妊娠を機に、新卒入社した会社をわずか1年で退職――。そう聞くと、その後は家庭に入り、主婦業に励む女性の姿を想像しがちなのではないだろうか。しかし、20代後半~30代で出産する女性たちと比べて、20代前半に出産することで第二のキャリアを早いうちからスタートする女性も中にはいる。

スポットコンサル(短時間の電話・対面会議)プラットフォーム「ビザスク」を開発・運営するビザスク 代表取締役社長の端羽英子氏はまさにそのタイプだ。ゴールドマン・サックスを1年で退職し、出産を経たあと、専業主婦期間中にUSCPA(米国公認会計士)資格を取得する。

ビザスク 代表取締役社長の端羽英子氏

その後、日本ロレアルで予算づくりや予実管理など金融関係業務を担当したのち、夫が留学するのを機に渡米し、MBAを取得。離婚というライフイベントも経験し、帰国後は投資ファンドのユニゾン・キャピタルで約5年勤めた後、2012年に起業し今に至る。30代後半にして、激動の15年あまりを過ごしてきた経営者だ。

組織を抜けて家庭に入った女性のスキルを活かしたい

端羽氏 : ゴールドマン・サックスを1年で退職したときに「組織の中で私はもう上にいけない」と悟り、いつかは起業するだろうなと思っていました。事業内容は全然考えていませんでしたが。

当時の東海岸はバイオベンチャーブームで、金融出身の私が起業したいなんて、おこがましいなと感じたのを覚えています。だから、まずは修業を積む目的でユニゾン・キャピタルに入社し、経営全体を見る仕事を経験しました。いずれ、会社を作るときに役に立つと考えていたためです。

―― ユニゾン・キャピタルを退職されるころから、事業内容を考え始めたのですか?

「個人の知識やスキルが活きるサービス」を軸にアイディアを20個ほど考えていました。当時は周囲に、子どもができたことで仕事を辞め、家庭に入る女性が増えたタイミングだったこともあり、どちらかというと女性寄りのサービスを思い浮かべていましたね。

私が家庭に入ったときは23~24歳ころでしたから、働きたくてたまらなかったです。でも、企業に10年勤めた女性たちにとっては、「これまで十分仕事をやってきた」という感覚があって、家庭に入ることを決めるのだろうなと。彼女たちは、経験やスキルをたっぷり持っているので、もったいないと感じました。だから、家庭に入ってからも活躍できるサービスを作りたいと思ったんです。

最終的に残ったアイディアはECプラットフォームでした。でも、ECに詳しい方に話を聞いてもらい、アドバイスをいただくと、ビジネスそのものをわかっていないと、1時間ほどダメ出しをいただいてしまい……(苦笑)。前職でECを担当していたので、理解できていると思っていたのですが、甘かったようです。

でも、そうやって、なぜ私のアイディアが良くないのか解説してもらっている瞬間に「そうか! これだ!」とピンときました。これって、まさにコンサルそのものなんですよね。

海外にはその道に詳しい人にヒヤリングするサービスが実際に存在し、ビジネスとして成り立っていました。これを知り、こういったサービスであれば、お金を払って教えてもらう側、知識を惜しみなく提供する側、双方にニーズがあると確信しました。自身も起業に悩んでいる身だったので、これは良いアイディアだなと。2012年春ごろの話です。

加えて、「SHARE」というベストセラー本からも影響を受けました。内容に共感し、知識はシェアするものだと実感したんです。その後、シェア関連の言葉が流行り、クラウドソーシング系のサービスを見ていると、エンジニアやデザイナーがスキルをアピールして個人で仕事をとっている姿に感銘を受けて。同時に、文系ビジネスマンは経験やスキルに名前をつけにくく、アピールしづらいなと感じました。こういった知識や経験を外にどんどん出していけたらなと思ったんです。

β版、まさかの「認証かけ忘れ」 ―― その無知がプラスの効果を生んだ

―― サービス開発はどのように進めていきましたか?

2012年7月に退職し、8月までは子どもと旅行をしていました。9月からそろそろ動き出そうと思い、β版の開発を始め、完成したのは年末です。とてもミニマムなβ版でクローズドβと呼んでいましたが「認証をかける」という知識がなく、誰でもアクセスできる状態でした(笑)。これが嬉しい誤算で、使ってくれる方がぽつぽつと現れ始めたんです。

―― 驚いてしまうエピソードですね。エンジニアはどう集めましたか?

サービスの軸を決めた3月ごろ、知人の紹介で知り合ったエンジニアに開発を依頼しにいきました。「外注したい」「目利き役になってほしい」と伝えると、「そんなにふわふわしたアイディアしかないなら、外注なんてできないし、要件定義も無理です」と言われ……。そう忠告してくれた相手が現在のCTOです。

ビジネスアイディアがしっかりと固まったタイミングで、彼がモックを無料で作ってくれました。その後、彼が信頼しているエンジニアにβ版を作ってもらいました。当時はフルタイムで働いていたのは私だけで、彼らは週末に手伝ってくれていましたね。

でも、エンジニアにフルタイムで入ってもらわないと、サービスはなかなか立ち上がらないことに気づきました。結果、2013年7月と12月に1人ずつフルタイムでジョインしてもらいました。

―― β版をリリースしたあとは、どう進めていきましたか?

お恥ずかしい話ですが、当時は「β版リリース」の意味すら理解していませんでしたし、その後のマイルストーンも決まっていなかったんです。ひとまず、2012年のうちに成し遂げたこととして、記念・記録的にリリースしたようなものでした。当時知り合った方々からあとになって「ビザスクは立ち上がらないと思っていたよ(笑)」と言われたくらいです。

それでも2013年6月には、経産省の「多様な人活支援サービス創出事業」に採択されることが決まり、資金も入ってきて、徐々に成長させることができました。運営する中で、ビザスクを使いたいのは法人だと気づき、法人向け機能などを加えて2013年10月に正式版をローンチしました。

―― その後は好調で、2014年3月には7,000万円、2015年7月には2.6億円の資金調達を実現しましたね

2014年はとくに、「シェアリングエコノミー」や「クラウドソーシング」などの言葉をよく聞くようになった時期でした。さまざまなシェア系のサービスがある中、ビジネスならビザスク……というように取り上げられるようになっていったんです。

実際に2014年9月ころから登録者が増え始め、12月には登録者数が1万人を超えました。ほとんどが知識を教える側ですが、うち約7割が在職者であるため、ときと場合によっては知識を聞きたい側になります。

面白いのは、サイトを見ていただくとわかるように、マニアックな質問が非常に多いこと。ビザスクには法人版のサービスもあり、クライアントの問いに答えられる人が見当たらない場合は、私たちが必死でアドバイザーを探しにいっています。もちろん並んでいる質問を見て、こういうことを聞きたい人がいるのか、自分はこれなら話せるから、と登録する方も多くいます。ニーズに伴って登録者が増えている印象です。

ムダなプライドなんて捨てろ

―― 今、立ち上げ期を振り返って「こうしておけば良かった」と思うことはありますか?

もう少し私の年齢が若かったらそうしていたかもしれないな、と思うことはあります。立ち上げ当時、アドバイスをくださった起業家さんが「うちの会社に1回入ると良いよ。うちならエンジニアのリソースもあるし」とおっしゃってくださったんです。

魅力的でありがたいお話だと思いましたが、私には起業前にそこで働く時間は残されていないと考え、すぐに起業しました。でも、もし時間があって、現状だとやりたいことが実現しないと思うなら、リソースを活用させてもらう感覚で一度どこかに入社するという選択も良いと思います。

―― では逆に、やっておいて良かったと思うことはありますか?

恥ずかしげもなく、とにかくいろいろな人に話を聞きに行ったことです。Webやスタートアップ界隈は、なんとなく村社会っぽいところがあり、入り込みにくいなと当時は感じていました。さらに、金融出身ということもあって、誰にアクセスすると良いのかわからず、基本的には人づてで少しずつつながりを広げていった感覚です。

起業アイディアを内緒にせず、むしろ「こういうサービスやりたいんです!」とオープンにする姿勢は、珍しがられましたね。私としては業界の方から率直なフィードバックをいただきたい気持ちでいっぱいで、ソーシャルランチなど当時流行っていたいろいろなWebサービスを通じて、人と会っていました。

―― いろいろな声を聞く中で、取り入れるもの、取り入れないものをどう取捨選択していましたか?

よく「人の意見に惑わされないように」と言われますが、私は逆だと考えています。万物から謙虚に学ぼう、という思想なので。もちろん、すべて受け止めたり、その通りに動いたりする必要はありません。でも、情報としては価値があります。「自分の引き出しを増やしていっている」と考えれば良いのではないでしょうか。

あとになって「あのとき、あの人が◯◯と言っていたから、また話を聞きに行こう」と思い出すこともたくさんあります。ですから、「今回は無駄足に終わった」とか「正論は言えるよね」と思わずに、「引き出しが増えて良かった」といつも感謝の念を持っています。

ビザスクという会社においても、その考えを引き継いでいます。たとえば何かを決めるとき、少なくとも3人の意見を聞きます。みんな、多角的に良いことを言ってくれるなと感じています。

ちなみに、会社で大きく5つ「大事にすべきこと」を決めていて、その1つが「プライドはクソだ」というもの。言葉のままですが、「プライドばかりが高くて学べないのはもったいない」という意味です。新しい物事を始めるときには特に、自分が一番下っ端であると自覚し、「何でも教えて下さい」というスタンスであるべきなのかなと。そうあれば楽しめますし、適応力や行動力にもつながると思うんです。

(なお、残りの4つは、「最初から海外を見よう」「広げる努力は全員でしよう」「一流であれ」「圧倒的な一番になる気持ちでやる」というもの)

―― 最後に、今後の展望を教えてください

グローバル化を迫られていることもあり、近い将来、海外展開を実現する予定です。日本の登録者に「海外のことを調べたい」という方は当然いますし、海外在住の日本人も増えていますから。海外の方が日本のマーケットを調べたいから、とやってくることも少なくありません。2016年中にはアジアに拠点を持ち、世界レベルで知識を共有できるプラットフォームにしていきたいと思っています。

【編集後記】
連載「若き起業家たちの夢とその戦略」をご愛読いただき、ありがとうございます。本連載は、今回をもちまして終了となります。

これまで、著しく成長するスタートアップや今までに無いサービス・市場に切り込む企業を対象に、創業までの道のりやこれまでの軌跡と戦略、そしてこの先に見据える未来を取材してまいりました。くわえて、過去の出来事に対し、創業者・起業家のみなさんが何を考え、悩み、楽しんできたかを明らかにすることで、彼らの人柄や想いを一人でも多くの方に伝えたいと考え取り組んできた企画です。

現場では、真剣な表情だけでなく、感極まって言葉をつまらせたり、とびきりの笑顔を見せる起業家のみなさんの姿が強く印象に残っています。当たり前のことではありますが、メディアを通じて見る彼らも喜怒哀楽を持つ一人の人間であることを、改めて感じました。

取材にご協力いただいたみなさま、インタビューと執筆を担当してくださった池田園子さま、そして読者のみなさま、本当にありがとうございました。
マイナビニュース編集部 原田綾子