前回は製造業における多品種少量生産への対応についてご紹介しました。今回は、その起点となっている市場や顧客のニーズの変化をどのように把握し、共有や活用するのかについてお伝えしたいと思います。

昨年来のコロナ禍によって、営業活動もオンライン化し、マーケティングや販売活動も急速にデジタル化が進みました。こうした様々な「顧客接点」のデジタル化と、その価値を最大化するための取組みをご紹介します。

営業と生産現場

一般的に組織では、営業担当者が顧客との販売交渉を行い、その受注内容をもとに生産側に生産指示が来たり、納期確認をしたりすることが多いでしょう。この当然とも思われているプロセスにも、実は大きな課題が隠されています。

営業側の顧客からの問い合わせ内容や交渉プロセスは、商談一覧のような形で営業部内で共有されていますが、同じタイミングで生産部門にも共有されていることは少ないのではないでしょうか。そのため、生産部門は常に受注が確定してから余裕のない生産計画を立てざるをえなかったり、さらに変更への対応に振り回されるということが日常化することも珍しくありません。

そのため、生産現場では常に営業からの指示やリクエストが突然来るように感じられ、前向きな議論や協力を得にくい状況が発生するのです。

顧客情報の共有

これを改善し、会社全体の対応力を上げてゆくためには、顧客情報は非常に重要になります。

もちろん、定期的に製販会議のような形で顧客情報を共有しているということはあると思います。しかし、たとえば「納期」という言葉が、出荷日を指しているのか、納品日を指しているのかなど定義があいまいであったり、お互い都合の悪い情報を出し合わないなど、十分な共有がされていないケースも見受けられます。

また、顧客情報はExcelシートで管理されていることも多いのではないでしょうか。たしかにExcelは便利なツールですが、ファイルという形で管理されるため、自由に改変でき、複数のバージョンが増産され、どれが正しいものであるかわからなくなるということも発生しがちです。

つまり、関係者全体に共有しようと思っても、リアルタイムに正確に伝えるのが意外と難しい仕組みなのです。

実現する仕組み

Excelの課題を解決しながら顧客情報を共有するには、どのような仕組みが必要なのでしょうか。それがいま注目されているクラウド型のCRM(Customer Relation Management)です。

CRMを使用するメリットは、単にクラウドベースで情報が集約され、どこからでも最新の情報を参照したり、情報を更新できるということだけにとどまりません。CRMはひとつのアプリケーションとして提供されるため、顧客データや商談データはどのような属性情報を持つべきなのか、それぞれのデータの関係はどうあるべきか、ステータスの管理やレポートはどのような観点が必要か、などの要件があらかじめ盛り込まれており、導入するとすぐに世界中で使われてきたノウハウをもとにしたベストプラクティスを使用できるようになるのです。

これにより、これまで自己流で管理していたデータ、複数バージョンのファイルに惑わされることなく、関係者が同じ目線で顧客の情報に向き合うことが可能になるのです。

仕組みだけでなく、組織の意識の変化も重要

このように、「可視化」を進めようとすると、それに対する反発が生じることがあります。これまでは、報告用の「表のファイル」と、手元で管理する「裏のファイル」を使い分け、情報をコントロールしているということも珍しくありません。これはCRMを導入しても変わらない可能性があります。そこで必要なのは、意識の変化です。これまでは、営業にとって都合の悪い情報を出すと上司に怒られたり、評価を下げられてしまうのではないかという心配があるため、情報を使い分けようという動機が生まれます。

しかし、都合の悪い情報、すなわち顧客の生の声や本当の姿こそが企業にとっては「宝物」と認識することが求められるのです。これによって、これまで見えなかった自社製品の課題や顧客満足度などを共有し、改善につなげることができるようになるのです。

つまり、顧客情報を起点とした企業価値の向上には、CRMの導入だけでなく、その情報の価値を理解し、よくない情報も共有することを前向きにとらえる意識が伴わないと、うまくいかないのです。

製造業が顧客情報を活用するメリット

顧客情報を関係者間でリアルタイムに共有し、活用してゆくことによって、生産部門は営業からの指示がくる前に状況を把握し、素早い対応ができることによってリードタイムを短縮したり、無駄をなくしながら、顧客満足度を高めることができるでしょう。

しかし、メリットはそれだけにとどまりません。変化の激しい時代、顧客の接点となり、ニーズを受け止めるのは営業だけではありません。たとえば、使用開始後の相談はカスタマーセンターなどに入るでしょう。ここでは、営業や生産側が想定していなかった使い方をしていたり、それによって思いもよらないメリットや、逆に不具合が生じているかもしれません。これらの情報は、製品の改善や新製品の開発に大きなヒントとなるものです。

これまで、製造業での発想は、製品があり、それを顧客に届け、そのフィードバックを製品に反映させるという流れではなかったでしょうか。しかし、市場が成熟し、ニーズが多様化する市場で適切な価値を提供してゆくには、顧客を起点にして、それをもとに製品を届けるという流れを意識することが重要です。

さらに、顧客情報は企業内で独立して存在しているわけではありません。ERPなどの基幹システムにある製品データや受発注データなどとの連携も重要な要素です。独立したシステムになってしまうと、たとえばCRMで扱われる製品情報とERPで管理されている製品情報が同期されておらず、正しい情報が蓄積されず、活用できなくなってしまうのです。CRMの選択には、このようなシステム的な視点も必要になるでしょう。

以上のように、あらためて製造業における顧客情報の価値と、それを活用する基盤としてのCRMについてご紹介しました。CRMによる顧客情報の共有は、今後の製造業にとって必要不可欠なものになるに違いありません。

次回は、間接材在庫の最適化についてご紹介したいと思います。

著者プロフィール

𡌶俊介(はが・しゅんすけ)
大学卒業後、1994年、日系の監査法人系コンサルティング会社に入社。SEとして会計システム構築および社内システムの構築を担当。
2001年、日本マイクロソフト(現)に入社、主に製造業向けプリセールスや製品マーケティングを約10年にわたり担当。
2010年、デスクトップ仮想化やアプリケーション仮想化ソリューションを提供している最大手のシトリックス・システムズ・ジャパンに入社、約7年間にわたり、アライアンスやマーケティングを担当。
2018年より、NTTデータグローバルソリューションズに入社し、事業戦略推進部副推進部長として、マーケティング全般、人材育成に携わる。現在に至る。