韓国科学技術院(KIST)は2015年2月16日、月探査車(ローヴァー)の試作機を公開した。開発が順調に進めば、2020年にも打ち上げたいとしている。
しかし、この目標の達成に向けては大きな困難が待ち受けている。韓国にとって月探査車の開発が初めてであるということ以上に、打ち上げに使うロケットもまだ存在しないためだ。
韓国の月探査ローヴァー
ローヴァーとは、英語で「流浪者」を意味する言葉で、そこから転じて、月や惑星などを走って探査する、探査車を指す言葉として使われている。
今回KISTによって公開された月探査ローヴァーは試作機、より正確にいうと概念実証機と呼ばれるもので、実際に月面で走る能力はなく、設計の妥当性や、実機の開発に必要な技術を試験することが目的である。
ローヴァーの車体にはジュラルミンと炭素繊維強化プラスチック(CFRP)が使われている。6輪ある車輪もジュラルミン製で、それぞれに独立したモーターを持っているという。
機体の寸法は全長70cm、全幅50cm、全高25cmで、全備質量は20kgだという。ただ、7kgの科学機器を搭載する想定で作られており、車体そのものは13kgとなる。この大きさは、これは他国の月探査車と比べると小柄だが、グーグル・ルナー・Xプライズ(Google Lunar XPRIZE)に参戦しているチームの中には10kg台のローヴァーを開発しているところもあり、小さすぎるというわけではない。
KISTによれば、このローヴァーの最大の特徴は胴体が2つに分割されていることにある。これによりローヴァー全体がサスペンションのように機能し、障害物を乗り越える際に車輪が地面を捉え続けることができるようになっている。この機構は「パッシヴ・ダブルトラック・メカニズム」と名付けられており、KISTが以前開発した「ROBHAZ」と呼ばれる、危険な環境下で作業するためのロボットの技術が応用されているという。地球上の自動車で使われているようなサスペンション機構は、月ではそのまま使えないため、これは妥当な解決策だ。
最高速度は秒速4cmで、約30度の坂を上ることができ、約5cmの石を乗り越えられるという。この性能は月探査ローヴァーとしては妥当なものだ。地球と月との通信には往復で3秒ほどのタイムラグが生じるため、ある程度自律して走行する必要がありスピードは追求できず、また大きな坂や障害物を踏破でき、なおかつ月面でも使えるモーターや軸受けなどの開発は非常に難しいという事情があるためだ。なお、軸受け部分に関しては、高真空状態の月面でも使える固体潤滑軸受を新たに開発したという。
また、今回公開された試作機には取り付けられていないが、完成予想図によれば、車体の前部にはグラインダー方式の研磨システムを持ち、月面の岩を削って分析が行える科学機器が取り付けられるようだ。また車体前部の上面にはステレオカメラがあり、上下左右に回転できるようになっている。電力は上面に搭載された太陽電池によってまかなわれるとされる。
ところで、月探査ローヴァーにとって最大の敵は月面の温度環境だ。月はおおよそ2週間ごとに昼と夜が訪れ、昼の温度は120度、夜は-180度にもなるため、月探査車にとってはこの夜を越える技術が必要となる。これを越夜技術という。
かつてソヴィエト連邦が1970年代に打ち上げた月探査ローヴァー「ルナホート」には、ポロニウム210という放射性物質が搭載されており、その崩壊熱によって車体を暖め、機器を月の夜の低温から守るようになっている。また中国が2013年に打ち上げた「玉兔号」にもプルトニウム238を使ったヒーターが搭載されている。韓国MBCの報道によれば、韓国のこのローヴァーにも放射性物質を使ったヒーターが搭載されることになるという。一説にはストロンチウム90を使うとされており、韓国は宇宙用のプルトニウム238の生産技術は持っていないはずであることから、事実なら妥当な選択である。
韓国はこの月探査ローヴァーを、韓国の国産ロケットである「KSLV-II」を使い、2020年12月までに月に送り込みたいとしている。月探査ローヴァーは月着陸機に搭載される形で打ち上げられ、着陸機などをすべて含めた質量は550kgほどになるという。
またその前には、月の軌道を回る探査機を打ち上げるという。おそらく月までの飛行や、月周回軌道への投入の実証、月探査ローヴァーが着陸する場所の選定を行うものと思われる。
韓国航空宇宙研究院(KARI)が公開している月探査のアニメーション (C)KARI |
2020年に打ち上げ
もともとの計画では、2023年に月を周回する探査機を、そして2025年に月探査ローヴァーを送り込むという予定だったが、2013年に朴槿恵(パク・クネ)大統領が「2020年に月に太極旗をはためかせる」と宣言したことで、計画が5年繰り上げられたという経緯がある。この背景には朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の存在があるのだろいう。だが、この目標を達成するのは非常に困難だ。
月周回機は既存の人工衛星の改造で造ることができ(実際、中国やインドが打ち上げた月周回探査機は通信衛星を流用して作られた)、韓国はすでに人工衛星の技術は持っているため、開発はさほど難しくはないかもしれない。だが、月面のある狙った地点に向けて、正確に、そして壊れないようにゆっくりと着陸するための着陸機の技術はまったくないため、一から開発し、地上でできる限りの試験を行わなければならない。
月周回機、月着陸機、そして月探査ローヴァーを10年足らずで開発することは不可能ではないが、打ち上げた結果、月面に激突したり、着陸はしたもののローヴァーが故障したりと、失敗しては元も子もない。ミッションを確実に成功するための開発や試験を行うことを考えると、この時間の短さは非常に厳しい。
さらに付け加えるなら、2015年の月探査機の開発予算はほぼゼロであり、ソフトウェアなどの開発のみに注力せざるを得ない状況にあると報じられている。
そしてもうひとつ、大きな困難がある。地球から月へ打ち上げるためのKSLV-IIロケットが、現時点ではまだ存在しないのだ。
(次回は3月10日に掲載予定です)
参考
・ http://www.kist.re.kr/kist_web/?sub_num=46&state=view&idx=822
・ http://www.kist.re.kr/kist_web/?sub_num=1380
・ http://www.nature.com/news/south-korea-reveals-moon-lander-plans-1.14159
・ http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=14-06-01-22
・ http://english.chosun.com/site/data/html_dir/2015/02/17/
2015021701757.html