ソフトバンクとPSソリューションズが香川県小豆郡土庄町豊島で展開しているパーソナルモビリティのレンタルサービス事業「瀬戸内カレン」。島を自由かつ快適に移動することができ、環境にもやさしい画期的なサービスとして、観光客はもとより、地域おこしを目指す全国の自治体や自動車業界、エネルギー業界、そしてIT業界などからも注目されている。

今回、この瀬戸内カレンの仕掛け人である、PSソリューションズ CPS事業本部 本部長(ソフトバンク IT統括 ITサービス本部 CPS事業推進室の室長)、山口典男氏に、サービスの誕生秘話など話を聞いた。

PSソリューションズ CPS事業本部 本部長 山口典男氏

"動くものをインターネットへ"のコンセプトを具現化

瀬戸内カレンでは、利用者にホンダの電動二輪車「Honda EV-neo(イーブイ・ネオ)」をレンタルする。この電動二輪車にはソフトバンクの移動通信網につながる車載器が搭載されており、オラクルのIoT向けクラウドサービス基盤「Oracle IoT Cloud Service」とリアルタイムに連携することで、車両情報・位置情報・充電状況を収集・分析している。また、現在は行っていないが、利用域外に走行したユーザーに対し、警告することも可能だ。

瀬戸内カレンでレンタルしているホンダの電動二輪車「Honda EV-neo

そこで使われているのが、ソフトバンクが開発したモバイルエネルギー・ソリューション「ユビ電」だ。ユビ電は、電動二輪車などの小型モビリティを充電台に接続すると、車載認証キーから認証IDをユビ電クラウドに送信。クラウド側で認証が正しいものと判断すると、通電し、充電が可能となる仕組みとなっている。瀬戸内カレンでは、家浦港側の営業所にユビ電に対応した充電スポットを設置している。

瀬戸内カレンの充電スポット

山口氏は言う。「ユビ電のべースとなっているのが、あらゆる動くものをインターネットへつなげていこうという"Internet of Moving Things"のコンセプトです。今から7年以上前、携帯電話や電気自動車のようにバッテリーを搭載した"動くもの"が普及していく社会で、人々が外出先でエネルギーを調達しようとした時に何が必要なのか思いをはせました。すると、街中どこにも電気がきているにもかかわらず、それを勝手に使うことができない点に課題があるのではと考えたのです。そうであれば、電気を使いたい人と、電気を提供したい側とを結びつけることができる、まったく新しい仕組みをつくってしまおうと、7年ほど前にユビ電プロジェクトをスタートすることになりました」

ユビ電ビジネス化の契機は孫社長を前にしたプレゼン大会の優勝

今でこそさまざまな分野から注目を集めるユビ電だが、プロジェクトはしばらく"鳴かず飛ばず"の状態だったという。それが日の目を見るきっかけとなったのが、ソフトバンクグループの新規事業提案制度「ソフトバンクイノベンチャー」への参加だった。

プレゼン大会の決勝に進み、背水の陣で挑んだ山口氏らは、孫正義氏の前でプレゼンを披露。どこのコンセントで、誰が、いつからいつまでの間に、どのぐらいのエネルギーをチャージしたのか、そうした"エネルギートランザクション"をハンドリングすることでビジネスにつなげていこうというユビ電のプランが高く評価され、見事優勝を勝ち取ったのであった。

「優勝したとはいえ、当時はまだ電気自動車なんてほとんど走っていませんでしたから、"さあ、どこでどうユビ電を活用しようか"とあれこれ悩むことになったんです」と山口氏は振り返る。

そんな折に、沖縄の離島では電気自動車がよく売れているという情報を耳にする。理由を調べてみると、そうした島では過疎化が進んでガソリンスタンドを維持することが難しくなっている一方で、島でよく使われる軽トラやワゴンの電気自動車が登場したことなどから、充電スタンドの設置や維持管理が容易な電気モビリティへとシフトが進んでいたことがわかった。

山口氏は言う。「最初にユビ電が生かされる世界というのは、離島のような小さな閉鎖空間だろうと思いました。幸いにも日本は島国なので、そうした場所はたくさんあります。電気自動車のような小型モビリティが、経済的にも社会的にも合理的に存在できる空間であれば、きっとユビ電の真価を発揮できるだろうと確信しました」

こうして2013年、ベネッセホールディングスの協力の下、豊島で小型電気自動車のレンタルサービスをスタート。これが予想以上の人気を呼び、夏のハイシーズンには稼働率100%が続くようになった。その後、奈良県明日香村でも、小型電気自動車のレンタルサービス事業を開始したところ、こちらも大変な人気となる。

「これでユビ電は人々や社会の役に立つということ、そして電気自動車は適した場所に配置すればちゃんと受け入れられるということが証明されました。であれば、次はもっと小さなモビリティでやってみようと、瀬戸内カレンへとつながっていきました」(山口氏)

続く、ユビ電の可能性へのチャレンジ

「瀬戸内カレンを実現できたのは、"2人の救世主"のおかげです」と山口氏は言う。その1人は、「Honda EV-neo」の使用を快諾したホンダであり、もう1人は、サービス基盤となるPaaS「Oracle Cloud Platform」を提供した日本オラクルである。

「瀬戸内カレン」のサービス基盤には「Oracle IoT Cloud Service」に加え、「Oracle Database Cloud Service」「Oracle Java Cloud Service」などが利用されている。これらを活用し、センサーを搭載したパーソナルモビリティとリアルタイムで連携し、車両情報・位置情報・充電状況を収集・分析している。

瀬戸内カレンで利用されているダッシュボード。稼働状況や利用電力量を一目で把握できる

収集したデータを活用して、電動二輪車から収集したバッテリーの残量と位置から、推計される走行可能距離を算出し、二輪車が走行可能距離から外れる場所に行こうとすると警告を出すことができる。

パーソナルモビリティごとに走行可能距離を算出できる

豊島へのアクセスは高松港や宇野港からフェリーを利用することになるが、高松や宇野からさらに飛行機や列車に乗って自宅まで帰宅する人もいるだろう。そういう人がフェリーに乗り遅れると、次の飛行機や列車に乗れなくなる可能性もある。また、フェリーによっては、港に早めに着いていないと満員となり、乗れなくなることもある。したがって、この警告機能が実現すれば、利用者にとって有益なものとなるだろう。

「個々の電動二輪車の到達可能範囲を計算するには、バッテリー残量だけではなく、走行場所の標高といった位置エネルギーのデータも欠かせません。Oracle IoT Cloud Serviceには位置情報を近未来予測するような情報処理機能まで最初から用意されていることなどもあって、わずか2週間足らずでサービスを実装して展開できてしまいました」と山口氏は評価する。

今後、山口氏は、バイクに取り付けるセンサーの種類を増やすなど、システムがリアルタイムに収集、処理する情報量をより多くしていくことを目指しているという。

「収集するデータを増やすことで、例えば、バイクの消耗度合いを平準化してより効率的に使い続けることなども可能になるでしょう。そこで得られたデータやノウハウは、個人のバイクをプロアクティブに保守することにも役立つはずです」(山口氏)

瀬戸内カレンの裏で動いている仕組みは非常に高度なものであるが、サービス自体はパッと見るとシンプルだ。そこが、多くの人びとに受け入れられたポイントなのだと山口氏は見ている。

「最も大切なのは、サービスとしてお客さまが納得できるかどうかです。そこは絶対にブレないようにしながら、ユビ電の活用範囲を広げていくことが当面の目標です」──山口氏は力強く語った。