今、米国で最も注目されていることといえば大統領選です。初の女性大統領か、初のアフリカンアメリカンの大統領か。ニュースにはクリントン氏とオバマ氏のどちらがどこで、どのくらい勝っているかの話題がよく登場しています。そろそろ決まりそうなところまできてしまうと、それぞれの候補者が大統領になったら何をすると言っていたかも忘れ、結果だけが気になってしまうところですが、昨年中は両候補者がどのように改革したいと主張しているのかといった話題もよく聞かれました。その中にはabortion(妊娠中絶)やsame-sex marriage(同性どうしの結婚)に混じって、health careの改革も挙げられていました。誰にでも関係がありそうな、かなり実際的なテーマです。日本人でも、米国に旅にやってきて具合が悪くなればお世話になることがあるでしょう。今回は米国の医療事情について話をしましょう。

米国の医療と聞くと、最先端というイメージがあるでしょうか。たしかに医療技術のレベルは最高ではないかと思われますが、医療費もまた最高レベルではないかと思われます。病院に行けば、ちょっとした病気でも日本円にして数千円から数万円の医療費を請求されます。健康保険でカバーされる分があれば、さほどの支払い金額にならないこともありますが、それでも日本の医療費に比べれば高額です。さらに、処方箋の薬を購入するとそのために数千円かかることもあります。

医療費の内訳もまた、日本人には理解しがたいものです。診察をした医師から直接くる請求書、施設利用費ではないかと思われるのですが、病院からくる請求書、検査をした場合は検査機関からくる請求書というように、一度行っただけなのに、いくつもの請求書が届きます。請求書が届くたびに小切手を書いて送るのですが、場合によっては健康保険が適用されるはずなのに、保険なしの金額で請求されてくるものもあり、うっかりそのまま支払いをすると損をすることもあるので気を付けないといけません。

医療費の支払額が左右される健康保険ですが、このシステムが米国ではとても難解なしろものなのです。読者のみなさんの場合、生命保険や火災保険、自動車保険あるいは旅行保険といった保険はご存じだと思います。保険と言えば、保険会社との契約するわけですが、いろいろな保証内容があり、保険の内容によって掛金もさまざまですね。米国の健康保険はこれとまったく同じタイプの保険です。つまり、保険会社の商品なんです。

保険会社の商品となると、日本の健康保険のように誰でも同じということはまったくなく、誰もが違うといってもいいくらい人それぞれです。とある人の健康保険でどのような診療が可能かといったことはたいていは医療機関側で調べてくれるのですが、保険が効くかきかないかだけではなく、いくらまで保険でカバーされるのかまで違うので複雑です。加えて、医師もまた保険会社との契約があり、以前に「あなたの保険が適用される医師はこの人だけで、今、空いていないから…」と言われたこともありました。

ところが健康保険は日本の生命保険のように自分が保険会社と契約するものではなく、勤務先の企業が社員の福祉として加入するものである点でも複雑さを増しています。つまり、良い健康保険 --- 言い替えると、保険でカバーされる範囲が広くて、カバーされる金額も大きい健康保険を手にするためには、そのような保険を用意してくれる会社に入らないといけないわけです。給料がよくても健康保険があまりカバーしてくれないとなると、いざというときの出費はばかになりません。米国では、どんな健康保険を社員に提供してくれるかは会社選びの重要なポイントになってくるわけです。

では、いい健康保険を提供してくれる会社に入れなかった場合はどうなるか、です。大統領候補のオバマ氏が挙げているhealth care planについて触れられているWebサイトを見ると、uninsured or underinsured、つまり、満足な健康保険を手にできない人の問題が取り上げられていますが、その数、47million(4,700万)人。これだけの人が、世界最高レベルの医療技術を持つ国にいながら、満足に医者にかかることができない状態にあると考えられます。小学校入学前の子供については医療費が無料という東京都江戸川区の住人だった私にはおどろきの現実です。

処方薬もまた複雑です。先日、薬を買いに行った店先で、「あなたの医師は1回で34錠(約1カ月分)を処方すると書いていますが、保険がカバーするのは1回あたり30錠までだから…」と言われました。こんなところまでどのような健康保険であるかが効いてくるようです。この程度なら悩むこともないのでいいのですが、薬の値段そのものが店によって違うというのは日本人には理解しがたい事実です。

渡辺千賀氏がブログに「処方薬はCostcoで買わないと負け犬」(Costcoは"かぁすか"と発音する)というエントリを書いているのですが、かなりの差です。たしかに、Costcoの処方薬売り場は常に待っている人達の列ができています。医療という点では、アメリカ暮らしは楽ではないようです。

日本の中だけで暮らしていると、日本のシステムの良さ/悪さというのが見えてきませんが、いざ外国暮らしをしてみると、いろいろ見えてきます。問題がないわけではないでしょうけれど、日本の健康保険制度はありがたいものだったなぁとしみじみ思います。はたして、米国の次の大統領は健康保険を改善できるのか? 注目したいところです。