その道を極めた研究者ならば、きっと愛してやまないお気に入りのものがあるはず――。本連載ではさまざまな分野で活躍されている研究者の方々に、ご自身の研究にまつわる“好きなもの”を3つ、理由とともにあげていただいています。

今回は、巻貝の「巻きの進化」について研究を行っている海洋生物学者 清水啓介さんお気に入りの"貝のかたち"をご紹介します。

研究者プロフィール

清水啓介 (Keisuke SHIMIZU)
海洋研究開発機構(JAMSTEC) 海洋生命理工学研究開発センター 生命機能研究グループ ポストドクトラル研究員。1985年生まれ。信州大学理学部生物科学科にて巻貝の「巻きの進化」の不思議と出会い、研究をスタート。東京大学大学院理学系研究科にて貝殻の螺旋成長を制御する遺伝子を探索する研究を行い、2014年に学位を取得。現在はJAMSTECにて、ミジンウキマイマイ(翼足類)をはじめ、主に巻貝を使って海洋酸性化による貝殻形成への影響と適応進化の可能性を探る研究を行っている。貝殻形成だけでなく貝殻の形づくりに興味があり、将来的には世界中に存在するさまざまな貝殻のデザインがどのような仕組みで進化してきたのか紐解きたい。

<研究紹介>
貝の特徴である貝殻がどのような遺伝子(設計図)によって作られているのかを研究しています。具体的には昆虫や魚などの頭や脚、翅といった特徴的なパーツを作る遺伝子をヒントに貝殻づくりに重要な遺伝子を探索しています。これによって遠い昔に貝の祖先がどのような設計図を手に入れたのかを探ることができます。また、最近では貝類の過去だけではなく未来についても実験的な予測を行なっています。たとえば、貝類は産業革命以後の海洋の酸性化によって貝殻が溶けるという影響を受け始めていますが、このような環境でも負けずに生き残っていけるのかどうかを明らかにするため、船に乗って貝を採集したり、遺伝子の解析を行ったりしています。

1. ノタウチガイ(Opisthostoma)

こんな形もアリ!? という奇妙奇天烈な形をした1mmにも満たないマレーシアに棲むカタツムリ。驚くべきはこんなヘンテコな形がデタラメではなく寸分の狂いもなくきっちりとコントロールされて作られているということである。成熟するまでの間に数回成長パターンを変更しているというだけで、ほかの巻貝の形と同じ理論モデルで説明できるが、実際にどのようなメカニズムで作られているかはわかっていない。この形の3Dデータをパソコン上でぐるぐる動かして眺めていると、世界にはまだまだこんなヘンテコな巻貝がいるのではないかとワクワクさせられる。

「ノタウチガイ」の写真。左:Opisthostoma vermiculum (Clements et al. (2008) Biology Letters 4: 179-182より引用) 中央:巻き方向の変化前 (Opisthostoma fraternum) 右:巻き方向の変化後(Opisthostoma fraternum)

2. カメガイ(Cavolinidae)

現在研究している翼足類の仲間。名前からも想像できるように足が翼のように変形していて、外洋をパタパタ泳いで生活する一風変わった巻貝。海流に乗って世界中を冒険できる生活スタイルも好きなのだが、貝殻のかたちもとても興味深い。まるでSF映画に出てくる宇宙船のような形で、巻貝の仲間とは思えられないような形の貝殻である。大きさは数mmと非常に小さな巻貝だが、薄く透き通った貝殻は美しく、螺旋状や鎗状などさまざまな形の貝殻をもつ仲間がいるため、顕微鏡をのぞくとまるでミクロ世界のガラス細工を見ているようである(実際の材質はガラスではなく炭酸カルシウム)。

「カメガイ」の写真。左・中央:Cavolinia uncinata 右:顕微鏡でみた翼足類など

3. マレーマイマイ(Amphidromus)

一見すると普通に巻いた殻を持つカタツムリなのだが、注目していただきたいのはその巻き方向(写真左)。世界中にいる貝のほぼすべての種は右巻きか左巻きのどちらか一方に巻く方向が決まっている(たとえばサザエは右巻き)。しかし、マレーマイマイは右巻きと左巻きが約1:1の頻度で存在している不思議なカタツムリである。しかも、右巻きと左巻きの貝殻は鏡写しで重ねることができず、微妙に形が違うことが知られている。なぜ右巻きと左巻きの両方がいるのか、なぜその形はきれいな鏡像対称にならないのか。巻貝研究を始めるきっかけにもなった巻貝のひとつ。巻き方向がどちらかに決まっている種でもごくまれに逆巻の突然変異体が野外で見つかることがあり、 研究に使われている(モノアラガイ、写真右)。

「マレーマイマイ」と「モノアラガイ」の写真。左:Amphidromus perversusの右巻と左巻(Grande & Patel (2009) Nature 457: 1007-1011より引用) 右:Lymnaea stagnalisの右巻と左巻(突然変異体)