1. 課題と解決策

製造業に限らず事業が市場で成功するための必須の3要素は、1に良いものを、2に安く、3に早く、市場に供給することですが、製品の設計開発における基本的な課題もこの3つの要素と同じです。無線組込機器設計の電気電子エンジニアも常に、他社製品よりも優れた性能・品質で、低価格(低コスト)な新製品を、他社よりも早く市場に出すことを求められています。

たとえば、製品に組み込む無線モジュールや電子部品などの選定作業も重要な設計課題の1つですが、エンジニアは安くて良い部品を早く選定し、試作品が完成したら早く正確に性能や品質を評価することを目指さなければなりません。その次の段階には、設計仕様を満足させるためのデバッグ評価があり、製造出荷の前には電波法規制のクリアが設計課題として待ち構えています。

Wi-Fiモジュール1つとっても、今やあらゆる機器に搭載されるようになってきており、それらの機器すべてで接続性などの評価が求められるようになっている(出典:テクトロニクス社 アプリケーション・ノート)

主な設計課題:

  1. 無線通信モジュール(通信方式)の選定
  2. 設計仕様を満たしているかどうかの技術的なデバッグ評価
  3. 電波法規制のクリア
  4. フィールド・トラブル時の原因究明と対策

エンジニアは職人ですが、ベテランの職人は優れた道具を使いこなして早く正確に仕事をこなすことで周囲から尊敬され、信頼されます。上述の課題を解決するために、エンジニアの強い味方として、道具=測定機器があります。

では、無線組込機器設計時に使う道具=測定機器にはどのようなものがあり、どのように使いこなせば良いのでしょうか?

2. 測定器の種類は? 何を測定する?

無線組込機器の設計で使われる測定器というと、主には周波数や電力を測定することのできる「スペクトラム・アナライザ(以下、スペアナ)」が定番ですが、周波数ドメインの測定機器としては他にも、EMIレシーバ、シグナルアナライザ、電界強度計、RFパワーメータ、周波数カウンタなどさまざまな測定機器があります。また最近は、オシロスコープにスペアナを内蔵させて、周波数ドメインと時間軸ドメインの相関測定ができる新しい測定器も開発されています。これらの測定機器が使われる目的・用途は大きく2つに分かれます。1つ目が「デバッグ評価」、そして2つ目が「法規制評価」です。デバッグ作業では設計開発要求の性能・仕様を満足しているかどうかを測定機器で評価し、法規性評価では、EMI/EMCのノイズ規制値や電波法の法規制値をクリアできているかどうかを測定機器で評価します。これらの測定機器の主な用途と基本性能を知っておくことで、どのような場面でどのような測定器を使用したら良いか判断することができ、設計の効率を上げることができます。

(1) EMIレシーバ

主にCISPRなどのEMI/EMCノイズ規制適合証明などの法規制評価の用途で、電波暗室内やシールドルーム内で使用され、周波数に対する電力値を測定します。広いダイナミック・レンジ、内部ノイズが少ない、QP(準尖頭値)検波機能があるなど、高精度・高性能の基準器的な測定器ですが、その分、測定速度は比較的遅く測定評価には多くの時間を要します。価格は500~1,500万円と高価な測定器です。

(2) スペアナ

無線組込機器設計では最も汎用的に使われる測定器で、周波数電力の測定が主な用途ですが、空中線電力や、スプリアス(不要輻射)隣接チャネル電力比(ACPR)などの法規制の測定機能がある製品もあり、デバッグ評価だけでなく、法規制評価の事前検証(プリ・コンプライアンス試験)にも使えます。スペアナには、旧来のスーパーヘテロダイン技術を使用したアナログ掃引型のスペアナと、FFT(高速フーリエ変換)の技術を使用したFFT方式のスペアナがありますが、どちらも価格は30~300万円と比較的安価です。

隣接チャネル電力比の測定例

(3) シグナルアナライザ

主にデジタル無線通信のデバッグ評価に使われます。位相変調などの複雑なデジタル通信の変調方式を評価するためには、時間軸で信号の位相変化と信号品質(EVMなど)を測定評価できる機能が必要になります。位相の変化は複素数のベクトル値でサンプリング測定しますので、ベクトルアナライザとも言われます。無線モジュールの選定時に、複数のベンダの試供品の信号品質を比較検討する場合に、EVM値の測定結果を比較の選定要素にすることができます。価格は300~1000万円と比較的高価です。

テクトロニクス社の「RSA5000B型 シグナルアナライザ」

(4) 電界強度計

主にフィールド用途で使用します。放送や無線通信のサービスエリア、妨害波などの電波の強度をV/m やdBμV/mを単位とした電界強度の絶対値で測定します。アンテナ係数付のアンテナが必要です。価格は5~150万円と比較的安価です。

(5) RF(高周波)パワーメータ

主に、空中線電力測定の用途で、法規性評価で使われ、広帯域な送信出力の平均(実効値)電力の測定が主な用途ですが、ピーク電力の測定と、パルス波や変調信号でも簡便に正確なパワー測定ができるので、デバッグ評価でも使用されます。価格も30~80万円と比較的安価です。

テクトロニクス社の「PSM5410型 USBパワーメータ・センサ」

(6) 周波数カウンタ

主に正弦波の無線キャリア周波数や矩形波、三角波などの単純な波形の周波数を高精度で測定する用途で法規制評価デバッグ評価時に使用されますが、変調信号のような複雑な波形の周波数は原理的に正確な測定はできません。価格は20~150万円と比較的安価です。

テクトロニクス社の「FCA3000型 周波数カウンタ」

(7) USBリアルタイム・スペアナ

スペアナの汎用性とシグナルアナライザの高機能を合体させて低価格化を実現した新しい測定器です。デバッグ評価にも、法規性評価の事前検証(プリ・コンプライアンス試験)にも、デジタル通信の品質評価にも使えるオールマイティな測定器です。アンテナ係数付のアンテナを使うと電界強度も測定できます。手のひらサイズの小型・軽量なのでフィールドでも使用でき、価格も40~60万円と比較的安価で、これからの無線組込機器設計においては、エンジニアの必需品にもなるかもしれません。

テクトロニクス社の「RSA306型 USBリアルタイム・スペアナ」

(8) ミックスド・ドメイン・オシロスコープ

オシロスコープとスペアナ、ロジック・アナライザの3台の測定器を1台に合体して時間軸の相関評価を可能にした新しい測定器です。主にデバッグ評価の用途で使われますが、アナログ(オシロスコープ)、デジタル(ロジック・アナライザ)、RF(スペアナ)が合体したことで、トラブル時の原因究明・切り分けと、対策に要する時間短縮の効果を得られる有用な測定器です。

テクトロニクス社の「MDO4000B型 ミックスド・ドメイン・オシロスコープ」

著者紹介

中塚修司(なかつか・しゅうじ)
テクトロニクス社 アプリケーション・エンジニア