企業+日本郵政+消費者で行うエコ活動
最近、郵便局にプリンターのインクカートリッジ回収箱が置いてあることをご存知だろうか。この回収箱は、プリンターメーカー6社(ブラザー工業、キヤノン、デル、セイコーエプソン、日本ヒューレット・パッカード、レックスマーク)が、各社のインクカートリッジ回収のために共同で置いているもの。6社で行っている「インクカートリッジ里帰りプロジェクト」で、集められたカートリッジは各社で再資源化される。ペットボトルリサイクル等と同様、利用者の回収費用などは不要だ。
取材させてもらった諏訪郵便局。回収数トップ5は、東京、神奈川、北海道、愛知、長野。人口の多いところは当然として、ゴミ分別を懸命にやっている地域、地域コミュニティがしっかりしているところの回収率がいいようだ。地域コミュニティと郵便局は密接に結びついている。 |
生活者側から見れば一般的なリサイクル回収事業と仕組みは同じだが、この里帰りプロジェクトは、地方自治体などの公的機関ではなく民間企業が主体。利益を追求する企業が、エコ活動とはいえ、利益になりにくい事業を共同で立ちあげるのは、国内では例がなく、世界的にも稀なことではないだろうか。
市場では熾烈なライバル、エコでは強力なパートナー
プロジェクトの発端は、インクカートリッジ回収率の低さだ。これまで各メーカーは独自に量販店などに回収ボックスを置いていたが、回収率は10%未満。年間2億個のカートリッジが販売されているが、そのほとんどは捨てられていたことになる。そうした状況を打破し、リサイクルの流れをつくりたいとインクジェットプリンターメーカー有志と郵政グループとで開始したのが、インクカートリッジ里帰りプロジェクトだ。
しかし、民間企業が共同でプロジェクトを推進するとなると、ことは簡単ではなく、「1社だけが得をしてはならない、1社の負担が大きすぎてもならない」。公平、平等でなければ、プロジェクトを長く続けるのは難しい。冒頭の6社の名前だが、実はこの並び順は各社のロゴのABC順と決められている。些細なことかもしれないが、このような細かい所まで気を使うことが、プロジェクトを円滑に進めるには重要という。
「プロジェクトは非常にうまくいきました。各社がそれぞれ得意分野でアイディアを提供してくれたので、広告がうまいところは広告、リサイクル技術が得意なところは技術と、各社の持ち味をうまく集結することができています」(セイコーエプソン・小池氏)。今はやりの言葉でいえば、クラウドなプロジェクトといえるかもしれない。
諏訪郵便局では、入り口のすぐ側に回収箱が設置されている。オレンジ色は郵便局のコーポレートカラー。この回収箱は、閉じれば、そのままゆうパックの箱となり、ゆうパックを使って、障がい者が多く働くミズベ作業所に送られ各社のカートリッジに仕分けされる。現在全国3,639局に設置されているが、順次設置局を拡大の予定だ。 |
回収箱、閉じればそのままゆうパック
リサイクル事業の難しい問題のひとつは、「どうやって回収するか」だ。「回収箱をどこに置くか」と言い換えてもいい。その点、通常はがきや年賀はがきの半分以上はインクジェット用紙になっている現在、はがきを買いに来たついでに、使用済みカートリッジを戻すことができる郵便局は、ユーザーの利便性を考えた場所と言えるだろう。
郵便事業 諏訪支店長(2009年3月時点) 高野達夫氏。回収箱はそのままゆうパックの箱となり、既存のルーチンに載せるだけでまったく手間はかからない。手間がかからないから、長続きする。このようなプロジェクトは長く続けることが大切だという。 |
話を持ちかけると、日本郵政もすぐに協力を申し出た。幸い郵便局には、回収箱を置くスペースがまだあり、更に「ゆうパック」という全国規模の配送システムも持っている。民営化したといっても、まだ半公的機関というイメージが強い日本郵政は、特定の民間企業との共同事業には慎重にならざるを得ないが、6社共同で、しかも営利追求事業ではなく、環境貢献という点が賛同しやすかったようだ。
回収箱は、実はゆうパックサイズに合わせて設計されたもので、郵便局員がチェックをして、満杯になっていたら新しい箱に交換し、箱を閉じ、専用のゆうパック伝票を貼りつけて、ゆうパックで、仕分け作業所(エプソンミズベ)に送られる。ここでメーカー別に仕分けられ、各社のリサイクル工場に回される。「すべてが従来の日常業務の中にうまく収まるのです。無理をしなくていいのがこの仕組みのいいところ。エコだから、いいことだからという気負いや無理があったら長続きしないのではないでしょうか」(郵便事業・高野氏)。
サンダル履きで気軽に地球環境に貢献
回収箱を管理するのも、簡単なことではない。利用者のマナーや告知不足で、不要なゴミなどが大量に混入してしまうこともありうる。諏訪郵便局では、窓口営業時間外や休日にも利用できるようにと、ATMコーナーにも回収箱を設置しているが、郵便局員の目が届かないということに当初不安があったという。しかし、今のところ、ゴミ投入などの問題は起きていないという。「郵便局はやはりパブリックな場所という意識があるからですかね。それでいて下駄履きでもこれる気軽さがある」(諏訪郵便局長・福澤氏)。
特に大がかりなPRをしているわけではないが、回収率も好調だ。年末には1日で190箱(全国)という日もあり、昨年4月にスタートしてから今年3月までに約4,200箱の回収実績があった(1箱には数百個のカートリッジが入る)。
なお、回収箱を利用するときは、カートリッジを、購入時のように袋や箱に入った状態に戻して入れている人が多いそうだ。「郵便局員の手がインクで汚れないかと気を使ってくださるのでしょうが、本当はカートリッジだけを裸のまま入れてくださるのがいちばんありがたい」(福澤氏)という。今のカートリッジはインクが漏れないような仕組みになっており、回収箱の内側にはビニールも貼ってあるので、汚れの心配は不要とのこと。袋や箱があると、郵便局やエプソンミズベで分別ゴミとして仕分けすることになるので、カートリッジをプリンターからはずしたら、そのまま持ってきてもらった方が効率がいいのだそうだ。
「インクカートリッジ里帰りプロジェクト」の秘訣は、無理をしない、気負わないというところにあるようだ。私たち消費者も、近所の郵便局にカートリッジをもっていくという散歩+αで、インクを里帰りさせることに貢献できる。次回以降では、里帰りしたカートリッジがどのような運命をたどるのか、追いかけてみたい。