【連載】

カーエレクトロニクスの進化と未来

48 加速感を重視したスポーツカー仕様のSIM-Driveの第3号車

48/104

「3号車は過去の集大成」。インホイールモータ車を開発しているSIM-Driveの取締役会長であり、福武グループの福武総一郎氏は、SIM-Driveが試作した先行開発車第3号「SIM-CEL(Cool Energy Link)」をこう評価した。清水浩代表取締役社長は、「電気自動車の航続距離を伸ばすだけではなく、買いたいと思うクルマ作りを目指した」と語った(図1)。今回は、デザイン、ボディ、シャーシ、インホイールモータなど実用車に向けたクルマ作りを3号車チームは進めてきた。

図1 SIM-Driveが試作した3号車「SIM-CEL」

加えて、クルマのバッテリを利用して家庭の電源として使う、スマートホームの考え方も採り入れた。つまり、家庭の電力が不足している昼間、クルマを家に駐車している間、クルマのバッテリが電力源となる。これを清水氏は、スマートトランスポーテーションと呼んでいる。3号車では後述するように、家庭で電力供給するためのバッテリコントローラを揃えている。

今回の3号車は、これまでの2号車と比べて、加速性能を良くし、スポーツカーを目指した仕様になっている。加速性能は最も高く、走行エネルギー消費量は最も少ない(表1)。しかも加速性能は最も良い。走行エネルギーの消費量は、1kmを走るのに必要な電池容量を表しており、この値が少なければ少ないほど、少ない電池容量で走行できる距離を意味する。

1号車 2号車 3号車 リーフ(日産)
全長(mm) 4700 4150 4840 4445
全幅(mm) 1600 1715 1830 1770
全高(mm) 1550 1550 1400 1545
一充電航続距離 268km 351km 324km 200km
走行エネルギーの消費量 92.9Wh/km 100Wh/km 91.2Wh/km 120Wh/km
0→100km/h加速時間 4.8秒 5.4秒 4.2秒 -
最高速度 150km/h 180km/h 180km/h -
電池容量 24.9kWh 35.1kWh 29.6kWh 24kWh
表1 3号車が最もエネルギー効率が高い つまり少ない電池容量で長い距離を走れる(1号車の数字は最初に発表された数字を再計算し算出されたもので、JC08規格に沿って見積もられている)

走行距離を単純に長くするためには電池を大量に積めばよいことになる。しかし、コストは高まり、クルマの重量も増える。できるだけ少ない電池容量で長い距離を走りたい。そうすれば低コストで長距離を走ることができるようになる。

空力を優先したデザイン

クルマの意匠デザインは、これまではデザインを終えた後に空気流体力学でチェックしていた。デザインが優先していた。しかし、今回の試作では空気流体力学上、最適な形作りをまず優先した。基本的には流線的なタマゴ形をベースにする。空気流体力学上で最も空気抵抗の少ないような形を最適化した。その後からデザインに取り組んだ。

空気流体力学では、空気抵抗係数を示す値としてCd(Drag coefficient)がある。この係数Cdの目標を0.2と定めた。Cdは空気抵抗を示す係数であるから、低ければ低いほど空気抵抗が低いことを表している。Cd値はディメンジョンレスであり、クルマの形で決まる定数である。既存のクルマで最もCd値の低いクルマがホンダのインサイトの0.25だという(参考資料1)。

最初の流線型モデルの計算では、Cd=0.196であった(図2)。これをベースにしてクルマのデザインをひねっていった。その過程が図3に示すように、改良・修正を加えるうちに、最終的な今回のデザインに落ち着いた。この時のCd値は0.199であった。

図2 当初は抵抗係数Cd=0.196をベースにした

図3 最終的なデザインではCd=0.199になった。目標の0.2はクリヤした

ボディには、カーボンファイバと植物由来の樹脂を用い、基本的な枠の部分は鉄製のパイプを用いた。これにより、鉄だけのボディで設計すると119kgの重量になるところが40kgに収まった(図4)。ただし、この構造は2号車と同様のSSF(steel space frame)と呼んでいる。

図4 外側を樹脂化によって軽量化した

モータを改良、加速性能を向上

3号車はスポーツカータイプの「突き抜ける加速感」を実現するため、モータの性能を高めた。中でもトルクを高め、850Nmの加速エネルギーを時速100kmまで出せるようにした。このため、モータの設計を見直し、アウターロータ方式のモータを用いた。これはインナーに永久磁石を用い、アウターに12極18スロットの電磁石を配列したもの(図5)。この結果、スタートから時速100kmまで達する時間がわずか4.2秒という加速性能を示した。加速度は0.7G以上かかったとしている(図6)。

図5 モータの構造 中心に永久磁石、周囲の12極電磁石が回転する

図6 加速性能が高く、時速100kmに達する時間が4.2秒と短い

こういった加速性能を達成しても安定なクルマに仕上げるため、シャーシではサスペンションを工夫した。インホイールモータでは各車輪にモータを取り付けて動かすため、サスペンションは車輪のナックルから出た上下のアームで支える構造になっている(図7)。

図7 前輪のサスペンション構造

さらに、カメラ4台からなるサラウンドビューモニターを付けたり、ダッシュボードのメーターを機械式から液晶モニターによる電子メーターを採用した(図8)。機械式のメーターを液晶画面に置き換えようとする動きは欧州から始まっている。機械式は電子式よりも故障しやすいためだ。

図8 液晶モニターによる電子メーター

スマートポーテーションで家庭の電力を賄う

クルマのバッテリで家庭内の電力の一部を賄おうという考えは、クルマは走っている時間よりも止まっている時間の方が圧倒的に多い、ということからきている。このため、家庭用の電源からCHAdeMO仕様の充電装置に接続する場合に、プラグを変換しなければならない。今回のスマートポーテーションでは、変換するための接続装置(図9の左)と、充電する場合のコントローラ(図9の中)を試作した。

図9 接続装置(左)、充電コントローラ(中)、コンテナ(右)

この充電コントローラは、クルマの内部(後部トランクなど)に収容し、どのようなインホイールモータ車においても使える装置にしておきたい。このためクルマごとに専用に取り付けてしまうのではなく、コントローラとしてモジュール化しておけば汎用性が増す。車内のトランクにすっぽりと収まる(図10)。さらに、車内においていれば、例えば駐車したお店やレストランの電力の一部を賄う場合にはサービスを受けられるようにする、といった応用を考えているという。

図10 充電コントローラを装填する前(左)と装填後(右)

充電コントローラは3Gネットワークを通じて、クラウドベースあるいはデータセンターとバッテリの電荷状態を常に報告しておく。このことで、クルマと店舗やレストランとで電力を融通し合ったり、クルマの情報や店舗などの情報を共有し合ったりすることができる。

さらに、トランク内の荷物を楽に取り出すための自走式のコンテナ(図9の右)も試作した。コンテナには荷物だけではなく補助用のバッテリを積むこともできる。

4号車は4輪独立制御へ

SIM-Driveは4号車の開発募集も呼び掛けた。ここでは4輪を独立に制御するクルマを開発したいと清水氏は言う。これまでは、モータだけは各車輪に取り付けていたが、インバータは共通であったために、各車輪を独立に制御できなかった。4輪が独立して制御できるようになると、例えば高速運転から急ハンドルでクルマがスピンすることがあるが、これを防ぐことができる。さらに車庫入れも簡単に縦列駐車が簡単にできるようになる。

ただし、4輪独立制御のためには車輪ごとにインバータを取り付ける必要がある。そのためには、インバータを小さくする必要がある。従来のシリコンIGBTからSiCなど高効率のパワー半導体に替えると、インバータを小型にできる。新しいパワー半導体を使ってみる良い機会になるかもしれない。

参考資料

  1. Cd値の20傑 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1313328343

48/104

インデックス

連載目次
第104回 到来目前のコネクテッドカー時代 - e-Callのテストシステムを日本NIが構築
第103回 内燃エンジン車を捨てる選択をしたVolvoの決断 - すべてのクルマを電動化
第102回 自動車産業の構造変化を見逃さずコネクテッドカーに注力するWind River
第101回 レベル5の自動運転に対応した設計ツール - メンターが提供を開始
第100回 ADAS/自動運転車の開発・検証するMathWorksのプラットフォーム
第99回 燃料電池の劣化を短時間で検出するインピーダンス法を開発
第98回 EVのバッテリマネージメントICを無線でつなぐ
第97回 進化するEV向けワイヤレス給電技術
第96回 ポルシェの新型パナメーラはコネクテッドカー
第95回 自動車分野に新ブランドで攻勢をかけるMentor(後編)
第94回 自動車分野に新ブランドで攻勢をかけるMentor(前編)
第93回 コネクテッドカー時代に不可欠なセキュリティチップをInfineonが開発中
第92回 自動運転に向けてAI利用を進めるNVIDIA
第91回 冗長構成に向いたARMのCortex-R52安全管理プロセッサ
第90回 GNSS+GPSの測位チップで、測位精度を向上させたu-blox
第89回 ADAS/自動運転のシミュレーションデータからビッグデータ解析まで可能に
第88回 酔っ払い運転をテクノロジーで防ぐ
第87回 クルマにも大容量ストレージが搭載される時代が到来
第86回 ゴムまりのようなタイヤのコンセプトカーをGoodyearが提案
第85回 車内での音声認識を確実にするNuanceの騒音抑制技術
第84回 ルネサスのクルマ用半導体の戦略と戦術(後編)
第83回 ルネサスのクルマ用半導体の戦略と戦術(前編)
第82回 クルマの全体最適化を容易にするメンターのソフトウェア
第81回 クルマのコンピューティング機能を高めたR-Carシリーズの狙い
第80回 衝突防止レーダー時代が到来
第79回 東京モーターショーで高成長を確信したクルマ用半導体の未来
第78回 ビデオと音声を同期しながらEthernetで通信できる - Connected OSの背景
第77回 ルネサスのV2Xチップ、欧米で実証実験
第76回 ビデオ映像を1ms以下の遅延でイーサネット伝送できるルネサスのSoC
第75回 自動運転のクルマを目指し、さまざまな手を打つZMP
第74回 どっこい、鉛蓄電池も進化する
第73回 ADASの進化にはプログラマブルSoCで対応
第72回 クルマのナンバープレートが消える日
第71回 Infineon、HEV/EV用のIGBTモジュールの次世代版を開発中
第70回 車内ワイヤレスネットワークによりハーネス除去を目指す英国ベンチャー
第69回 クルマの安全性向上と共に増えるFPGAの実装
第68回 ルネサス、ソリューション提案を本格化-未来のクルマのロードマップを示す
第67回 コネクテッドカーをよりセキュアにするNXP
第66回 ルネサスの制御マイコンRH850はソフト開発の負担を軽減
第65回 欧州のクリーン化で世界を攻めるInfineon
第64回 画像合成・認識・視点変換・座標変換を搭載したADASチップをルネサスが実現
第63回 クルマ用組み込みシステムのすべてを設計できるMentorのツール
第62回 後発組としてニッチを狙うMaxim
第61回 新自動車用マイコン「Traveo」で富士通の強みを発揮するSpansion
第60回 トヨタグループが開発を進めるSiCパワー半導体とは何か?
第59回 小型モータ駆動用のパワー半導体に特化するON Semiconductor
第58回 ダイナミックレンジ120dBの1280×1080画素CMOSセンサチップ - OmniVision
第57回 カメラの映像処理がクルマの安全技術を握る
第56回 SIM-Driveが研究開発から実用化フェーズにギアチェンジ
第55回 プラグインハイブリッドに有利な欧州のCO2規制
第54回 Maxim、カーエレを市場/製品/製造/品質/供給の各戦略から攻め切る
第53回 車車間、車路間通信規格802.11pチップをNXPがSDRで実現
第52回 ボディ制御ECUをハード/ソフト同時設計できるツール - ルネサスとSynopsys
第51回 バッテリ状態をスマホで可視化できるユニットをパナソニックが発売
第50回 携帯電話で培った低消費電力とエコシステムを生かすARMのCPUコア
第49回 FSL、外から360度クルマが見える映像を合成するチップを開発
第48回 加速感を重視したスポーツカー仕様のSIM-Driveの第3号車
第47回 カーエレの頭脳から近未来のクルマを予測する
第46回 ニッケル水素電池でアイドリングストップの回生エネルギー能力を引き出す
第45回 APEV、EVプラットフォーム戦略をベースに学生向けデザインコンテストを開始
第44回 カーレースのデータを次世代安全システムに生かすフリースケール
第43回 通信ネットワークのクルマ応用を推進するNXP
第42回 鉛蓄電池を大事に使おう
第41回 メルセデス・ベンツのクルマに見る衝突防止システム
第40回 シャーシの基本設計を見直し、480kmの走行距離を実現したTeslaの新型EV
第39回 海外企業としてはじめてデンソーから技術開発賞を受賞したInfineon
第38回 専用チップにより一段と高まるクルマの音声認識レベル
第37回 富士通がカーエレのソリューションビジネスに本格参入を宣言
第36回 e-Summit 2012 - ADASに参入するEDA/通信半導体/FPGAの各企業の戦略(後編)
第35回 e-Summit 2012 - ADASに参入するEDA/通信半導体/FPGAの各企業の戦略(前編)
第34回 クルマ用のイーサネット規格は安全性見地から標準化と相互運用性で
第33回 居住性追求もやはり"燃費"が良いインホイールモータ - SIM-Driveの第2号車
第32回 小さなモータ駆動用マイコンで大きな自動車市場を攻めるFreescale
第31回 インホイールモータ応用を狙うSiCインバータを三菱電機が開発
第30回 エネルギーハーベスティングによるタイヤ空気圧モニタリングシステム -IMEC
第29回 モータ駆動用インバータを1/10に小型化できるSiCトランジスタ
第28回 インホイール・モーター車の実用化を早めるSIM-DriveとDassaultの提携
第27回 ソフトウェア無線技術を生かしカーワイヤレス分野を着実に伸ばすNXP
第26回 中国BYD、独自のトップダウン式垂直統合システムで急成長
第25回 携帯端末用マルチプロセッサ、カーインフォテイメントにも威力を発揮
第24回 車載用SoCをハイエンドからローエンドまで広くカバーするルネサス
第23回 ルネサス、車載向け「V850」マイコンシリーズが90nmを採用し第4世代に突入
第22回 クルマのインテリアデザインの革命児になるか、有機ELライティング
第21回 電気自動車普及協議会が設立 - 注意すべき点はEVのガラパゴス化
第20回 電気自動車とスマートグリッド構築の実験をナノオプトが開始
第19回 トヨタと米電気自動車ベンチャーの提携の先にあるもの
第18回 エンタメ系半導体でシェアをじわじわ獲得 - NXPがソフトウェア無線を推進
第17回 クルマの中でもホームエンタテインメントと同じ環境を構築 - Roviの戦略
第16回 電気自動車はクルマのデザインを見直す時代に - 差別化はデザインで
第15回 EVの航続距離を伸ばすインホイール・モーター技術 - SIM-Driveが開発を加速
第14回 Freescale、SiGeのBiCMOSプロセスで77GHzのミリ波レーダーを開発
第13回 エコブームに乗り電気自動車が相次いで発売される
第12回 より大容量のリチウムイオン電池開発を極秘に進める自動車メーカー
第11回 電気自動車のエンジンはずばりリチウムイオン電池だが、充電方法にも大革命
第10回 電気自動車に向くモーター駆動用パワーデバイスはSiのIGBTか、SiCのFETか
第9回 電気自動車の実用化に向け、その問題点と解決策を探る
第8回 パッケージの上からチップIDがわかるX線装置と記録インクを東レが開発
第7回 半導体の産地偽装に対処する強い味方、チップやECUのトレーサビリティ
第6回 カーナビ用OSにHMIツールなどを付加 - 進化を続けるMicrosoftのクルマ戦略
第5回 ハイブリッドカー専用のパワーモジュール - Infineonが開発中、150℃保証
第4回 画像認識プロセッサの品種拡大で最高車種から低価格車種まで狙うNECエレ
第3回 "より安全に"を加速するFreescale - 横滑り防止にはセンサで対応
第2回 最先端65nm技術を使ったルネサスの車載半導体から見える自動車の近未来
第1回 エレクトロニクス化をひたすらつっ走る自動車

もっと見る



人気記事

一覧

イチオシ記事

新着記事