現在のIT業界はまさにクラウド一色という様相を呈している。とりわけ2011年3月11日に発生した東日本大震災以降、事業継続計画(BCP)やディザスタ・リカバリ(DR)の観点からもクラウドが大きく注目されるようになった。しかし、多くの企業、とりわけ経営者にとってのクラウドの最大の魅力は依然としてコスト面にあることは間違いないだろう。
確かに、自社内にIT基盤を置く必要のないクラウドは上手に使えば極めて有効なITコスト削減手段となる。しかし、場合によっては逆にコスト負担が増大し、それどころか肝心の業務の効率にまで支障をきたす事態が生じてしまうという事実はあまり知られていないのではなかろうか。そこで本稿では、ブームに踊らされた安易なクラウド導入に潜むリスクについて明らかにしてみたい。
高いリテラシーが求められるIaaSの導入
まず、クラウドサービスといってもSaaSからPaaS、IaaSと代表的なものだけでもレイヤによって大きく性格が異なる。比較的導入しやすいSaaSであればさほど問題はないが、最近とりわけ注目を集めているのがITインフラごとクラウドサービス化して提供するIaaSだ。海外の最大手サービスベンダーを筆頭に、IaaS業者は新たな顧客を獲得しようとさまざまなPRを展開している。
もともとIaaSは、サーバーやネットワーク構築に関するスキルや運用ノウハウが豊富な企業が、迅速かつ手軽なシステム開発/構築のための手段として利用が進んで行った。そしてその後は、非常に速い製品サイクルが求められるソーシャルゲームメーカーなどが、続々と商品を市場に送り出すために大いに利用されるようになったのだ。
これらの企業に共通するのは、企業ITへの非常に高いリテラシーである。そのほとんどは、もともとはハウジングサービスを利用したりしていて自らの手でサーバーラックを構築していたような企業ばかりだ。こうした企業にとってみれば、新しい仮想サーバーを物理サーバーとは比べ物にならないスピードとコストで調達でき、必要がなくなれば簡単にサーバーを破棄できるIaaSはまさにうってつけのサービスだと言えるだろう。
自社開発のスキルがなければ、コストをかけて外部委託することに
こうしたIaaSを "使い倒す" ことができる企業というのは、実は日本の企業全体から見れば一部ではないだろうか。とりわけITスタッフの人員が少ない中堅企業などにしてみれば、自社の人員だけでITインフラを構築したことのあるところなど皆無に等しいに違いない。新しいシステムを構築して何をしたいのか──例えば、顧客と双方向でコミュニケーションできるようなWebサイトを運用したい──といったビジョンは持っていたとしても、ではそのためには何台のサーバーでどんな構成が必要で、データベースもどのように構築すればいいのかといった具体的なお話になるとまるでお手上げとなってしまうのも無理のない話だ。
それでもなお、「とにかくクラウドを使うのだ!」と安易に導入に踏み切ってしまうと、たちまち壁に突き当たり、結果としてSierにシステム開発を委託したり、さらにはMSP(Management Services Provider)にシステム運用までのすべてを任せたりするという選択をせざるを得なくなるのだ。ただし、もちろん、こうした選択が必ずしも間違いだということでは決してない。もしその企業がどれだけコストをかけてでもクラウドでシステム運用をしたいという明確な目的があるのならばむしろ適切な試みだと言えるだろう。
しかし、繰り返しになるが多くの企業にとってのクラウド導入の大きな動機にはコスト削減がある。加えて、先述のソーシャルゲーム会社など従来のIaaSの "ヘビーユーザー" は、たとえ障害が発生したとしても影響の少ないシステムにIaaSを利用することが多かった。これが、企業にとってよりミッション・クリティカルなシステムであった場合には、万が一の障害発生時にはコストだけではとても表せないほどの企業としての信用失墜にもつながりかねない。こうなってしまっては、何のためのクラウド導入であったのかまったくわからなくなってしまうのである。
こうしたことは、クラウド・コンピューティング自体が抱えている問題というよりも、今まさに過渡期にあるクラウドサービスの現状の問題点だと言えるだろう。まず絶対に知っておいていただきたいのは、SaaSよりもPaaS、そしてIaaSとインフラに近くなればなるほどクラウドサービスを使いこなすためには高いスキルが必要となるという事実である。
これまでIaaSのマイナス点ばかり語ってきたようだが、これはあくまで世間にはびこっている "クラウド万能説" への誤解を解くためであることを強調しておきたい。あまりITスキルのない企業はIaaSをあきらめるか、もしくはコストをかけてでも外部にシステム構築や運用を委託しなければならないのかと言えば、決してそうではないのである。それは、豊富なノウハウを持ったクラウド事業者を選択し、さまざまなアドバイスやサポートを受けながらベンダーと二人三脚でシステムの構築から運用までを行えばさほどコストをかけずともクラウドの数々の恩恵を受けることができるのである。そこで次回はそうした賢いIaaS活用法について説明することとしよう。