富山県を地盤に年間60~70件の新築住宅を建築する正栄産業では、現場監督にiPadを配付して独自開発した工程管理アプリを使った業務改革に乗り出し、従来120日かかっていた工期を92日へ4週間の短縮に成功している。

建築業は多くの職人が入れ代わり立ち代わり現場で作業する複雑な工程を踏むため、旧態依然のアナログ的環境からなかなか抜け出せないでいる。そんな業界慣行に風穴を開けた同社は、どのような取り組みを行ったのだろうか。

現場監督の属人的な業務をiPadの工程管理ツールで見える化

26歳で起業し元請ハウスメーカーに成長させた同社社長の森藤正浩氏は、なかなか電子化が進まない建築業界をもどかしく感じていたという。大本の設計図はCADで制作するのに、建築資材の発注や職人の手配などは紙の書類をFAXや郵送でやり取りし、その都度パソコンに入力し直すといったアナログ的世界が今でも一般的だ。

正栄産業株式会社 代表取締役社長 森藤正浩氏

「CADから始まるすべての建築工程を電子化すれば、間違いも起こらず業務は大いに効率化すると思っています。その理想に向かって、まずは現場監督の工程管理を見える化するツールとしてiPadの導入を決めました」(森藤氏)

以前はホワイトボードに工程表を貼って、どの検査が終わったかを記入していた。これで大まかな仕事の進ちょくは追えるのだが、各工程の細かい作業や検査の実施については、それぞれの現場監督が自分の流儀に合わせて進めるのが現実だったという。

「どの作業をどの順番で実施するかは現場監督ごとにバラバラです。これは大手ハウスメーカーやゼネコンでも同じはず。建築業は工期が4~6カ月と長いので、最終納期さえ守ればよしとする考え方が強く、途中の工程は現場監督の裁量に任せた属人的な進め方になります。現場監督の業務スキル平準化や工期遅れの原因分析などは望めない状況でした」(森藤氏)

現場監督の業務を見える化、平準化するために導入された独自開発の工程管理アプリは、既存の工程表をiPadに取り込んで進ちょくを入力できるようにしたもの。縦軸に進行中の案件名、横軸に主要な工程がマッピングされ、それぞれについて「未実施」「実施中」「終了」の3つのステータスが日付入りで表示される。

工程管理ツールのトップ画面(左)と案件ごとに進ちょく状況を一覧できるページ(右)

正栄産業株式会社 フォアマン 早助政寛氏

現場監督の業務も担当する同社のフォアマン、早助政寛氏は工程管理アプリの運用について次のように語る。

「新しい物件を担当する現場監督は工程表と日程表を作成してアプリに取り込み、現場では日々の工程を完了する都度、iPadアプリからチェックを入れていきます。アプリ化することで、誰が担当になっても同じ順序で工程が進むようになり、検査項目についても標準化された見方ができるようになりました」(早助氏)

トップ画面の1つの工程をクリックすると、その工程で実施するべき作業や検査項目が別画面で開く。表示された順序で作業を進め、完了したらチェックを入れる(左)。iPadから撮影した写真を検査項目にひもづけて添付できるページも用意されている(右)

「iPadの導入で現場監督の意識は変わってきました。工程管理アプリを使えば細かい単位の作業に対しても、きちんと日程を確定して進めるようになります。工期短縮は日々の細かい積み重ねが大事です。アプリに従って、決められた日に決められた作業を確実に終わらせていくと、おのずから工期は短縮されます。そして、毎回きちんと仕事を終わらせていく現場監督は、仕事の質も高いものです」(早助氏)

現場監督は職人たちを仕切る親のような存在なので、親がきっちりと日程を守る意識を持つと、子である職人たちの動きも変わってくる。複数のハウスメーカーの現場を掛け持ちする職人たちは、現場監督を見て仕事をするので、工程管理の甘い監督の仕事は遅らせても大丈夫だからと、厳しい監督の現場を優先するといったこともあるという。

アプリ開発ではFileMakerプラットフォームを活用して短納期を実現

株式会社 U-NEXUS 代表取締役社長 上野敏良氏

工程管理アプリの開発を担当したU-NEXUSの上野敏良社長は、「正栄産業様では、それまで紙の資料として工程表、チェックシート、施工手順書を別個に運用されていました。この3つの要素をすべて取り込んでiPadからスムーズな操作感で利用できるアプリとしました。各現場の状況を俯瞰的に確認でき、工程の進ちょく状況は色分けすることで視覚的に分かる工夫も加えています」と語る。

入力されたデータはすべてU-NEXUSのホスティングサービスを利用してクラウド上に保存されるため、現場で入力されたデータは本社のパソコンからリアルタイムで確認できる。

開発プロジェクトのリーダー、横田志幸氏はFileMakerの選択理由を次のように語る。

株式会社 U-NEXUS 取締役 セールスディレクター 横田志幸氏

「今回はタブレット端末にiPadを利用するとのご要望でしたので、サーバ(FileMaker Server)やアプリの開発・運用環境(FileMaker Pro)、iPad/iPhone用クライアントアプリ(FileMaker Go)がパッケージになっているFileMakerプラットフォームを利用できました。FileMakerは各種テーマが用意されているなど、デザイン面を作り込まないで済み、プログラミングに集中できるので開発効率が高いのです。本件の開発期間は3カ月くらいですが、もし同じアプリをスクラッチから開発したら半年くらいはかかっていたと思います」

また、一般のiOSアプリでは公開するためにアップル社の承認が必要になるが、FileMaker Goはすでに審査に通っているアプリなので、サーバ側さえ開発できれば、すぐに現場で使い始められるのも利点だ。

「開発で力を入れた点は、操作に対する反応スピードとユーザビリティでした。スピードに関しては、オフライン環境での操作性を高める工夫を施しており、画面の表示速度に関しては現在でも改善を続けています。ユーザビリティに関しては、文字入力を極力少なくして、タップ操作で扱えるように作り込みました」(横田氏)

工期短縮で生まれた余裕を品質向上や低価格化などで顧客に還元

「会社としては、現場監督には先行逃げ切りで工事を進めてほしいのです。4カ月の工期であっても、実際には3カ月で終わって、最後に時間をかけて検査を行い完璧な仕上がり状態でお客様に引き渡したい。働く人もその方が万事に余裕をもって仕事ができ、土壇場であたふたしなくて済むので、働きやすい環境になるはずです」(森藤氏)

iPadの導入によって工期を大幅に短縮できたことで、現場監督の仕事に余裕が生まれてきたという。工期が4カ月のころは1人の現場監督が常時10件の現場を担当していたが、工期が3カ月に短縮されると重複する工事の件数も減るので、担当現場は8件ほどに減った。こうして生まれた余裕は品質向上や工事原価の削減などに振り向けられる。

「工程管理をアプリ化するメリットの1つは、蓄積した過去データを分析して改善につなげられること。工期遅れの原因について、どの工程で、誰が、という側面から分析できるようになります。数字に基づいて話をすれば納得してもらえますが、根拠があいまいの状況で『遅いじゃないか』という話をすると、『いや僕だって頑張っています』という切り返しで終わってしまいます。工程管理ツールは工程ごとに区切られているので、工期を細かい数字で測れるようになります。この工程は平均すると何日で終わっているのに君だけプラス何日かかっていると数字に基づいて指摘できれば、次にはどうやって改善するかの話につながります」(森藤氏)

「そうしたサイクルがうまく回るようになれば、現在92日の工期はもっと短縮できますね」(早助氏)

新人の育成やさらなるコスト削減も見据えて

同社の現場監督は現在4名で、そのうち1名は新人だが、新人教育にも工程管理アプリは活躍しているという。工程ごとにどの順番で何を実施し、どこを検査するかすべてiPadを見ればわかる。さらに、同社独自に作成していた施工手順書もマニュアルとしてアプリに盛り込まれているので、分からない部分はマニュアルページを開けばいい。

各作業にはマニュアルページへのリンクも埋め込まれている(左)。写真右はその元になった同社独自の施工手順書

「建築業は実施すべき業務が非常に多いのですが、何をするべきかをツールが示してくれれば、新人でもぬかりなく検査を行えます。新築物件を5件も担当すれば、仕事の中身は理解できるようになるでしょう」(早助氏)

平地の地面に新しい建物を建てる新築工事は、実はそれほど難しい仕事ではないそうだ。逆にリフォームは昔の建物のことを知らなければならないなど、経験が必要で難易度は高くなるが、顧客の要望に沿った付加価値を生みやすいので利益率は高い。

「工程管理ツールを活用してきっちりチェックを行える体制を組めれば、新人には新築を任せて、ベテランは必要な時にだけサポートする。そしてベテランには難易度の高いリフォームを任せたい。新築で人を育てて、リフォームで自社の強みを発揮していくのが理想です」(森藤氏)

アナログ中心の建築業界でも、最近の若手職人はパソコンやスマートフォンを使いこなす人も現れているという。

「もしiPad活用が職人さんまで広がれば、非常に大きな効果が出るはずです。職人さん自身が検査写真をiPadで撮影して送信してくれれば、現場監督は重要な場面だけ現場に行けばすみます。すると現場監督の同時に担当できる現場は増えます。例えば、ITの得意な若手の職人さんに限定して仕事を発注して、アプリを使って自主検査してくれるなら発注金額を上乗せするといったことも、今後はできるかもしれません」(森藤氏)

現場監督の作業が減れば、その分だけ検査項目を増やして品質を上げられる。担当現場を増やせればコストダウンも可能で、ハウスメーカーは適正利潤を確保しつつ、より安価な家を提供できるようになる。そのためには、現場監督全員が工程管理ツールを使いこなすことが今の目標だという。