スマートフォンが普及し、オフィスにもPC設置が標準となった現代、「JPEG」に触れたことがないという人はまずいないのではないだろうか。この媒体に掲載している写真やイラストも「JPEG」形式で保存されている。

だが、あまりにも生活に浸透しすぎていて、「JPEG」そのものについて意識する機会はあまり無かったのではないだろうか。

そこで今回は、JPEGを作った団体に所属し、画像処理の研究を行っている拓殖大学の渡邊修准教授に、「世界一身近な画像圧縮技術」と言って差し支えない地位を確立した「JPEG」について、誕生の経緯から普及の流れ、そしてこれからリリース予定の次世代規格までお話を伺った。

拓殖大学 電子システム工学科 渡邊 修 准教授


ISO/IEC JTC 1/SC 29/WG 1 (JPEG) メンバー。画像処理、特に画像圧縮とその応用に関する研究が専門

――これまで伺ってきたお話を総合すると、これからJPEGに代わる次世代規格が台頭していくのはやはり厳しそうですね。

今から新しいJPEGにかわるフォーマットを作って、それによってがJPEGが駆逐されるくらいに広まるためには、圧縮率が少なくとも10倍くらい上回らないと難しいと言われています。

HDDやSSDの中はすでにJPEGだらけになっていて、今さら新しいフォーマットに変換したりするのは非常に面倒です。それに、半分程度の圧縮率だと導入の費用対効果を見た際にコストダウンにはならず、採用されないでしょう。10倍、100倍の圧縮が可能で、画質もよくないと太刀打ちできません。

――そうなると、当面はJPEGが使われ続けそうですね。

やはり、一番最初に広まった画像フォーマットという点が大きいですよね。現在の技術から見れば決して「一番いいもの」ではないですが、誰でも見て、使うことができます。もしも明日から世界中でJPEGが使えなくなったら、SNSでは画像つきツイートもできないし、デジカメで撮影してもRAWでしか保存・閲覧できない。想像する以上に困ってしまうかと思いますし、今やそれくらい生活に根付いています。

SNSの普及によって、Web上に投稿されるJPEG画像は爆発的に増えている(INTERNET TRENDS 2016(KPCB)より)

ちなみに、JPEGではSNSで利用される写真のプライバシーにかかわるような技術「プライバシー&セキュリティ」というものを策定しようとしています。例えば、Facebookに写真を投稿するとして、設定を誤って意図しない範囲に公開してしまった……なんてこともあるかと思います。この規格は、画像フォーマットの側でプライバシー保護を行うことで、SNSごとの設定によらず個人情報を保護するという意図で作られています。

一度、別のメディアにこの規格は「コピーガード」と勘違いされてしまったことがあるのですが、そういった目的とは違うものです。プライバシーの保護強度によっては右クリック禁止の機能を使うこともありますが、それがメインとなる著作権方面の対策とはまったく別物です。撮影者自身がJPEGのセキュリティーレベルの設定をして、例えば「位置情報は絶対誰にも閲覧させない」だとか、そういうコントロールができます。

――Exif情報から住所などのプライバシー情報を侵害されてしまう事例は最近もよく聞きますね。

はい。逐一自動的に記録されるExif情報を都度プライバシーのために消す作業が発生するのは非合理的なので、そこを守る方法を標準化しようとしています。特に、メタデータではGPS情報が危険に直結しやすいですから。

――画像自体にプライバシー情報を設定できるというのは画期的に思えます。ただ、たとえば友達が勝手に撮っていた自分の写真が投稿されていた、という場合はどうなるのでしょうか?

その場合、JPEG側からのコントロールで対処することは厳しいですね…。FBでは映り込んだ人もタグ付けされていれば通知を受け取って、公開の可否を指定することは可能ですが、許可を得ない撮影という前提ですとなかなか防ぐのが難しいと思います。言い方はよくないですが、ご友人を選ぶというのもWeb利用のリテラシーのひとつになるかと…。

「プライバシー&セキュリティ」を使うと、たとえばFBに投稿した写真で、友達までは顔が見えるけれど、友達の友達という範囲からはお面をかぶっているようにみせるということも可能です。アップロードするときに設定しておけば、後は何もしなくて大丈夫ですし、FBの開発サイドも規格への対応のみで済みます。

――多種のSNSを使い分ける人が多い中、画像側でプライバシーコントロールできるのは利便性が高そうですね。その一方で、JPEG側だけの働きかけで広めるのは厳しいところがありそうにも思います。

その通りで、まずSNS運営会社などプラットフォーム側がこの規格を導入し、広がらなければ意味がないんです。だから、JPEGという団体としてはこれを広めていくしかないというのはあります。我々は枠組みを作る側なので、さまざまなユースケースを考えて、どうやったら使いやすいものになるのかということを考えて作っている最中です。ちなみに、「プライバシー&セキュリティ」を主導しているメンバーの一員に早稲田大学の石川孝明さんがいますが、石川さんは日本のJPEGの委員会の主査を務めています。

――貴重なお話をありがとうございました。最後に、JPEGという団体の一員である渡邊さんが考える「JPEG」の今後についてお聞かせください。

圧縮技術という面ではもう成熟しきっているといえるJPEGですが、「画像を使った豊かな社会」という観点からすると、まだまだかと思います。先に申し上げたプライバシーの規格などもその一環ですが、技術が先行してしまって置き去りになっている部分を、どうにか改善していければと思います。