アリアン6
そもそも、アリアン5の次のロケットをどうするのか、という検討が始まったのは2004年2月のことだ。このときESAは「将来打ち上げ機準備プログラム」(Future Launchers Preparatory Programme)を立ち上げ、アリアン5の後継機となるロケットの検討を始めた。以来、ロケットの構成に関して、100を超える案が研究された。
そして2012年11月のESA閣僚会議で、アリアン6の開発を行う方針がおおむね決定された。おおむね、というのは、この時点ではまだ正式に決定されてはいなかったためだ。
2013年3月1日、フランス宇宙研究センター(CNES)はアリアン6の概要を公表した。まだ正式決定されたものではなかったが、CNESが考える次世代ロケットの姿が示された。このCNES案は、一見すると非常に奇抜だ。第1段は2基、ないしは3基の固体ロケットで、それらを並べた際に生じる隙間に第2段より上の機体が載っているという、剛性などを考えるとやや疑問の残る姿をしている。
この第1段と第2段の固体ロケットは基本的に同じものを使用している。つまり1回の打ち上げで同じものを3基から4基使うことになるため、量産効果が働くことからコストダウンにつながることが期待された。第3段には、アリアン5 MEにも装備されるヴィンチ・エンジンが使われている(アリアン5 MEについてはこの連載の第2回を参照のこと)。
この組み合わせは非常にシンプルだ。アリアン5は第1段に液体酸素/液体水素エンジンを使っているが、推力があまり出せないため、離昇時の推力の大半はロケットの両脇に装備された巨大な固体ロケットブースターによって賄われている。このアリアン6案は言うなれば「それなら固体ロケットブースターだけで離昇させれば良いではないか」という発想だ。また液体酸素/液体水素は取り扱いが難しく、高価でもあり、大型のロケットでは尚のこと運用は大変になる。
一方、ロケットの第3段が使用される場所はもう宇宙空間なので、推力の低さは大して問題ではなくなり、むしろ比推力(燃費のようなもの)の高さが重要になる。ヴィンチ・エンジンが使う液体酸素と液体水素の組み合わせはその比推力が高いため、最適な配置だ。
だが、このCNES案の最大の肝は「ロケット1機につき衛星1機を打ち上げる」という、標準的な、しかしアリアン5の売りの1つを否定する方式に変わったことにある。第2回で書いたように、アリアン5は開発段階での混乱から無駄に大きな打ち上げ能力を持つロケットになってしまったものの、逆にそれを活かして衛星を2機同時に打ち上げる手法が生み出された。これはアリアン5の長所であったが、一方で欠点も孕んでいる。
例えば搭載する衛星が2機揃うまでは打ち上げが確定できないし、また揃った後に1機の製造が遅れたり、何か問題が発生すれば、スケジュールを再調整する必要が生じ、もう片方の打ち上げが延びる可能性もある。また、2機同時打ち上げのために使用されるシルダ5と呼ばれるアダプターは、衛星フェアリングの内側に装備される関係上、アダプター内に入る衛星の大きさに制約ができるという問題もある。アリアン5よりも早く、より柔軟に打ち上げられるロケットを欲するのであれば、他のロケットと同じように「ロケット1機につき衛星1機」という方法に戻るのは、1つの正解であった。また打ち上げ回数が増えるということは、その分量産効果もより強く効いてくるということになる。
その後7月になり、ロケットの構成が標準的なものへと改訂されたが、固体ロケットの第1段と第2段、ヴィンチ・エンジンの第3段という構成は変わらず、「ロケット1機につき衛星1機」の方針もそのままだった。
このCNES案は別名「トリプル・セヴン」と呼ばれた。7年で開発し、静止トランスファー軌道に7tの打ち上げ能力、そして打ち上げ費用が7,000万ユーロと、7が3つ揃っていることに由来する。
産業界が突きつけたもう1つのアリアン6
ところが、このアリアン6のCNES案に異を唱えるものが現れた。実際にロケットの開発を担当することになるフランスのエアバス社と、ロケットエンジンの製造を手がける、同じくフランスのサフラン社だ。両社は2014年6月16日、ロケット開発のための新しい企業を立ち上げると発表した。興味深いことに、この発表はエリゼ宮殿において、オランド大統領の立ち会いの下で行われた。それはつまり、フランスが国を挙げて、スペースX社のファルコン9ロケットなどのライヴァルと戦う意思を示したということになる。同年12月3日には、エアバス・サフラン・ローンチャーズ社が正式に設立された。
産業界ではもともと、CNES案ではファルコン9に到底勝てないという声があった。「トリプル・セヴン」のうち、開発期間7年は仕方ないにしても、静止トランスファー軌道に7tの打ち上げ能力では少なく、また7,000万ユーロの打ち上げ費用は高い、というのだ。
打ち上げ能力7tでは少ない、という点は詳しく説明する必要があるだろう。まず静止衛星には大きく中型と大型があり、中型は3t、大型は6tほどの質量がある。以前は大型衛星が増える傾向にあったが、最近では中型のものも増えてきており、アリアンはその需要に応えなければならない。しかし中型衛星を1機打ち上げるのに7,000万ユーロというのは高価だ。では2機同時に打ち上げられるかといえば、それも難しい。2機同時に打ち上げるためには別途アダプターを搭載しなければならないため、単純に3t + 3tで6tの打ち上げ能力があれば良い、というものではない。またCNES案の打ち上げ能力の7tというのは、正確には6.5tであり、衛星2機とアダプターを合わせた質量を考えると、やや不足している。
また7,000万ユーロの打ち上げ費用に関しても、ファルコン9が6,000万ドルであることを考えると確かに割高ではあった。
そして産業界には、ソユース・ロケットをどうするかという懸念もあった。アリアンスペース社は現在、ロシアからソユース2ロケットを購入し、ギアナ宇宙センターから打ち上げている。ところがソユースで打ち上げている衛星は、欧州版GPSとも呼ばれる全地球測位システムの「ガリレオ」や、地球低軌道を回る地球観測衛星など、欧州の安全保障に関わるものが多く、そのような衛星の打ち上げをロシア製のロケットに委ねて続けても良いものか、という声が以前からくすぶっていた。したがって、アリアン6にはアリアン5だけではなく、ソユースの代替という目的も持たせるべきとされたのだ。
エアバス社とサフラン社による新会社設立の発表後、両社はCNES案とは異なる、独自のアリアン6案を発表した。この案では、打ち上げ能力の異なるアリアン6.1とアリアン6.2の2種類が計画された。
アリアン6.1も6.2も、第1段には液体酸素と液体水素を推進剤とするヴァルカン2ロケットエンジンを持つ。ヴァルカン2は現在のアリアン5でも使われているエンジンだ。その第1段の両脇には、双方とも2基の固体ロケットブースターを装備する。
第2段については、アリアン6.1は液体酸素と液体水素のヴィンチ・エンジンを装備し、一方のアリアン6.2には、アリアン5 ESで使われているエスタスと呼ばれるロケットエンジンを装備する。エスタスはモノメチルヒドラジンと四酸化二窒素を推進剤としている。
もちろん、機体の全体は新しく設計されるものの、構成や使用するロケットエンジンはアリアン5とほとんど同じで、設計し直したアリアン5とでもいうべきロケットとなった。
(次回は1月26日に公開予定です)
参考
・http://www.cnes.fr/web/CNES-en/10705-gp-europe-sets-its-sights-on-ariane-6.php
・http://www.esa.int/Our_Activities/Launchers/Launch_vehicles/Ariane_6
・http://aviationweek.com/awin-only/airbus-safran-form-space-launch-joint-venture
・http://www.safran-group.com/media/20141203_airbus-group-and-safran-launch-joint-venture
・http://aviationweek.com/awin-only/airbus-group-process-purchasing-french-stake-arianespace