事がすっかり変わるトランスフォーメーションの実現は難しいです。25年以上前、リーダーシップ論の大家ジョン・コッター氏は「企業トランスフォーメーションの取り組みの70%は失敗する運命にある」と言い、この難しさを述べています。

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"トランスフォーメーション"の実践方法

マッキンゼー社の記事「What is business transformation?」には、「ビジネス・トランスフォーメーションは、収益の増加、運営コストの削減、顧客満足度と労働生産性の向上を通じて、全体的なパフォーマンスを向上させることを目的としています」と書かれています。

実は、このビジネス・トランスフォーメーションにも何種類かあります。これらを理解すると「DXお化け」は退治でき、正しい変革を起こせる可能性が高くなります。そのトランスフォーメーションとは「オペレーションの変革」「オペレーションモデルの変革」「ビジネスモデルの変革」の3つです。そして、この順番の通りに実装のハードルが高くなります。簡単に説明します。

最上位の「ビジネスモデルの変革」については、私が言うまでもなく、Microsoftのクラウドへの移行や、Googleの広告事業による収益の確保、Amazonの書籍のロングテールのビジネスやAWSとしてのクラウドインフラのサービス提供、Uberのアプリでのタクシー配車のように、事例が多数あります。

これらの企業は、トランスフォーメーションについての経験や文化が確立されており、日々新しいモデルを追求しているのです。そしてこれは、「企業戦略のトランスフォーメーション」とも言えます。

小野塚 征志氏の著書『DXビジネスモデル 80事例に学ぶ利益を生み出す攻めの戦略』(インプレス)は、幅広いビジネスモデルを紹介しているのでお勧めです。なお、HBR(Harvard Business Review)誌の記事「The Secret Behind Successful Corporate Transformations」によると、トランスフォーメーションに成功すると従業員の給与や満足度が上がり、多様性とインクルージョンが向上するようです。頑張りましょう!

「オペレーションの変革」は、日々の業務をすっかり変えることです。例えば、物流においてはAIやロボットを導入して自動化を強力に進める、農業ではIoTやドローンを導入し肥料や水の管理をして精密農業によって面積あたりの生産量を増やす、などです。RPAを導入して、人の操作をロボットという名のスクリプトエンジンで自動化するのとはちょっとレベルが違います。乱暴に言うと、「オペレーションの変革」は、効率化を劇的に高めるために、人やプロセス、関係企業をどうすっ飛ばすかがポイントです。

「オペレーションモデルの変革」は、業務をサポートする組織やその運営の変革です。これは、IT部門にもとても有効なトランスフォーメーションなので、少し詳しく述べます。この変革にはある型があり、その型を取り入れることで比較的容易にすっかりと変えることができます。

ただし、勇気は必要です。「機能名+トランスフォーメーション」という言葉で、オペレーションモデルの変革は実施されます。代表的なのは、人事領域の「HR Transformation」と、マーケティング領域の「Marketing Transformation」です。この2つの領域は、従来は役割をベースに組織が構成されていました。例えば、人事であれば、その役割は、給与、採用、勤怠、教育などです。マーケティングであれば、宣伝、広報などです。

しかし、これが「HR Transformation」と「Marketing Transformation」の名前の下で、組織の目的を再設定し、組織が再構成され、組織の変革を行っています。実は、WorkdayなどのHCMのアプケーションは、タレント管理というよりこちらの目的で導入されてきました。

オペレーションモデルの変革の主な目的は、ずばり、事業部門の抱える問題を解決する現場のサポート強化です。それによって組織のアジリティ向上を狙っており、変化する市場への迅速な対応や、新製品やサービスの提供のスピードアップを目指しています。そのために、デジタルやデータを活用した継続的な組織の進化や一層の業務の集中化・効率化を行います。このような組織は今までは裏方のバックオフィス業務が中心でしたが、企業を機能面でリードする"Change Agent"へと昇華するように期待されます。

このような、トランスフォーメーションされた組織は、役割別ではなく3つの機能に集約されています。それらは「CoE(Center Of Excellence)」「OPE(Operational Excellence)」、そして「フィールドサポート」です。フィールドサポートは組織によって名前が異なり、人事であれば「HR Business Partner(HRBP)」、マーケティングであれば「Field Marketing」となります。

CoEは全社レベルの組織横断型の機能で、全世界のBest Practiceを集約しながら、トランスフォーメーションを企画・設定・管理の実行をします。全体の整合性をとるガバナンスも重要な責任です。Cloud CoEを組織化する企業も増えてきましたが、ここに当たります。

OPEは従来の役割機能を集約したもので、効率を追求しながらフィードサポートの部隊をオペレーション名でサポートします。また、外部のベンダー(例えばマーケティングでしたら広告代理店など)とのインタフェースとなります。

フィールドサポートは、人事であれば事業部の採用や育成など人事戦略面でのサポート、マーケティングであれば営業組織へのパイプライン作成などのサポートが主な仕事です。組織によっては実行を全くしないで、OPEに社内アウトソースする場合もあります。単なるフィールドとCoE、OPEの橋渡しの役割ではなく、Trusted Advisor(信頼されるアドバイザー)になることが求まれます。そのためには、ビジネスや業務の深い理解が不可欠です。

この3つの機能が有機的に連動することで、オペレーションモデルの変革が達成されます。そのためにも、データを主体にした運用が大切です。組織全体にシングルソースのデータベースを作り上げ、すべての機能で共有される必要があります。

IT部門も同じような組織モデルを採用し、ビジネスモデルを変革することができます。いわばIT Transformationです。Gartnerのプレスリリース「Gartner、2022年に日本のCIOがデジタル・ビジネス推進に向けて注力すべきアクションを発表」を見ても、「デジタル化の加速に伴い、CIOとIT部門の役割は、事業部とは独立した『システムの巨塔』」から、事業部に寄り添う『パートナー』に世界中で急速に変革中です」と述べられています。まさにこれは、フィールドサポートの機能です。

これからは、世界のイノベーションやトランスフォーメーションの事例を広く確認して、経験の欠如を知識で補い、ビジネスの変革をデザインする能力を身に付ける必要があります。日本の事例が欲しいという企業も多いですが、トランスフォーメーションについては世界の変革を参考にすべきです。その中で、テクノロジーへの精通度を増すことです。特に経営層が鍵だと思います。それができれば、Global Innovation Indexのランクも上がるはずです。