これまでの連載では、少子化や大学数増加、グローバル化といった外部環境の変化に伴う、国内大学の変わりゆく姿と変革に対する方向性を示唆してきた。視点は2030年の大学経営であり、今から約15年後を見据えた内容になる。

本稿以降では、2030年の教育環境を踏まえた足元の対応について、どのような視点・変化への対応が求められていくかを3つの利害関係者(学生・教員・保護者)それぞれの立場に立って示唆していく。

まず本稿では「学生」の立場で考えていきたい。

今年度の就職戦線は6月から本格的に幕開けを迎えたが、近年は企業側の採用プロセスが経年で変化している。そして、就職活動を行う側の学生も、その変化に合わせるかたちで毎年新しい戦略で就職戦線に臨む必要性が生じている。2030年にあっても、多くの大学卒業生が企業に就職する動向は変わり得ず、企業が求める人材をより多く輩出し続けることが、大学の成長源泉であることは言うまでもない。

変わりゆく就職戦線

6月1日、国内企業の新卒採用が一斉に面接解禁を迎えたことで、今年度の学生就職戦線が大々的に動きだした。このニュースは数多くのメディアで取り上げられているため、大部分の読者が知るところであろう。おさらいにはなるが、「面接解禁」とは経団連が、加盟する団体と企業に対して提示する"採用選考に関する指針"内で示される選考活動の開始日であり、多くの日系企業が新卒採用における面接開始日として採用をしている。

近年、この「面接解禁」が後ろ倒しの傾向にある。

就職活動の早期化・長期化による学業への影響を背景に、これまでの4月解禁から、2015年度は8月解禁、2016年は6月解禁となった。4年間しかない大学生活のなかで、最終年を就職活動と就職準備に充てざるを得なかった状況を鑑みると、教育・研究時間の拡大という観点からは理に適った方向性であると考えられる。一方、このような動きにありながらも、内定解禁日の10月1日は固定化されており、就職活動だけに目を落とせば約6カ月の猶予(4~9月)があった頃に比べ、2015年には約2カ月(8~9月)まで短縮している。なお、一部ではインターンシップなどにスポットを充てた新たなかたちの採用活動も生まれつつあるようだが、本稿では従来からある一般選考(面接解禁日以降の採用活動)に焦点を絞って述べさせていただく。

2017年卒の就職活動スケジュール (出所:マイナビ2017 Webサイト)

学生に求められる転換

面接解禁日の後ろ倒しに伴い、実質的な活動期間が短期化することで、学生は今まで以上に企業を絞って就職活動を行う必要が生じてくる。言うまでもないが、就職戦線で戦う学生においては、「面接解禁日」というルールの変化によって、就職活動に臨むうえでの戦略を変えていく必要があるのだ。端的に言えば、「数多くの内々定を勝ち取り、そこから就職先を選ぶ方針(打席数の議論)」から、「絞り込んだ会社から内々定を勝ち取る方針(打率の議論)」にシフトチェンジする必要性が生じる。仮に今の大学生が、先人たちが用いた打席数偏重型の戦略を取った場合、与えられる打席数には限界が生じ、意図するすべての企業から面接を受ける事すら適わなくなる。そのため学生には時間配分の再構成が求められ、併せて以下の3点はこれまでにも増して重要になってくる。

客観的な自己把握

就職活動に充てる時間が限られる中で、選考結果によって現実を知ることだけは避ける必要がある。夢を追うこと自体は否定しないが、短期化している面接期間にそれを充てることは、時間の無駄遣い以外の何物でもない。比較的容易に測定可能な学力や語学力だけでなく、コミュニケーション力やリーダーシップといったパーソナリティに関する要素についても、より客観的に自己認識しておく必要がある。そのためには、自身の過去を見つめなおし、培った経験やスキルを棚卸し・整理するとともに、それを他者と比較し、自身の特徴・強みを明確化しておくことが望ましい。また、選考時間が短縮されているという事実は企業側にとっても同じである。そのため、選考時間が短縮しがちな企業を目指す際は、「企業側に高いポテンシャルを有するとともに、即戦力と思わせるストーリー」を描く事が望まれる。

具体化されたキャリアイメージ

漠然と希望する業種・業態だけを描いて就職活動に臨んでいては時間が足りない。志望する業界や企業に明確な優先順位を設けるとともに、企業ごとに応募する職種までイメージできていることが求められる。欲を言えば、そのイメージがキャリアのゴール(分かりやすい話が定年退職時)から逆算的に描かれ、50歳時、40歳時、30歳時、25歳時といった節目において、マイルストンが置かれていることが望ましい。企業分析をする際は就職時の自分ではなく、人生のマイルストンにおける自分と照らし合わせることが求められ、結果的に"キャリア"という観点から自身の人生における極めて重要な意思決定を行う必要があるからだ。

業界・企業の本質と未来を見抜く目

現代は社会インフラとしてインターネットが存在し、すべての学生が使いこなせる時代である。インターネットで検索すればさまざまな情報を得られる。事前準備として、企業情報を大量に入手し、過去の採用実績、マジョリティとなるキャリアと自身の強み・特徴・志望内容との照合、競合他社や他の志望企業とのベンチマークを行うことで、先手で企業選定を進めることができるはずである。また、SNSなどを駆使することでOBやOGに容易にコンタクトすることも可能である。OBやOGに直接話を聞くことで、自身の企業分析結果や志望先を高い品質で第三者から検証することができる。

この3つの要素を満たした学生であれば、短期決戦においても与えられた時間を最大限に有効活用でき、結果として自身が望むキャリアを手にしやすくなる。なお、それぞれが有機的に連携し、自身の手が届く範囲で、現実的な志望企業・職種がイメージできていることが前提なのは言うまでもない。

しかしながら、在学期間中は本分である教育・研究活動で繁忙を極めることが予想されるため、現実的には独力でこれらを醸成できる人材は一部に限られてくる。そのため、大学側のサポートも今まで以上に重要となってくる。

求められる大学のサポートとは

現在、多くの大学では就職支援/キャリア支援という名目でさまざまなイベントが開催され、サポートが行われている。私の知る限りでも、多くの大学で早ければ1年次からキャリアガイダンスや就業、就職を強く意識したイベントを開催している。また、就職関係のセンターでは、相当量の専門スタッフを雇用し、学生の就職相談に関する窓口サポートを日々提供している。

一昔前からしたら、その充実ぶりは極めて恵まれた状況であるが、昨今の就職戦線の変化を鑑みると、このサポートそのものが転換の時を迎えているように感じる。時代の変化を受け、就職活動に臨む学生の戦略も変化している。就職活動の最中で自己分析や企業分析をしている暇はない。そこで、準備期間に充てられるであろう2年次後半~3年次のサポートを各大学はさらに強化することが必要になってくる。

具体的には精度の高い企業分析や自己分析を前提に置いたサポートの拡充ということだ。学内に蓄積された膨大な情報の中から、各種分析に必要となる情報を学生一人ひとりに対してスピーディに提供していく。一見簡単なように思えるが、現在の国内大学が一朝一夕にこれを成し遂げることは難しい。というのも、この実現には大学の部門や業務ごと分散したデータを一元的に集約し、個別最適から全体最適の概念に転換する必要性が生じてくる。

また、就職戦線に向けた自己分析には、履修や成績と言った正課(授業)情報だけでなく、ボランティアや各種委員での経験など、正課外の情報も重要になってくる。これら、正課外の情報に至っては、すべてのデータを蓄積できている大学はおそらく無いと思われる。さらに、生きた情報の提供という意味ではOBやOGに直接話を聞く事が望ましいが、3年で3割以上の大学新卒入社者が離職しているという現状を踏まえると、卒業時の就職先から情報が更新されていないようでは話にならない。

そのため、学生の就職戦略の転換に各大学が本質的に対応していくには現時点では相当なかい離が存在し、多大な時間と労力を掛けなければならない。

先回りしている大学とは

アクセンチュアは、日ごろから現状に危機感を抱く大学からの問合せを頂くが、近年は学生のキャリア育成やパーソナリティを含めた能力の定点観測といった相談や支援が目立つ。先進的な例として、学生の4年間の生活状況を経年で収集する学生カルテを作るといった、キャリア育成に特化したITシステム構築がある。これは、在学期間中のパーソナリティ(人物像)の変化をとらえながら、志望企業の採用人材とのギャップを可視化し、次のアクションに繋げていくツールだ。一般的な学生カルテ機能のほかに、対象とする学生が志望する企業で採用されやすいパーソナリティの定量的な値を保有し、現状のパーソナリティとのギャップを学生自身の意向で自動的に導き出す仕組みとなる。学生自身が過去からの成長を自覚できるだけでなく、目標とする企業人材とのベンチマークを測れることで、在学期間を通じて高い意識で正課/正課外の活動に励むことができる。

また、より積極的に改革を進める大学では、情報管理の在り方そのものを大きく転換しつつある。従来は業務部門ごとにITシステムが配置されていた状況であったが、大学および教育の本質に立ち返り、学生を中心に据えて情報を一元的に集約し、活用する施策を進めている。従来のITシステムは、企業的な表現を用いるとERP的な概念に閉ざされていたものに加え、それを教育の本質である「ヒト」の成長を軸に置いたCRM的な要素も加えていくという発想である。こうした先進的な取り組みを行う大学では、教育改革・出口改革を進めるうえで重要となる事業基盤をいち早く整備することができ、結果的に、卒業生ネットワークの強化を含め、中長期視点で他大学に先んじたダイナミックな改革を展開していくことができるだろう。

一昔前は情報処理の基礎知識は大学で学ぶという時代であったが、今ではデジタルトレンドに最も早く順応しているのが学生という時代である。外部動向が変われば、当然のように学生行動が変わってくる。就職活動においても同様で、イベント化していた「打席の時代」は終焉を迎え、早い段階から高いキャリア意識を持ち、戦略的に準備をしたものが勝者となる「質の時代」が到来している。即ち、これからの時代においては教育・研究活動で秀でた実績を残すだけでなく、課外活動も連携させ、学生生活を通じて強固で唯一無二のパーソナリティを意図的に構築していくことが求められる。

また大学の運営側にあっては、学生一人ひとりのニーズに応じて、企業情報を提供したり卒業生のネットワークと連携させたりするとともに、キャリア形成に向けた個別のコーチングとレコメンドを担えるような体制に転換していく必要がある。

現在国内に800弱ある大学が、2030年に何校になっているかは計り知れないが、環境変化に適切に対応しながら、学生に寄り添った教育を提供している大学が勝ち残っていることは誰の目から見ても明らかである。

著者プロフィール

根本武(ねもとたける)
アクセンチュア株式会社 公共サービス・医療健康本部 マネジャー
入社以来、数多くの大学改革案件を主導。
経営戦略や教育改革、組織・業務・IT改革に至るまで幅広い分野に精通。
保有資格は中小企業診断士、システムアナリスト、テクニカルエンジニア(ネットワーク)など