長引くデフレ不況で日本のものづくり企業は、海外製品との価格競争にさらされ、生産拠点の国外流出に歯止めがかからない。そうした時流に巻き込まれることなく、独自技術に裏打ちされた製品のブランド化と国内生産にこだわっているのが、高級メガネフレームの製造販売を手がけるマルマンオプティカルである。1982年、世界に先駆けてチタン製フレームの開発に成功し、「チタノス」ブランドでプレミアム製品の地位を築いた。

普及品メーカーが全国の卸商を通じて販売するのに対して、同社は一流のメガネ専門店を選び直接営業する体制を堅持している。顧客(メガネ店)に質の高いサービスを提供するための選択なのだが、それを実現するための代償も小さくない。

代表取締役社長 兼原 聡氏

「全国に7拠点を配して営業担当者は津々浦々のメガネ店さまを訪問していますが、1日の訪問件数は限られており、朝出社したらすぐ外出し夜遅くまで得意先を回っている状況です。地方拠点では担当するエリアが広いため直行直帰の営業スタイルは当たり前で、自宅を事務所代わりに使うSOHO型のワークスタイルも取り入れています」と、同社 代表取締役社長 兼原聡氏は語る。

ホストコンピュータのERPデータを参照するためiPadを導入

顧客先での課題は、製品在庫や販売実績といったデータをリアルタイムに参照できないことだった。そこで、社内のホストコンピュータ(IBM AS/400)で構築された基幹システムに携帯電話から定型メールを送信し、在庫情報や各営業部員の売上成績などを自動返信するシステムを導入した。これによって外出中の営業担当者はいつでも在庫と販売実績を確認できるようになったが、携帯電話で対応可能なのはそこまで。顧客から問い合わせのあったモデルの倉庫在庫がない場合などに、全国の拠点在庫を追跡することはできなかった。

そんなときに発売されたのがiPadだ。兼原氏は発売直後に購入し、その使い勝手を検証したところ、同社のワークスタイルにiPadのようなモバイル型のツールは非常にマッチすると感じた。そこでiPadを35台導入し、主に営業担当者に配付、さらに、iPadからVPN経由でホストコンピュータへネットワーク接続できるメインフレーム用ホストアクセスソリューション「FALCON 5250 for iPad」(インターコム提供)を導入した。

「FALCON」の操作画面。見た目は時代を感じさせるが、慣れてくるとサクサク動いて快適だという

「外出先でiPadからFALCONを使えるようになった営業担当者のメリットは、在庫の有無を即答できるばかりではなく、どの拠点に在庫があるかまで一目瞭然となることです。例えば、九州のお客さまからの注文に対して欠品が生じ、すぐに手配しなければいけない。iPadで在庫場所を確認して、札幌にあると分かればすぐに電話で問い合わせて、札幌から九州へ在庫品を送るといった迅速な顧客対応が可能になりました。お客さまの急なご要望にも対応できることで、営業力の向上につながっています」(兼原氏)

以前なら営業担当者から電話で社に問い合わせて、折り返し連絡を待つといった対応だった。電話を受けた事務担当者はパソコンからホストコンピュータに接続し、在庫検索して結果を返答するのだが、問い合わせ回数が頻繁になると内勤者の負荷は高まるので、営業担当者は気兼ねして電話をかけにくい状況もあったという。

また、1個しかない在庫に対して、ある営業担当者が「リーチしておいて、10分後に確定させるから」と電話してきて、その直後に別の営業担当者から同じ商品の在庫問い合わせを受けて、返答に困ることもあったという。事務担当者が所用で外出していれば当然レスポンスは遅れる。また、1人しかいない事務担当者が病欠したときなど、長期出張に出ている営業担当者は帰社するまで在庫データなどにアクセスできない状況だった。

「以前は各拠点に営業担当者からの電話問い合わせに対応する事務担当者を置いていたのですが、営業担当者自身による在庫確認や発注処理が外出先からiPadで可能になったため、電話応対業務が不要になりました。営業担当者はほぼ日中は外出していますから、事務担当者のためだけに事務所賃料を払っていたようなところは、拠点そのものも廃止して、営業担当者が自宅から直接、得意先に出かけるSOHO型ワークスタイルに移行しました」と企画部 部長 清水秀幸氏は語る。

企画部 部長 清水 秀幸氏

顧客から急ぎの注文を受けても、いまはiPadを使ってFALCONから直接、発注伝票を起票できる。顧客コードを入れると注文書が表示されるので、商品コードや注文数などを送信すると、自動的に倉庫に情報が送信され、約1時間後には発送される仕組みだ。

以前は、外出先から配送拠点に電話で品番や個数を伝え、連絡を受けた者がメモを書いて電算室に持って行き、伝票を出票して商品に伝票を添付して発送するという流れだったが、電話連絡の声が聞こえにくくて誤発注を起こすこともあったという。iPadを活用するようになり、聞き間違えによるミスも低減されている。営業担当者にとっても、自分の出した発注が出荷されたかどうかをiPadからリアルタイムで確認できる点が好評だという。

商品カタログのペーパーレス化によるメリット

同社のメガネフレームは高級品なので、エンドユーザーは長年使用するのが常で、壊れても修理して使い続けることが多い。そのため迅速な修理対応も同社の主要なサービスの1つとなっている。古い製品の修理依頼やパーツを求めるエンドユーザーからの問い合わせも少なくない。

「メガネ店さまがエンドユーザーさまから型番による問い合わせを受けても、どのモデルなのかすぐには分からない場合もあります。製品カタログは当然、メガネ店さまにお配りしてあるのですが、カタログは毎年更新するので4~5年前のカタログは処分されていることもあります。当社の営業担当者も過去すべてのカタログを携行していたわけではありません。iPad導入後は、過去のカタログをすべて電子化してiPadに入れて持ち歩くようになったので、古い製品でもすぐに検索できるようになり、顧客対応のレスポンスが向上しました」(兼原氏)

さらに、カタログの電子化はコスト削減にも効果を上げている。以前は5,000部印刷していたものが2,000部で済むようになった。直接的なコスト削減はもちろん、過去のカタログを電子化することによる紙カタログの保管コスト削減効果も大きいという。

「過去すべてのカタログを保管しておくのは現実的に難しかったのです。そうした古いカタログをいまではiPadの中にすべて保管しておけます。めったに使わないカタログであっても、手元に持っていられるのは安心できますし、お客さまからも10年前のカタログへの問い合わせにも即応してくれると信頼されています」(清水氏)

デジタルカタログの活用に加えて、各ブランドごとに作成しているプロモーションビデオを顧客に見せることは、ブランドのイメージ訴求にも効果的だという。また、話題性のある大型店舗で展開している自社製品の陳列を動画で撮影しておき、別の店舗への提案に利用するといった使い方も定着している。

「社内メールとの連携は当初、iPadのデフォルトメールアプリを使用していましたが、現在はグループウェアとして『Microsoft Outlook Web Access』にiPadのSafariからアクセスしています。社内のカレンダー、連絡先一覧、タスク一覧なども外出先から確認でき、使い勝手は、社内のパソコンからOutlookを開くのとほぼ変わらないですね」(清水氏)

VPNで社内ネットワークに接続後、Microsoft Outlook Web Accessへログインする。ブラウザベースなのでメール、予定表、連絡先、タスク管理などパソコンと変わらない機能を利用できる

新製品開発にもiPadのディスプレイ性能が役立つ

「メガネフレームの新モデル開発では、社内のデザイン会議や企画会議を行うのですが、全国に散らばる社員の意見を集約するには、誰かが出張して各営業担当者の意見を聞いて回るか、あるいは試作品を郵送してアンケートを回収する必要があり、全員の回答を得るまでに2~3週間もかかっていました。iPadで画像を共有することで、北海道から九州までいる営業担当者からすぐに感想を聞けるようになりました」(兼原氏)

同社が新商品を企画するときには、取引先のメガネ店からも意見を聞いてデザインに反映させる。そうした新デザインのレビューにも、従来の紙にプリントしたものよりiPadで写真を見せた方が説得力が増すという。iPadなら細部を拡大するなど、よりリアルなイメージを感じてもらえ、フィードバックされる意見もより具体的になったという。

一方、兼原氏が期待しているのは地方勤務者とのテレビ会議システムだ。全国の社員が一堂に会する機会は年に数えるほどしか作れない。社員同士の交流や意見交換、さらにはiPadで利用する各種のアプリ操作を習得してもらうためにも、iPadを積極的に活用していきたいという。

満を持してSFA機能搭載の日報システムをリリース

現在、同社が抱えている業務課題の1つに、非効率な営業日報がある。現状は、地方の営業担当者が用紙に書き込んだ日報を宅配便で本社に送っている状況だ。こうした日報運用の問題点は、情報が一方通行であることだと兼原氏は指摘する。

「営業日報に製品やサービスに関する問題提起が書かれていたとしても、本社の人間がそれに気づくまでにある程度の期間がかかってしまいます。また、ある拠点で非常にうまくいった営業手法が記載されていても、別拠点の者はそれを読むことはできません。こうした問題点を解決すべく、iPadから入力可能で、ほかの営業担当者の日報をリアルタイムで参照できる機能を持った、双方向コミュニケーション型の日報システムがすでに完成しています」(兼原氏)

自社開発した営業日報システム「なかま」は、SNS的な情報共有の機能と、SFA的な営業支援機能を併せ持ち、iPadおよびパソコンから使えるシステムだ

「基幹システムと連動して、営業担当者にひもづいた顧客リストが表示され、訪問店ごとに過去1年間の売上額や販売した商品、前任者の取引履歴なども引き出せるようになっています。また、特定モデルの成功事例をデータベースから抽出して、誰がどのような手法で販売したかを一覧で表示できます。今後は経理システムと連携させて、交通費などの経費精算もこのシステム上から処理できるようにする予定です」(清水氏)

オールチタン製というユニークな製品を開発した同社は、iPadを活用した業務支援システムもまた自社開発の姿勢を貫いている。こうしたモノづくり企業ならではの姿勢は、スマートフォンやタブレット端末の新たな活用方法を生み出す原動力となるだろう。