プロトラブズ社長トーマス・パンの日本のものづくりについて語り合おう! シリーズの第二回目。前回に引き続き、東京大学大学院経済学研究科教授藤本隆宏氏との対談の模様をお伝えする。前回の最後に藤本氏が語った「日本のものづくり現場に合ったITの活用」とは何か? その答えが明かされる。

<対談者> 藤本 隆宏氏 東京大学 大学院 経済学部 経済学研究科 教授
ハーバード大学上級研究員、独立行政法人経済産業研究所ファティカルフェロー等を歴任。現在は、東京大学経済学研究科ものづくり経営研究センターのセンター長を務める。 トヨタ生産方式をはじめとした製造業の生産管理方式の研究で知られる。 著書として「ものづくりからの復活―円高・震災に現場は負けない」(日本経済新聞出版社発行)などがある。

サッカー型ものづくりの日本と、野球型ものづくりのアメリカ


藤本氏: ドラッカーは、日本のものづくり組織はサッカーチーム型、アメリカは野球型だと言っています。サッカーは、ある程度のポジションは決まっていますが、状況によってはディフェンスが攻めに参加し、オフェンスが守りに入ります。つまり「多能工のチームワーク」がその特徴です。一方、野球の場合は、より明確に固定的なポジションが決まっている「分業型」です。
本質的に「移民の国」であるアメリカは、流入する移民を即戦力で使うことによって強い産業を育ててきました。つまり、擦り合わせ(調整)をできるだけ減らす「分業型」の現場がアメリカには多く、そうした現場は、設計の調整をあまり必要としないモジュラー型(組み合わせ型)の製品で競争力を発揮しやすいのです。
一方、日本はアメリカと違って、移民の大規模な流入なしで高度成長しましたので、その時期の慢性的な労働力不足のため、いったん雇った人を大事にする長期雇用が定着しました。その結果、長期雇用者の間のチームワークが発達し、調整力の高い「統合型」の現場が日本にたくさんできました。また、猫の手も借りたい状況であったため、分業している余裕はなく、作業者や技術者は多能工化する傾向がありました。こうした調整力のある現場は、設計や作業の調整を多く必要とするインテグラル型(擦り合わせ型)の製品を得意とします。小型自動車や機能性化学品や、かつてのアナログ家電はその典型例です。

パン氏: そのような擦り合わせ型のものづくりとしては、他にも医療機器なども考えられると思います。しかし、その分野については、とくに欧米の医療機器メーカと比較すると日本のものづくりが強いという話は、あまり聞きません。これは何故なのでしょうか?

東京大学 大学院 経済学部 経済学研究科 教授   藤本 隆宏氏

藤本氏: 本来は強いはずです。事実、内視鏡など一部の分野では、日本の製品は高く評価されています。ただ、日本は規制が厳しいので、特に体の内部に入っていくような機器では、輸出産業は十分に育っていません。もちろん、命を預かるものなので、厳しい安全規制は必要です。また、自動車のように、厳しい安全・環境・エネルギー規制が、製品設計の複雑化やインテグラル化をもたらし、それが調整を得意とする日本の国際競争力の源泉になっている場合もあります。しかし医療機器の場合は、どう見ても規制過剰で、結果として日本は潜在的な輸出産業を一つ潰していると言わざるを得ません。

パン氏: 厳格な規制が、日本のものづくりを疎外していると。

藤本氏: そのような側面があると思います。たしかに国の規制の中には、自動車の環境規制のように、社会的に意義があり、かつ日本産業の競争力に貢献しているものもありますが、その一方で、医療機器や医薬品のように、国際的に見ても明らかに過剰な部分があり、その結果、日本の産業発展を阻害しているような規制もあるわけです。今、なんらかの規制緩和が必要なのは、後者のタイプでしょう。

世界と戦うために、日本のものづくりに必要なこと

パン氏: 今後、日本の製造業には何が必要になるとお考えでしょうか?

藤本氏: 今、改革を最も必要としているのは、逆境に対抗して能力構築を続けてきた「ものづくり現場」ではなく、近年、意思決定の質の低下が指摘される大企業の本社や経営者の方でしょう。「うちの役員会は空気でものを決めて失敗している」と心配する当の役員の話を私はよく聞きます。
日本の「強い工場・弱い本社」症候群に対しては、即効薬はないかもしれませんが、一つ考えられることは、ここ20年で強くなった日本のサッカー、Jリーグに学んで、優秀な外国人など「異質人材」を本社中枢のチームにもっと登用することです。要するに本社の意思決定ボードのダイバーシティ(多様性)を確保するのです。Jリーグは、世界で通用する一流の外国人選手を国内リーグに呼んで一緒にプレイしてきた結果、国内で試合をしながらも、海外で通用する選手が多く育ちました。 日本の大企業の本社も、外国人の本社人材、外資系企業の出身者、海外拠点を長く経験した社員、女性幹部、若手抜擢者、有力な社会取締役など、異なる視点から空気を読まずに発言する異質人材を、つねに一定数、社内や意思決定ボードに確保すべきでしょう。それだけでも、多くの大企業の意思決定の質は向上するのではないでしょうか。

プロトラブズ合同会社社長&米Proto Labs, Inc.役員 トーマス・パン氏

パン氏: 私の場合、日本とアメリカ、両方でマネージメントをしたことがあるので、そのお話は良くわかります。アメリカでは、会議中に発言したくてたまらない人間が大半で、黙ってもらうことが大変なくらいでした(笑)。日本の場合は逆に、その場のトップ以外の人たちに発言をしてもらうのは非常に大変です。ただ、黙っているからといって、何も考えていない訳ではないのです。話をするように促すと、ちゃんと良い意見を言ったりする。少々、遠慮がちではありますが。

藤本氏: グローバルな経営環境が大きく変動する現代においては、本社の中に、主流の人材とは視点や発想や行動パターンの異なる異質人材をある比率、意識的に確保することが大事でしょう。ただし、出てきた多様な意見に対しては、経営のトップがきちんとした判断をする必要があります。
たとえば、優秀な若手社員を選抜して、会社変革のための部門横断チームを作り、そこに、ある案件の「企画・立案・実施」のすべてを任せようとした会社がありますが、部下に任せることを重視した経営者は、「企画・立案」だけでなく「実施」までもチームに権限を与えてしまった。各部門の縦割り組織は「実施」を仕事とする組織ですから、横串のプロジェクトが経て組織の縄張りである「実施」にまでやるとなれば、当然、これを潰しに来るでしょう。結果として、プロジェクトは立ち消えとなり、任された優秀な若手のモチベーションも下がってしまった。
失敗の原因は、トップが良かれと思って行った過度な権限移譲です。部門横断チームの仕事は企画・立案までとし、そこまでは自由闊達にやってもらうが出てきた提案はトップがいったん受け取り、きちんと採否の意思決定確認をした上で、各部門の縦割り組織にトップダウンで「実施」を指示する、というのが正解であったはずです。つまり、トップの指導力と本社の人材的な多様性、この二つが両立していないと、本社の意思決定の質は上がらないのだと思います。

パン氏: ロナルド・レーガンは "trust but verify" 「信頼せよ、されど検証せよ!」という言葉を好んで使っていました。任せる部分は任せる。ただし、丸投げではなく責任をもってきちんと確認をするプロセスを設けて、問題があれば即座に修正する。国の文化にかかわらず、それが管理者のマネージメントという仕事であるべきということですね。

日本式の擦り合わせ型ものづくりに適したITの利用で、日本の製造業が躍進する

藤本氏: ここ40年の間に円相場が360円から80円になり、加えてこの20年は、冷戦終了に伴う中国等の世界市場参入により、日本のすぐ隣に、人件費が約20分の1の低賃金人口国が突如出現するなど、日本の製造業、特に貿易財の国内現場は、史上最大とも言えるハンデの下で戦ってきました。いわば日本の現場は、「大リーグボール養成ギブス」を付けながら試合をしてきたようなものです。にも関わらず、日本の製造現場の多くは今も生き残っています。
そうした現場は、長期不況、円高、新興国との賃金差などのハンデに対抗し、あきらめずに能力構築を続け、品質や生産性、迅速性、柔軟性を高めてきました。しかもその多くが、生産ラインの物的な生産性を、今後さらに2倍、3倍、あるいはそれ以上に伸ばせる余地を残しています。これは、現場の付加価値作業時間の比率を分析してみれば算術的にも現実的にもわかることであり、実際に、そうした大幅な生産性向上の事例は、近年も全国で見つかります。

パン氏: その手段こそが、ITの活用となる訳ですね。

藤本氏: ITは、それを使いこなす組織能力の存在を大前提としますので、ITが現場再生の「十分条件」だとは言えませんが、間違いなく「必要条件」でしょう。ある種のITなしには、今後の現場力や産業力の向上は難しいでしょう。ただしそれは、「付加価値の流れ」意識を皆で共有する日本のものづくり現場に合った「流れ重視のIT」である必要がある。例えば、設計者しか扱えないような「分業型のIT」ではなく、設計から製造、購買、販売、サービスまで、部門を超えて「良い設計」の情報を共有し、またその「良い流れ」を促進するような「協業型のIT」が、日本の現場には必要です。

パン氏: それは、まさに私たちの目指しているところです。プロトラブズの創業者はソフトウェア開発者です。「射出成形で樹脂パーツをつくるのになんで数ヶ月もかかるの?」という彼の疑問から、私たちの短納期サービスは始まりました。いかにしてITで素早く現場の意見を取り入れたものづくりをするか、現在のネットでたのめる射出成形と切削加工サービスのシステムはそれをコンセプトにしています。

藤本氏: そのような、現場の誰もが使えるITは、「良い設計の良い流れ」や「擦り合わせ型」のものづくりを重視する日本の企業や現場にはよく合うと思います。そうしたタイプのITに、現場の改善能力や進化能力、さらに経営者の指導力が連動すれば、 今からでも、生産性を数倍にしたり、生産期間を十数分の一にしたりすることは、多くの現場にとって可能なのです。
10年前には日本の約20分の1だった中国の人件費も、今ではだんだんと5分の1に近づいています。つまり、弛まず生産性を高めていけば、コスト競争力のハンデを克服できる範囲にまで、内外の賃金差は縮まってきているわけです。中国以外の、ベトナムやタイなど、他の新興国も軒並み人件費が上がっています。つまり、新興国との賃金差の縮小という大きなトレンドにより、日本の現場が背負っていたハンデが徐々に緩和されてくるのです。過去20年、あきらめずに能力構築を続けてきた国内の優良な製造現場にとっては、つまり次の20年は、過去20年に比べ、生き残れる確率が高まってくると予想されるのです。むろん、厳しい競争は今後も続きますし、貿易における比較優位の原則から言っても、すべての産業が国内に存続できるわけではありません。しかしそれでも、国内の多くの優良製造現場にとって、新たな「夜明け」は近いと私は思っています。

パン氏: 日本の現場力の強さを知ることができて、非常に勇気づけられました。我々も開発支援企業ですので、事業を通じてマーケットの拡大に貢献していきたいと思います。本日はありがとうございました。

藤本氏: こちらこそ。ぜひ、日本のものづくりを牽引するような存在になってください。


プロトラブズ合同会社 米国Proto Labs, Inc.100%出資の日本法人として2006年に設立され、2009年に事業を開始。独自開発のソフトウェアとITを駆使した短納期システムにより解析から製造まで大幅な自動化をはかり、射出成形および切削加工による樹脂や金属パーツの試作と小ロット生産を日本全国の開発者からネットで見積り・受託し、安定した短納期で出荷している。日本向けの生産はすべて、神奈川県の自社工場で実施。

トーマス・パン氏 「プロトラブズ合同会社」社長&米Proto Labs, Inc.役員
89 年にUniv. Southern Californiaにて高分子化学の博士号を取得し、同年米3D Systems Corporation入社。同社の3Dプリンタ向けの光硬化性樹脂材料の研究開発職から1995年米Ciba-Geigy社の3D造形テクニカルセンターの技術長職を経て1999年3D Systems Corporationの日本事業担当部長として来日し、日本の3D造形マーケットを開拓。2002 年に株式会社スリーディー・システムズ・ジャパンを設立し,代表取締役社長就任。2009年よりアジア太平洋事業ゼネラルマネージャーを兼任。2010 年11 月から現職。高校卒業まで日本で過ごし,日米での生活は「人生のほぼ半分ずつ」。1960 年東京生まれ。