最近、街中でデジタルディスプレイが看板やポスターの代わりをしているのをよく見かける。近年急速に普及しているデジタルサイネージ(繁華街や店頭などにネットワークに接続したデジタルディスプレイを設置し、訪れた人に情報案内や広告などを表示するシステム)は、2020年には2,500億円を超える市場に成長すると予測される(FK通信)。複数個所に設置して一斉に情報更新したり目的に応じて個別にコンテンツ配信するなど、様々な表示が可能で、紙媒体と違って回収の手間が不要な点も注目されている。

静岡県浜松市にあるミナミタクシー株式会社(以下、ミナミタクシー)では、全車両30台に、iPad Airを搭載しデジタルサイネージとして活用しているという。乗客は目的地に着くまでの間にiPadから自由に広告を閲覧できる。

タクシーでデジタルサイネージを実現

導入理由について、専務取締役 袴田武氏はこう語る。

ミナミタクシー株式会社 専務取締役 袴田武氏

「きっかけは、東京のタクシーに乗車した際、デジタルフォトフレームが搭載されていたことです。リアルタイムな情報を流せれば、車内でもっと面白いことができるのではないかと考えました。そこで、ネットワークに接続できるタブレット機器を利用してデジタルサイネージを展開する構想をスタートさせました」(袴田氏)

タクシーの広告といえば、前部座席の背に設置された紙広告が思い浮かぶが、手に取ったとしても車内で読み終わったらそのまま元の場所に戻すことも多い。新しく紙広告を入れても、数日でくしゃくしゃになってしまうのは非常に無駄が多いため、ミナミタクシーでは、紙媒体の広告は掲載してこなかったという。

「一方、タブレットの画面は、紙のように劣化しません。車内にiPadを搭載したタクシーが走っていれば、なんとなく気になり触ってみたくなります。iPadを通してドライバーとコミュニケーションが生まれ、リピーター客になっていただける効果も期待できます」(袴田氏)

同社が導入した、iPadを使ったデジタルサイネージシステムの概要とメリットは以下の動画のどおりだ。


「触れる」車内広告サービスがiPadで実現

誕生したのが、触れるデジタルサイネージ「AD Touch」だ。2014年7月頃に構想をまとめ、飲食業を経営する株式会社A.A.Aと共同で開発し、同年11月11日より全車両でiPadによるデジタルサイネージをスタートさせた。

AD Touchが、通常のフォトフレームと違うのは、iPadの「触れる」という特性を使っている点だ。乗客はタクシー車内で自由に情報を閲覧しながら、気に入った広告の店があれば、連絡先を確認したり、自分の携帯端末をiPadにかざしてQRコードから情報を取得できる。iPad画面に次々流れる広告情報を乗客がタッチするスライドショータイプの広告配信システムだ。

タクシー車内の前部座席のヘッドレストにiPadを装着。iPadの画面からはスライドショー形式で広告が流れる。気に入った広告があれば、画面をタッチして詳細情報を確認できる

QRコードに自分の携帯端末をかざして詳細情報の取得も可能だ

AD Touch開発に関わった株式会社M.A.Aの広告・宣伝部長、渡辺大永氏はiPadを使ったタクシー広告の効果をこう語る。

株式会社M.A.A 広告・宣伝部長 渡辺大永氏

「閉鎖された空間で広告を流す『キャプティブマーケティング』は、より広告効果が高くなると考えられています。タクシーという閉鎖された空間で広告を流すだけである程度の効果は期待できますが、さらに顧客自身が関心をもった情報について、iPad画面に触れて詳細を確認できる仕組みは顧客の印象に残りやすくなります」(渡辺氏)

広告主からAD Touchへ掲載依頼があると、ショップデータなどの詳細情報を指定の用紙に記入してもらい、掲載用の写真を準備して、掲載期間を決め広告掲載する。

通常インターネット広告媒体は、掲載期間中に広告原稿を変更できないケースが多い。一方AD Touchは、広告主の側からいつでも内容の差し替えが可能だという。

「はじめの広告掲載作業は当社で行いますが、そのあとは、広告主側の手元にIT環境さえあれば、IDとパスワードでログインし、ある程度自由に広告情報を変更できるようになっています。思いついたときにリアルタイムで原稿の変更が可能です」(渡辺氏)

システム自体はアプリにはせず、Webアプリをタブレット用に最適化した。アプリにするとアップル社の審査を通さねばならず、手間と時間が掛かり開発のハードルが上がる。そこで、純粋にブラウザのみで動作するシステムにすることで手軽な運用を可能にしたという。

「PCやスマートフォンからWebブラウザで自由に閲覧できないように指定した端末のみ広告表示が可能な仕組みにして、タクシー車内限定の広告スペースとしています」(渡辺氏)。

運行中のタクシーで乗客が自由に触ってもらう仕組みのため、車内の端末にも規制をかける必要がある。

「アクセスガイドという仕組みを用いて、表示されている画面以外のアプリは動作しないよう設定しています。また、ホームボタンやボリュームボタンも無効にしています。アクセスガイドの解除には、パスワードが必要になりますので、乗客の側で自由にはできないように設定しています」(渡辺氏)

タクシーへの設置方法は、車内助手席のヘッドレストにマジックテープで取り付けた。乗客はそれを取り外して自分の膝の上に置き、手元で操作できるし、取り付けたまま目線の位置でタッチもできる。

iPadはセキュリティーワイヤーで繋いであり、取り外しも可能。膝の上に置いて閲覧することもできる

iPad導入で車内コミュニケーション効果

乗務員の岩﨑良尚氏は、車両にiPadを導入してから乗客とのコミュニケーションに変化を感じているという。

ミナミタクシー株式会社 乗務員 岩﨑良尚氏

「運転していて、『あ、テレビがついてる!』といった反応から始まって、『どうやるの?』といった質問はよく受けるようになりました。『とりあえず触ってみてください』とお答えすると、お客様は興味津々で画面に触れているようです。車内の雰囲気が和やかになり会話が増えていますね」(岩﨑氏)

「例えばご年配の方は、iPadにはあまりご興味はないのかと思っていたのですが、『この店の料理はおいしそうだね』とか、『このラーメン屋、今度行ってみたいな』と感心が高く、車内の会話も弾みます。『広告を載せてみたいのだけど』といった声も聞かれますね」(岩﨑氏)

運用上の課題はiPadの充電方法だ。現在はシガーソケットを利用するアクセサリー経由で充電しているため、エンジンをかけていないと充電されない。

「真夏と真冬はエアコンやヒーターをかけているので充電されますが、それ以外の季節は、環境への配慮からできるだけアイドリングストップをしています。エンジンを切っていると端末への充電ができず、気がついたらiPadが充電切れということになってしまう。車載バッテリーから直に取ってしまえばエンジンが切れても充電されますが、その方法は車両の負担が大きくなる。充電ケーブルをつないでおく時間、外しておく時間を工夫しながら対応しています」(岩﨑氏)

タクシー業界活性化のカギは地域の活性化

飲食業をはじめとした地域商店に、何らかのバックアップをすることが本業につながると袴田氏は語る。

「タクシーを利用されるお客様は、どこかの目的地に到着するためにタクシーに乗ります。タクシーの行先である飲食店や病院などが活気づくことで、我々タクシー業界も活気が出ます。iPad広告に地域の飲食店や店舗を掲載する仕組みをつくることで地域活性化の一助になってくれれば嬉しい」(袴田氏)

今後は動画広告や、静止画でも枚数を増やした詳細ページの充実を検討していくという。