今後の世界経済地図はアジア中心に

キヤノン 代表取締役会長 御手洗冨士夫氏

キヤノンの代表取締役会長 御手洗冨士夫氏は11月10日、同社のプライベートイベント「Canon EXPO Tokyo 2010」にて、「グローバル多角化への挑戦 ~キヤノンの新たな変身~」と題した基調講演を行った。前経団連会長としての経験も踏まえた内容となった同講演では、同社の事業にとどまらず、世界経済の動向を見据えたこれからのわが国のあり方に対する提言も行われた。本稿ではその主な内容を3回にわたってお伝えする。

御手洗会長は今回の講演で、今後の世界経済について言及。2008年から2009年に発生した世界同時不況からの回復が足踏み傾向にあると指摘している。

なかでも先進国の回復遅れは顕著で、米国について同氏は「中間選挙でのオバマ陣営(民主党)の歴史的敗北が象徴しているように、失業率の高止まりや景気停滞が長引いており、消費回復は2015年以降になるだろう」としている。また、欧州については「輸出が好調なドイツなどの一部の国はすでに復興を果たしているが、アイルランドなどの財政不安に端を発する信用不安がまだ残り、先行きは不透明」という見解を示した。

このような状況を打開するカギは、やはりアジアを中心とした新興国だ。

同氏はIMFの資料をもとに、「先進国が今後5年程度はゆるやかな回復にとどまる一方で、年率6%程度で急成長する新興国が"世界の成長センター"となって世界経済を牽引していく」と説明。先進国の"ゆるやかな回復"は、新興国の成長に助けられることになるとしている。

(IMFの資料によれば)世界全体のGDPに占める新興国の割合は、1995年には20%程度だったのが、現在は30%を越すまでになっている。その割合は、2015年には40%程度にまで拡大する見込みであり、同氏は「すでに新興国は企業にとって重要となっているが、今後はその存在を抜きにして経済を語ることはできない」として、ますます重要な市場になるとの認識をあらためて強調した。

とりわけ中国について同氏は、「貧富格差や通貨、エネルギー資源など様々な問題を抱えていることは事実だが、中国は必ずこれらの問題を解決する。今後は"世界の工場"から"世界の市場"へと経済転換し、本格的な変貌を遂げることになるだろう」と語った。

御手洗社長はIMFの資料をもとに、急成長を遂げている新興国の重要性をあらためて強調した

「新成長戦略」をスピード感を持って実現せよ

では日本についてはどうなのか。

御手洗会長は、「昨年の春移行はゆるやかな回復基調にある」としながらも、急激な円高による輸出の鈍化、エコカー補助金の終了、猛暑需要の反動といった特殊要因で、その傾向が足踏み状態にあると説明。「企業業績は回復基調にあるが、新興国が通貨安を是認していることから、企業はこれから10年程度は円高によるプレッシャーに対する相当な覚悟が必要」との認識を示した。

また同氏は、日本を除くOECD(経済協力開発機構)加盟諸国の過去15年におけるGDPの実質年平均成長率が2.8%であるのに対し、日本はわずか0.8%と非常に低い伸びにとどまっていることに対する懸念を示し、これからの日本の成長に必要とされる要素について提言を行った。

同氏が今回の講演でその「原動力になる」として期待を示したのは、省エネ製品、省エネシステム、環境エネルギー分野、ICT活用分野、少子高齢化対応の医療介護分野だ。

同氏は、これらの成長を支えるためには「菅政権が掲げた『新成長戦略』を官民あげてスピード感を持って実現することが必要」だとしている。これには社会保障制度の改革や、景気変動の影響を受けやすい不安定な税収構造の見直しも含まれる。

政府はEPAの加速、TPP参加の早期決断を!

御手洗会長は、FTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)に加え、昨今話題となっているTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)についても言及。

少子高齢化が進み、2005年には総人口が減少に転じた日本だが、同氏はとりわけ15~64歳の「生産年齢人口」の減少が問題であると指摘。この人口は現在8000万人とされているが、厚生労働省によれば、2030年にはそこから1000万人も減少し、7000万人を割り込むとの予測が示されている。

同氏は、「このような状況では、企業がもっと自由に国境を超えてビジネスが行えるようFTAやEPAによる各国との連携強化が不可欠」とし、「韓国がすでにEUとFTAを締結し、米国とも締結間近となっている一方で、日本は未だにアジアを中心としたEPAの枠内にとどまっている。日本はもはやアジアの中でも周回遅れの状況だ」と危機感を示した。このような背景をもとに同氏は「政府は早急にEPAの加速、TPAへの参加について決断すべきだ」と訴えた。

TPPに関しては国内でも参加に反対する声も多いが、同氏は「農業においても生産性向上を図る大きなチャンスと捉えるべき」との考えを示し、このような施策を加速できるのであれば、日本にはまだ成長する可能性があるという。

とはいえ日本は極東の島国。同氏は「これまで日本は外貨を獲得することで成長してきたが、これからもその必要性は変わらない」とし、現在も1000万人の就業人口を抱える製造業が、あらたな成長のための牽引役であり続けなければならないと強調した。

御手洗会長は、少子高齢化を背景とした「生産年齢人口」の減少について危機感を示し、国境を越えたビジネスのさらなる自由化の必要性を訴えた

東京国際フォーラムの基調講演会場はほぼ満員に